第2話
別に本を読むのが特別好きと言うわけではなかった。
なんなら、大量の文字を見るのは少し苦痛だ。
だから、自分がのめり込める文章じゃないと読まないし、読めない。
それが俺の読書のポリシーだ。
「今日からよろしくお願いします!」
「よ、よろしく」
学園のマドンナのような文芸部部長、久能さんの隣は少々歩きづらい。
今日は読書会のための本を買いに来ていた。
ラッキーなことに本は読み終え、学校の図書館に寄付するならば学校から金が降りる。
久能さんと裏のあらすじを読みながら同じ本を2冊探すのだった。
「これ、どう?」
「ふむふむ、人生に絶望した主人公が命を売るために広告を出す!おお!おもしろそう!」
「じゃあ、第1回目の読書会はこれだな」
「うん!」
「他の本見なくていい?」
「これがすっごく気になるから!まずはこれ!」
***
16:39、まだ明るい教室内を使い終わりの陽が、風ではためくカーテンの隙間から差し込んだ。
向き合って本を読む一宮と久能との空間にはページをめくる音と、互いが息をする音、時折唾液を飲む音が耳障りにならないように聞こえる。
それがかえってむず痒いようにも思えるような空間に、ただただ本を読む2人がいた。
久能は本を読むふりをして1つ考える。
一宮くんと、もう少し仲良くする方法って、ないのかな?
やっぱり慈悲で入部してくれたんだし、仲良くするような筋合いもないし、別のクラスだし、そんなこと考えない方がいいのかも...。
本を見たり、一宮を見たりを繰り返す。
「あ?」
どうしよう!目があっちゃった!
「俺の顔になんか着いてる?」
「や、何も」
「いやいやいや!女子が何も無いとか!大丈夫とか!そんな困った顔で言っちゃう時っていうのは、何かあるでしょ」
「ええ!!なんでそんなこと...!」
「そんなこと......?」
「ん...な、な」
「あるやつだよね」
深刻そうに顔を覗き込む一宮に、頭の先まで血が通ってパンパンになりそうで、顔が熱くなる久能は言葉が上手く出なかった。
大したことでもないし、問題が発生した訳でもない。虫が出たわけでもなければ、気分が悪い訳でもないのだ。
「一宮君と、もう少し、仲良くできたらなって」
「えっ」
一宮も一宮で徐々に顔を赤らめていくのがわかった。
ふいっと顔を勢いよく逸らして、頬をバシンバシン叩いた。
「一宮君そんなことしないでえー!」
「いや、もう、こうするしかなかったんだ」
少し腫れた頬を、久能のヒヤリとした手が触れた。
「つめたっ」
「あ-!ごめんなさい!」
勢いに任せて引っ込めた手を一宮はタイミングを逃すことなく掴んだ。
「もしかして、さむい?」
「あ、や、そんなんじゃ」
「わかった、じゃあ今日は、肉まん食って帰ろ!」
「肉まん...」
へらりと笑う一宮に釣られて、久能も笑った。
***
「ほら」
「わ、暖かい」
帰り道、久能さんとコンビニに寄った。
割れた肉まんにはほんのりと湯気がたつ。
まだ寒いのか、肉まんが熱いのか。
肉まん、2人で1つを半分こした。
理由は...、
「1個丸々は食べられないよ!夕ご飯食べられなくなっちゃう!」
との事。
確かに少食そうではある。
久能さんは最初、委員長とかそういうようなイメージがあったけど、こんなふうに一緒に過ごしていくうちに、何となく、姉のようで妹のように思えた。
熱い熱いと少しずつ肉まんを頬張る久能さんの頭にそっと手を置いた。
「へ」
「ぷ、なんだその顔!」
「なんだって!そっちこそ!急に頭ポンポンしてくるとか!好きな子にしかやっちゃいけないんだよ!そういうの!」
「そうなの?なんか、久能さんが妹みたいで可愛かったから」
「か!! 可愛い!?でも、」
久能さんは何か言いかけて、少し俯きがちになるように目を逸らした。
「久能さんはなんで文芸部?」
「やっぱり、本が好きだから?」
「なんで疑問形?」
「な、なんとなく!」
「俺、今までさ、これといった好きなことなかったけど、本読むの、好きだわ」
「わかる!私も、本を読むの、好き...」
久能さんはそういったきり、話さなくなった。
困ったようにこちらを見ては、目を逸らすを繰り返し、駅の改札内でまた明日と手を振ってお互いを見送った。
「本! もっと読もうねー!」
別れ際、彼女の聞いたことないような声にハッとしたが、なんだ口角が緩んだ。左手で勢いよく隠して、手を振って、また見送った。
久能さん、俺の事好きなのかな。
いや、ない! それは断じてない!
これを何百回何千回繰り返して、帰宅した。
自分の人生は下り坂なんじゃないかと思っていた時期があった。
でも、なんだかんだ、楽しい時は楽しいし、浮かれる。
そんな時は、まだ俺でも人生登って行けるって思えるような気がして、嬉しくて長風呂に入ったりする。
なんの目標もないが、しがない毎日を過ごしているが、今の俺には丁度よく、たまらなく好きなものだった。