3.新緑の森
「ルインズクエストオンライン」では各マップにゲートと呼ばれる移動ポイントが何箇所か設置されており、一度行ったことのあるゲート間は一瞬で自由に移動できる。毎回冒険の度に歩いて移動するのは時間の無駄すぎて多くのプレイヤーから嫌われるので、ほとんどのゲームにはこういう機能が必ずある。
俺はギルドを出てすぐの場所にあるゲートから、「新緑の森」と呼ばれているエリアにあるゲートへと移動した。
今俺の目の前には、瑞々しい木々がところかしこに生えており、そこに長い年月を人が通うことでできたかのような小径が伸びている。俺はゆっくりとその小径に沿って歩き始める。
大きく息を吸い込むと強い森の香りが鼻腔いっぱいに充満するかのようだ。時折吹く風が感じられ、木々が葉を鳴らす。生命溢れる森のように感じるが、さすがに小動物や小さな虫などが居たりはしない。非常に高度なこの仮想現実世界は、ここは現実世界と遜色ないのだと五感全てに訴えかけてくる。もちろん現実と全く同じというわけではないのだろう。特に匂いや肌感覚といったあたりは、現実よりもやや整いすぎている感じはする。だがそれがむしろ現実の衰えた感覚器官では味わえない強烈な快感となり、そんな些細な違和感はすぐに慣れて分からなくなってしまう。
俺がそうしてゆっくりと小径を歩いていると、そこへ体長2メートルほどの熊型モンスター、フォレストレッドベアが現れる。
俺は手にしていた槍斧を構えた。
フォレストレッドベアは四足で走りながら身構えた俺に飛びかかってくるが、俺は余裕を持ってフォレストレッドベアへの構えを解かないように気をつけながら、大きくそれを避ける。
避けた直後、フォレストレッドベアの体に小さな青いエフェクト光が現れ、すかさず斧系スキル「大回転斬り」を発動させる。避けた際の着地の衝撃を利用したかのように、大きくフォレストレッドベアの居る方向へ飛び上がり、空中で体を前方へ一回転させ、その勢いを乗せたまま槍斧をフォレストレッドベアへと叩きつける。派手なダメージエフェクトと共にフォレストレッドベアの体が仰け反り、そのHPバーを大きく削った。
その後、仰け反りから立ち直ったフォレストレッドベアは前足を俺へと振り下ろしてくるが、それを槍斧を用いて受け流すかのような動きをすることで、受けるダメージを大きく減らす。
再びフォレストレッドベアの体に小さな青いエフェクトが光り、俺は体重を乗せた槍斧による突きを繰り出してフォレストレッドベアのHPバーを削りきった。
フォレストレッドベアは消滅エフェクトを伴いながら消え去った。
空中に浮かんでいる半透明のウインドウを確認すると、フォレストレッドベアの毛皮がドロップ品として獲得されたようだ。
俺は周囲を軽く見渡し、他にモンスターが居ないと判断すると、またゆっくりと小径を歩き出す。
「ルインズクエストオンライン」は、疑似ターン制と呼ばれる戦闘システムを取っている。モンスターの攻撃を避けるか防ぐかすると、モンスターが小さな青いエフェクト光で表現される隙を一定時間見せるので攻撃する。基本的にはこの攻防を繰り返すことで戦闘が成り立つ。懐古趣味が徹底しているといえよう。
戦闘を簡潔にするこのシステムは、戦闘が好きなプレイヤーには少し評判が悪いが、分かりやすくて好きだというプレイヤーも多い。もちろん俺は好きな側だ。
宙藤莞爾は「ルインズクエストオンライン」をほどほどに遊んでいたらしく、俺のこのキャラクターの強さは中堅程度といったところだ。この「新緑の森」というエリアは、そんな俺がソロで丁度いい難易度で、こうして小径を歩いていれば遭遇するモンスターの数が少し減るらしく、かなり安全になる。
俺は森の散歩と適度な戦闘を楽しんで終日まで過ごした。
さて、毎日1回は現実へ戻る必要がある。昨日は先に寝てしまったが、今日は先に現実に戻ることにしよう。
俺は「ルインズクエストオンライン」を終了してホームのロッキングチェアへと戻り、さらにVR機器のログアウトを行い、現実へと帰還した。