第12話:死神達の失念
ふと目を開けると、目の前が真っ白だった。
どうにもこうにも、濃い霧の中というか、そんな場所である。
俺は半眼を浮かべた。何しろ同じような事が、つい数週間前にもあったのだから。
案の定、白いスモークの奥から、見知った姿が現れる。
白花那姫神と高美蔓姫神だ。
「ご機嫌よう。U沢さん」
「こんにちは、U沢さん」
「ああ、はい。こんにちは」
俺は無感情に、彼女に挨拶した。
「今回はU沢さんに残念なお知らせがあります」
「またか」
俺はがっくりと肩を落とした。
「今度は何? 寿命は前に異世界を救ったから、元に戻して貰えたはずなんだろ? どうしてまた俺、ここに呼び出されないといかんのさ? 心当たり無いんだけど」
「そうですよねえ。ですから、この点、説明が必要だと思い、呼ばせて頂いたのですが」
うんうんと白花那姫神が頷く。
「U沢さんの寿命は元に戻ったんですけど、それ以外での現世利益を戻すには、まだもうちょっと足りなかったんですよねえ」
「は? どういうことだよ?」
「いやはや。これは私達も失念していた話なんですが」
「おう?」
「U沢さん、高美蔓姫神先輩を襲ったじゃないですか?」
「未遂だけどな? 謝罪して許して貰ったけどな? あと、更にその分で諸々さっ引かれた分、相殺するために異世界救ったけどな?」
「ではあるんですけど、それが足りなかったんです」
「どういうこと?」
「それを最初から説明しますが。前来て頂いたときは先輩、何も言いませんでしたけど、あの後大変だったんですよ?」
「大変?」
「U沢さんが服従魔法と発情魔法を使ったものだから、到底お仕事を続けられるような状態じゃなくなってしまいまして」
「それは、確かにとんだ迷惑をかけてしまったと思うけど」
気まずく、俺は頬を掻いた。
「その治療費がですね? 結構高く付いてしまったんです。絶対解呪のスキルを何度も重ねがけして、ようやく解けるという具合で」
「え? 俺のスキルってそんな強力なの? 絶対解呪なんて響きのスキルも、相当に強力に思えるんだけど?」
「強力ですよ? それこそ、どんな呪いも解呪出来てしまうくらいに強力なものです。使い手も、限られてます」
「マジか」
俺、ひょっとして本気でかなりヤバいスキルを与えられてしまったのではないだろうか? 今更ながらに、こんな力、本当に持っていて大丈夫なのだろうかと恐くなる。自制心、いつまで保つかなあと。
「U沢さんが秘めたドスケベパワーがどれほどのものか、窺い知れるというものですね」
「ざけんなっ!」
んっとに、こいつらは人のことを節操無しの変態みたいに。
スケベなのは否定しないが、節操はあるわい。こうなったらもう、意地でも悪用はしねぇぞと、俺は固く誓う。
「とまあ、そんな訳で。繰り返しになりますが、先輩の治療費、かな~りお高くなってしまったんですよねえ。保険も適用されませんでしたし」
「あ、うん」
「それで、その分の経費は、前回の異世界救済では相殺しきれなかったんです。これは、私達の落ち度です。申し訳ありません。計算に入れていませんでした」
「ええ~?」
マジかよ。これでようやくこいつらとも縁が切れたと思っていたのに。
「ちなみにさ、このまま生き返らせて貰うって訳にはいかないの? 寿命は元通りなんだろ?」
「それは確かにその通りなんですが」
「あまりそれは、お薦め出来ませんよ?」
「どういうことだよ?」
疑問符を浮かべる俺に、二人は可哀相なものを見る目を向けてきた。
「寿命は延びたんですが、得られる現世の利益が大幅に減った状態になっているんですよねえ」
「一言で言うと、今後は物凄く運の悪い一生を送ることになってしまうんですが。それでもいいですか? 既に心当たりはあるように思いますけど」
俺は呻いた。
実を言うと、心当たりはある。
ここ最近、意味不明なくらいに運が悪い。
ブラウザゲームで気に入った新キャラが実装されても、まったく引けない。これぐらいならまだ可愛いものだ。
投稿している小説サイトで荒らしに絡まれたり。SNSでも荒らしに絡まれたり。なお、どちらも絶賛炎上中である。鎮火の見込みが見えない。
通勤中に変な風に転んで、新品のスーツがアスファルトに擦れて大きく穴空いて台無しになってしまったり。
秘蔵のコレクションを保管しているHDDが突如不調になり、その復旧とデータ退避に丸一日を費やしたり。あれはマジで冷や汗ものだった。
仕事で追い込みだっていうときに、腰を捻って激痛の中で深夜まで残業する羽目になったり。
たまになら、まああるかなと思うが、こうも立て続けに続くと流石に単なる不運では片付けられない気がしてくる。
「やっぱり、あるみたいですね? 心当たり」
「あ、ああ」
やっぱりそうですか。と、言わんばかりに二人は頷いてきた。
「ですよねえ。そうして日頃の鬱憤を解消しようとして、またテクノブレイクしちゃうくらいですから」
「だから、そこはちょっと待ていっ!?」
俺は右手の平を前に突き出し、ストップをかける。
「だから、なんでそこでテクノブレイクなんだよ? いつも言っているけど、俺そんな心当たり無いからっ! あくまでも、用法用量はきちんと守って嗜むように心がけているし。覚えている限り、動画で雑学解説を見ていたはずだし」
「亡くなられる直前、ショックで一時的に記憶が飛ぶことはよくあります」
「またそれかっ!」
「ちなみに、今回の証拠映像ですが。こんな感じです」
白花那姫神が右手の平を上に向けると、その上に俺の部屋の様子が映し出された。
部屋の中で、俺は下半身丸出しで、空気嫁を抱いていた。
その姿に、俺は頬が引き攣る。
「いや? ねーわ? 流石にこれはねーわ。俺、空気嫁とか絶対手ぇ出さねえわ。君達さ? 俺の趣味を何だと思ってんの? 前に勝手に置かれていたエロ雑誌も、全然使えねえ代物だったし」
「何だかんだ言いながら、中身は確認はしたんですね」
「やかましい」
そりゃ、確認するわい。男だもの。仕方ないだろうがと。
だがな? 生憎と俺はそんなに三次元には期待しないのだ。理由は、いかにもっていうあざとさとでも言えばいいんだろうか? そういうのが気に入らない。
映画の中での濡れ場とかなら「おおっ」とか思えるけど、AVにはいまいち興奮出来ないみたいな? 演技力の差とかもあるんだろうけど、シチュエーション的に「そうはならんやろ」みたいなツッコミをついつい入れてしまって、我に返ってしまうような? まあ俺、そういう人間。
なので、お眼鏡に適うものを入手するのはコスパが悪いと判断し、そういう創作物には手を伸ばさないようになった。コスパで考えるのなら、二次元で探した方が遙かに効率がいい。
なので、あれが、それこそエロゲー紹介雑誌あたりだったら、まだ手元に残したかも知れないが。結局、恐らくこいつらが用意したであろうエロ雑誌は、即処分対象となった。
いや別に、二次元専門て訳じゃないし、現実にそういう雰囲気で女性を目の前にしたらまた別の反応なんだけど。
「まあ、それはともかくとして。U沢さん? どうします?」
「一応、またどこか異世界を救って頂ければ、何とか出来ないこともないんですけど」
小首を傾げて訊いてくる死神達に、俺は心底徒労感を覚えた。