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第9話 知らねえじゃねえか

 部活へ向かうもの、さっさと家へ帰るもの、アルバイトや塾、それぞれの向かうべき先へと向かうもの。


 吹奏楽部の奏でる音を遠くに聴きながら、彼ら彼女らを置き去りにしていく。


 七瀬のクラス、一年三組を一応覗いてみたがもうそこに彼女の姿はなかった。先に帰ったか、どこかへ行っているのか。分からない。

 ひとまずは彼女の部屋を目指すことにする。


 学校から俺の家までは徒歩で20分というところだ。その道のりを普段はだらだらと歩いているわけだが、今日は違った。


 のどかな5月半ばの道を進んでいく。時々立ち寄るコンビニも、いつもついつい覗き込んでしまう道沿いの川も、怪しいけれど、不気味な魅力のある置物がずらりと並ぶ家に目もくれず。


 走らずにはいられない。


『――遼太郎、その子にめちゃくちゃ熱い告白したって本当か?』


 先程の青山の言葉が反芻される。

 ……一体どこでどう間違えて、なにがどうなったらそうなる!?


 ひとつだけ確かなことがあるとすれば、七瀬がなにかを言った、もしくはそうなるように仕組んだのだろうということ。しかし、七瀬が俺に告白されたと人に言いふらしてなんのメリットがある?


 学年で人気のイケメンにだとか、運動部のエースに告白されたと自慢するなら分かる。


 ……俺だぞ? 自分で言うのもなんだが、こんな冴えない童貞男に告白された話なんて誰が興味を持つというのだろうか。二年生もそうだろうが、一年生に至っては相馬? 誰? 聞いたこともなくね? となるのが目に見えている。


 ……なんだか悲しい気持ちになってきた。なにこれ、遠隔で俺の精神にダメージを与える七瀬の新たな技か? やめてほしい。


 いつもよりずいぶん長く感じた通学路を抜け、ようやくアパートへとたどり着く。

 帰り道の途中に七瀬がいるのではと期待したが、結局出会うことはなかった。

 階段を登ってすぐ。ここが七瀬の部屋だ。


 乱れた息を落ち着けようと何度か深呼吸をする。そういえば、俺の方から七瀬の家を訪れるのは初めてだ。


「……よし」


 躊躇う自分を鼓舞するように息を吐いてから、俺はチャイムを鳴らす。


 反応はない。もう一度。……もう一度。

 どれだけ待っても、その扉が開かれることはなかった。


 こんな時に、どこ行きやがったあいつは!

 そうだ、LINEを……いや、電話……。

 どっちも知らねえじゃねえか!


 仕方ない、とりあえず心当たりのある場所を潰していくしか……。


 ……心当たりのある場所、知らねえじゃねえか!!!



 ***



 とりあえずメールだけ送信する。スマホを制服のポケットに放り込み顔を上げると、わずかに汗ばんだ身体を吹き抜けた風が冷ましていった。


 今さらだが、俺は七瀬小春のことをまだほとんど知らない。


 高校一年生、身長は150センチ半ばくらい。肩上くらいのさらさらとした髪の毛。大人びた顔立ちに大きめの瞳、控えめな唇。


 透明感があるとかで、男子生徒に人気。

 くそ生意気、口と態度が悪い。

 ……ごはんだけは、美味しそうに食べる。

 そして、俺と同じ一人暮らし。週に何日かアルバイトをしているらしい。


 彼女について俺が知っているのはこれくらいだ。そして、家にいないということはおそらく今日はアルバイトか、友達と遊んでいるのだろう。


 ……どうする。七瀬が帰るのを待つか?

 いや、少しでも早く彼女にどういうことなのか問いただす必要がある。

 絶対にあいつは、またなにか企んでいるに違いない。


 とりあえず唯一心当たりのある場所。可能性はかなり低いが例の高台の公園だ。そこに向かいつつ、途中アルバイトをしていそうな場所をチェックして行くことにする。


 階段を下り、公園の方向へと足を踏み出した時だった。


「――あれ? 相馬くん?」


 ぽかぽかしたおひさまみたいに優しい声。

 俺はその声を知っている。けれど、すぐには反応できなかった。


 ゆっくりと視線を向ける。

 控えめに、小さく手を振る潮凪葵が、そこには立っていた。




 

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