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第1話 お粗末様でした

 好きな人が後輩の女の子にバレた。


 これだけ聞けば甘酸っぱい青春でも思い浮かべるだろうが、違う。なぜか? 


 そもそも俺、相馬遼太郎そうまりょうたろうはそんなイケイケ青春謳歌マンではないからだ。どちらかと言うと二年生になった今でも顔が怖いとか目つきが悪……いや、泣きそうになるからこの話はもうやめよう。


 最も不運だったのが、よりにもよって今この目の前で美味しそうにもりもりごはんを食べている七瀬小春ななせこはるにバレたことだ。


 どうも一年生の間では、小柄な体躯ながら大人びたその顔立ちや、雰囲気がどこか透明感を感じさせるだとかでそれなりに人気があるらしいが、俺に言わせれば勘違いも良いところだ。

 

 大人びた? こんなもぐもぐハムスターみたいに飯を食らい。

 俺の純粋な初恋を脅しの種に使い、こうして図々しく人の家の食卓に転がり込む。

 果てには俺の儚い恋路の邪魔までしてくる。

 ハムスターの皮をかぶった悪魔に違いない。


「ご馳走さまでした。82点」

「おお、高得……いやなにがだよやかましいわ。ちっ、食ったらさっさと帰れ」

「えっ、せんぱい優しいですっ……。可愛い私の帰りが夜遅くなると危ないから」

「隣だ、お前の家は」


 きゅるるん、とでも音がしそうなほどにわざとらしくこちらを見つめた七瀬をあしらう。


「いいか? 作りすぎた時にはごはんくらいは食べさせてやる。食べたらすぐ帰る。そういう決まりだろ」

「はいはい、わかってますよ。約束ですからね」


 そう言ってころん、と床に寝転ぶ七瀬。約束とは。


「あはは、テレビ小さい」

「なあ、面白いの間違いだよな? てか制服で寝転ぶなシワが……じゃなくて。帰れって」


 スカートから伸びる七瀬の白い足が目に映り、慌てて顔を逸らす。

 そもそもだな、男子高校生の部屋に上がり込んで無防備にくつろぐな。なんというか、もう少し危機感を持ってだな……。まあ、いい。


「そろそろかえりますって」

「まったく……」


 時計の針は十九時半あたりを指している。俺は空いた皿を重ね、台所へと運んでいく。


 そう、俺と七瀬はひとつの約束をしているのだ。こいつに時々作りすぎたごはんを食べさせてやる代わりに、俺の好きな人について彼女は誰にもバラさない。


 どうも七瀬は俺と同じく一人暮らしをしているらしい。高校生、しかも女の子が一人暮らしだなんてそうはいないとは思うが、別に理由については詮索するつもりもない。


 ただ、高校に入学してろくな食生活をしていないらしかった彼女に、俺が秘密を守らせる逆転の一手として晩ごはん提供を持ちかけ、なんとか合意に至った形だ。料理自体はまあ、昔から苦手じゃなかったからな。


 しかし、考えるまでもなく俺は何も得をしていないわけで、はた迷惑もいいところだ。しかも無下に扱おうものなら、この七瀬小春ななせこはるという後輩は容赦しない。


 いつだったか、俺の作ったカレーの匂いを嗅ぎつけたのか、ウキウキで俺の家のチャイムを鳴らしにきた七瀬に、ガチ居留守を使った時があった。


 翌日の放課後。七瀬は『行くところがあるので着いてきてください来ないと後悔しますよ』と教室まで来て俺に言い放ち、どこに行くのかとついて行った末に辿り着いたのは、俺の初恋の相手、潮凪しおなぎさんの家だった。


 俺が表札に気づくと同時、七瀬がノータイムでピンポンを押した時には心臓が飛び出たので拾おうかと思うくらいには焦った。


 あの時はなんとか七瀬を家の前から引き剥がしピンポンダッシュの要領で事なきを得たが、こいつはやる時にはやる後輩なのだ。褒めてはいない。

 そもそもなんで潮凪さんの自宅知ってるんだよ……。全く末恐ろしい。


 ふと洗い物をしながら台所から見やると、七瀬は足をぱたぱたしながらスマホをいじっている。呑気なものだ。

 

 人の純粋な恋路を邪魔しやがって……。

 いや、まあ見込み薄なのはわかってんだけどさ。

 

 相手はあの潮凪葵。整った容姿にその柔らかな雰囲気、おひさまみたいに温かい笑顔が素敵な女の子だ。


 男子からの人気も非常に高い。ただ何人もの男子が告白し撃沈している話を聞くので、あまりそういうことに興味がないのか、ほかに男がいるのか。俺なんかには分からない。


 でも、それでも夢くらい見てもいいだろ?

 好きな女の子と話をして、夕方の公園でつい嬉しくて叫んでしまったりして、もし付き合えたら……なんて思うくらいは許して欲しい。


「……せんぱい、気持ち悪い顔してどうしたんですか」 

「うおおおおっ!」


 急にすぐ背後で声がしたものだから、危うく皿を取り落とすところだった。振り向くと、怪訝な顔をして七瀬がこちらを見ていた。


「また潮凪さんのこと考えてたんですか? それともいやらしいこととか……」

「か、考えてねえよ! なんでお前は毎度毎度気配を消して背後にいるんだよびっくりするだろうが」


 人の話を聞いているのか聞いていないのか、七瀬は俺の洗っている皿をじっと見つめていた。


「なんか手伝います?」

「……いいよ。そんな量もないしな」

「はあ。そうですか。ま、せいぜい綺麗に頼みますよ」

「誰だよ」


 しかし七瀬が手伝いを申し訳出てくるなんて珍しい。初めてじゃないだろうか? まあそんな成長を見せても俺は騙されないが。


 彼女はふわわ、と可愛らしいあくびをしたかと思うと、大きく伸びをしてから言った。


「ふう。お腹もいっぱいになったのでそろそろ帰ります。お粗末様でした」

「それ俺が言うやつ」


 七瀬は置いてあった鞄を肩にかけると、何事もなかったようにとてとてと玄関へと向かっていく。俺もタオルで手を拭き、一応形だけは見送ってやることにする。


「お邪魔しました。…………あ。私が帰ったからって部屋の壁に耳くっつけて、聞き耳とかいろんなとことか立てないでくださいよ」

「しねえよ」

「……変な音、させないでくださいよ?」

「しない」

「そうだ。次はいつごはん作りすぎちゃう予定ですか?」

「そんな予定は最初からない」

「……明日、かなあ?」


 可愛らしい声を出して首を傾げた七瀬を、しっしっと部屋から追い出す。


「約束は守れよ」

「分かってますよ。せんぱいの恋の邪魔はしませんって」


 実際、七瀬は俺がガチ居留守を決め込んだ日以外は特に変な行動を取ってはいない。これが俺と、彼女との約束であり、契約とも言える。


 今は弱みを握られてはいるが、いつか七瀬の弱みでも秘密でも握り返してやるからなと思いつつ。


「じゃあ、またな」

「……はい。またな、です」


 ガチャリと音を立てて、扉が閉まる。

 隣で鍵を開け、同じように七瀬が部屋に入る音が聞こえた。

 

 ――扉が閉まる直前に本当に少しだけ、七瀬が寂しそうな顔をしたように見えたのはきっと気のせいだろう。


「……82点は、割といいよな」

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