6.出会い2
「ごめんなさい、自己紹介もせずに」
「いや、こっちこそ」
一通りチャックンを撫でたあと、少女が我に返ったので、俺たちは互いに自己紹介をすることにした。
「私の名前は櫻川天音と言います。『アマネ』と呼んでください、よろしくお願いします」
「俺の名前は宙藤莞爾、『カンジ』と呼んで欲しい、こちらこそよろしく」
この世界のゲームは基本的に本名を隠せない。だから本名で自己紹介して、実際には短めのニックネームで呼ぶことが多い。
俺はアマネが、イソギンスライムを最初から知っていたようだったことが気になったので、その点をまず訊いてみた。
「イソギンスライムはユーザーデザインドモンスターなんです」
「ああ、なるほど」
「はい、それでイソギンスライムがこのゲームのこのエリアに配置されたことは情報で分かったので、探しに来たんです」
ユーザーデザインドモンスターとは、ゲーム開発側では無い人が作ったモンスターだ。ゲーム開発側が気に入り、モンスター作成者が許可すれば、このように実際のゲームに採用されたりする。ユーザーデザインドモンスターには、非常に気合の入ったものも居れば、イソギンスライムのようにネタ寄りのものも居る。
「その魔法使いのキャラは、ゲストモードを使ったのかい?」
「はい、そうです」
ゲストモードとは、最初からある程度の強さを持ったキャラクターでゲームを始められるシステムのことで、ゲートなども強さに合わせてある程度のエリアまで自由に使えるようになっている。その代わりにキャラクターを成長させることはできないし、遊べるコンテンツにも制限があったりする。初めてのゲームを遊ぶ時に、雰囲気や面白さを知るために使われることが多い。
「わたし、今年12歳になったばかりなので、このゲームも初めてなんです」
「そうなんだ、成人おめでとう」
「ありがとうございます」
アマネはにっこりと微笑む。
この世界、少なくともこの国では、人は12歳で成人を迎える。
この国では、6歳になるとVR機器を使うことができるようになり、義務教育課程が始まる。以前説明したように、仮想世界では3倍速で動いている。しかし食事などで現実でもある程度は時間を過ごす必要があるため、文字通り3倍の時間効率が得られるわけではない。この時間効率は人によって異なるが、だいたい2倍から2.5倍になるといわれている。
このような仕組みにより、6年の義務教育課程を終了した時、肉体年齢は12歳だが精神年齢はおよそ18歳から21歳となる。この世界では精神をより重要視するため、十分に成人と認められる。
なお12歳以降は高等教育課程とされており、12歳になってもほとんどの人が学問を続ける。前世でいうところの大学生や大学院生のような位置づけだろう。これも人によって異なるが、15歳か16歳くらいまでは学問に集中する人が多い。
「わたし、このゲームをちゃんと始めて、イソギンスライムをテイムします!」
「そうか、ようこそ『ルインズクエストオンラインへ』、歓迎するよ」
「はい、がんばりますね」
そうアマネは宣言し、気合を見せるかのように杖を握りしめて体の前で構えてみせる。
ルインズクエストオンラインは決して過疎ゲームでは無いが、どちらかといえばマイナーなゲームであることは否めない。だからこのゲームのプレイヤーが増えることは素直に嬉しい。これも何かの縁、先輩プレイヤーとして多少手助けするのもいいだろう。
そんなことを考えながら俺はアマネを見る。なんだか少し躊躇うような、言いたいことがあるかのような表情をして俺のことを見つめている。まあいいか。
「アマネさん、良ければだけど俺とフレンド登録しないか? テイムする時とかに手伝えるかもしれないし」
「は、はい、ぜひ、お願いします!」
俺たちはフレンド登録を済ませる。さて手伝うといってもどうするべきか。
「アマネさんはそのまま魔法使いでキャラ作成するの?」
「はい、そのつもりですが……他のジョブの方がいいですか?」
「いやそんなことはない、魔法使いは強くて良いジョブだと思う。そのローブ姿もアマネさんに似合ってると思うし」
「えへへ、ありがとうございます」
「ただキャラ作成直後だとほとんど手伝えることがないからな、パーティが組めるようになったら協力するよ」
「でも、カンジさんとは強さが違いますよね、ご迷惑なのでは……」
「大丈夫、このゲームはそのへん多少融通が利くから」
「ルインズクエストオンライン」にはチュートリアルがあって、キャラ作成後はまずそれをクリアしなくてはならない。チュートリアルなんてものは大抵のゲームには無いし、あってもスキップ可能だが、このゲームでは必ずクリアする必要がある。
チュートリアルでは微妙なお使いクエストをやらされたりするので半日くらいはかかる。そしてチュートリアルをクリアしないとパーティを組むことができない。こういうのが嫌ならこのゲームに来るなと言わんばかりだ。
そのあたりのことをアマネに説明すると、アマネは少し考え込むようにしてから口を開く。
「では明日チュートリアルを終わらせるので、明後日ご一緒させていただいてよろしいですか?」
「ん、うん、もちろんいいとも、じゃあ具体的な時間や場所はまた連絡して決めよう」
「はい、わかりました」
アマネは嬉しそうに返事をする。
さてそろそろ遅い時間になってきた。お互いにホームへと帰ることにする。
「じゃあまた明後日に」
「はい、今日はありがとうございました チャックンまたね」
アマネはペコリとお辞儀をして挨拶をすると、ウインドウを操作して自分のホームへと戻っていった。
ふむ、なんとなくだが、アマネの好感度が妙に高いような気がする。だがこの世界は前世のように女性が男性を必要以上に警戒することはないし、アマネが単に人懐っこい性格をしているだけかもしれない。今は気にしてもしょうがないか。
俺は今までずっとソロで遊んでいたし、宙藤莞爾もソロが多かったようだ。だがやはり誰かと遊ぶのもいいかもしれない。その相手が可愛い女の子ならなおさらだ。チャックン含め、今日はいい出会いがあったな。
そう思いながら、俺もホームへと戻った。
主人公は鈍感系ではありません