第5話
霧島 月美という女は、鈴の音がなるような容姿だと思った。
茶色く短いウェーブ髪が歩く度にふかふかと揺れる。
毛先に鈴が着いていたら、シャンシャンと音を立てては、こちらの気を立てるのだろうか。
「一宮くん??」
「だ!? ああ! ごめん、ぼんやりしてた!」
久能さんに突っ込まれ、だらけていた身体を起こした。
***
いつものように、我が文芸部の読書会が始まる。
久能さんが同じ本を3冊持ってきてくれていて、それを読んだ。
「ふー!じゃあ、ひとまずここまで! どうだった!?」
「正直、タイトルからは想像できないストーリー性かもってところだな」
「そうね! さすが本屋さん大賞受賞作品! 霧島さんはどう?」
<まだ初めの方しか読めていないので、なんとも言えませんが、読みやすいっていう印象が強いです>
霧島は話しかけられてからスラスラと紙にそれを書き出した。
「え? なんで筆談?」
「あ、一宮くんには言ってなかった! 霧島さん、筆談が好きなんだって! 私はその好きを尊重してあげたいの。辞めたい時に辞めればいいのよ」
「確かに」
小さくペコペコとお辞儀をする彼女を見て、少し不思議に思ったが、別になんでも良かった。
「じゃあ、つづき! 読もう!」
***
霧島は、見ていて飽きなかった。
感受性豊かだからか、本を読んでは表情をコロコロ変え、おそらく読めない漢字に差し掛かった時は、こっそりスマホを見ている。
本を読むよりも、彼女を見て楽しむ自分がいたし、この時間が何より楽しみになっていた。
「 ! 」
霧島と目が合った。
見すぎていたのがバレたか...?
俺は文字を目で追うふりをして、上から下に上から下にを繰り返し読むように本のページをめくった。
少しだけ、なんとなく霧島は恥ずかしそうにしながら、俺をちらりと見て、ムッとした顔つきのまま、本を読む姿勢に戻った。
***
大体2週間程度経ったが、霧島の声を1度として聞くことは無かった。
吐息すら、驚いた時の声にならない声みたいなものも一切聞こえない。
恐ろしく、悲しいほど静かな人間だと思った。
なんでだろうと思う傍ら、やはり別にいいかとも思う。彼女らしさだと思っていた。
部室に行こうと、俺は階段を登りかけた時。
「あの、文芸部の人ですよね」
胸に青いリボンネクタイをつけた1年生らしい女学生が話しかけてきた。
普通の人よりも声が低く、艶のあるようなうっとりするような伸びのある声に、ブレーキがかかるように立ち止まった。
低い声とは裏腹に、大変細身で、お下げ髪。いかにも真面目そうなタイプの女子だった。
「そうだけど。もしかして、入部希望?」
「いえ、月美ちゃん、元気かなって」
眉尻を下げて話す彼女を見て、何かあるとすぐに悟った。
彼女が何者なのかは分からないが、霧島に何か関係していたことには間違いはない。
「霧島になんかあったの?」
「私、放送部の高橋です。月美ちゃんも少し前まで放送部だったんです」
「え? そうなの?」
その言葉に違和感を持った。
何故なら、霧島の声を1度として聞いたことがなかったからだ。
「私たち、月美ちゃんに酷いことしちゃった」
高橋はそう言うと、大粒の涙を目にうかべ、肩を上下にさせてしゃくり上げるように泣き出した。
俺は彼女の背中をそっと撫でながら、話を聞くことにした。
気が落ち着いた高橋は、ポツポツと話し始めた。
「月美ちゃんとは幼馴染なんです。あの子、ああ見えてアニメ大好きで、ちょっとオタクなんですけど、かわいくて楽しそうで、私はそれが好きでした。
歌ったり、喋ったりするのが好きな子で、本当はあんなに無口じゃないんです。声を使える部活で頑張りたいって言ってたんです。
だから一緒に放送部に入って、大会に向けて頑張ろうねってしたんですけど...。
ただ、少し声に癖があるんです。
中学時代も声が苦手って言われて一生懸命告白したのに振られちゃったり」
「ええ!? そんな理由で振るか!?」
「小学生の時は声だけで、周りからぶりっ子だとか、気持ち悪いって言われてて。喋ることが好きな反面、コンプレックスでもあったんだと思うんです。
それでも、私はずっと、月美ちゃんの声が好きだった...」
「......」
「うちの放送部って県内有数の強豪校なんです。だから先輩もそこそこ厳しくて、指導も熱い...。
月美ちゃんはふざけて部活してたことなんか1度もなかったんです。
発声練習もいつも部室に1番に来てやってたし、家帰っても滑舌の練習一生懸命やってるのなんて彼女だけです。
それでも、あの声だからか、先輩が
『あんた部活舐めてるでしょ? ここは放送部であって、声優部じゃない! あんたは絶対に部内選別で選ばれないし、はっきり言って戦力外。オタ活の延長なんだったら、早く帰って』
って、みんなの前で言ったんです」