4.現実
俺は目を覚まして上体を起こす。ここは俺の部屋で、VR機器の上にいる。現実へと戻ってきたのだ。
時計を確認する。4時間と少し経っている。今日はトレーニングジムに行く日だから、少し早いが軽く食事を摂るべきか。
いや、時間の扱いが混乱している。最初に俺が目覚めたのが病院だったことが影響しているのだろう。この世界流に扱いをはっきりさせるべきだ。
この世界のVR機器は思考加速機能を持っており、仮想世界は現実世界の3倍速で動いている。よって仮想世界で1日を過ごしても、現実世界では8時間しか経たない。
この世界の人はほとんどの時間を仮想世界で過ごすため、「また明日会いましょう」と言う時、それは仮想世界での明日を指す。1日、1月という単位は通常仮想世界での長さで考えられる。だから現実世界での時間は、わざわざ現実での1日、現実での1月と言わなければならない。なお公式には区別のために1仮想日、1現実日という言い方があるそうだが、あまり定着しておらず実際に使う人は少ない。
この世界の人は、1日置きに、現実世界だと8時間置きに、現実で食事やトイレ、シャワーといった諸々の事柄を済ませる。また人によって異なるが、何日か置きにトレーニングジムに通い、健康のために筋力を維持する。それがこの世界の一般的なライフスタイルだ。
俺はゼリー状の栄養食を少し食べてから、トレーニングジムに向かう。トレーニングジムは予約制だ。予約した時間に合うように移動する。
前世の知識だと、トレーニングジムでは器具を使って動く地面の上を走ったり、重いものを持ち上げたりする運動のイメージがある。だがこの世界のトレーニングジムで行う運動は一般的に次の2つである。
まず1つ目のトレーニングは水中ウォーキング。水槽のようなところに入り、指示に従って歩いたり腕や脚を動かしたりする。これは同じような運動が前世にもあった。全身運動なので効果が高いといわれていたはずだ。
2つ目のトレーニングはストレッチ。全身の各部位を可動する機械で拘束され、機械によって腕や脚など全身を動かされることで体の筋を伸ばす。これも前世でも基本となる運動だが、機械によって自分だけでやるストレッチでは伸ばしにくい筋も含めて効率良く伸ばしてくれる。なかなか気持ちがいいので、このトレーニングはかなり気に入っている。
これら前世と今世のトレーニング内容の違いは、筋肉を付けるか最低限健康を維持するかの目的の差だろう。今世にも筋肉を付けるためのトレーニングはあるだろうし、きっとマッチョも居るだろうが、前世よりは希望する人がずっと少ないのだと思う。
この宙藤莞爾の肉体は少し痩せ気味で、なんとなく不健康な体に思えた。トレーニングはしていたが、そこまで頻繁ではなかったようだ。この世界だとこれくらいが普通なのかもしれないが、前世の記憶を持つ俺にとってはちょっと不満だったので、トレーニングの頻度を増やしている。
俺はトレーニングを済ませると自分の部屋に戻る。トレーニングと移動でだいたい現実で1時間半くらいが経った。
固形状の栄養食を少し食べ、トイレを済ませ、シャワーを浴びる。着用した衣服は洗浄を行う。部屋が汚れることはまずないが、小さな掃除用ロボが壁際で待機している。空調にも問題はない。
特にやり残したことが無いこと確認すると、俺は再びVR機器に横たわりホームへとログインした。
俺はホームのロッキングチェアに座ってウインドウを操作する。現実の食料の買い置きが少なくなっていたので購入しておく。栄養食は手軽だし不味くはないがやはり味気ない。もう少し食事っぽいものも購入するか考えたが、まあそのうちでいいかと止めた。
しばらくは「新緑の森」でレベル上げかな、そんなことを思いながら寝るためにウインドウを操作する。
周りの景色が山間の湖から、ログハウスの一室へと変わる。その部屋にはベッドが一つ置かれており、俺はそこに寝ている。
微かに木の香りがする部屋で目を閉じる。
この世界はホームで眠ると、深い睡眠へとシステムが導入してくれる。その深い睡眠で平均7時間は眠るのが一般的だ。睡眠時間が足りなければ警告がきて、強制的に眠らされることもあるらしい。
しばらく目を瞑っていると、睡眠への導入機能が作用し始めたのだろう、俺は意識を手放して深い眠りに落ちた。