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27.特別研究所3

 俺は3日間ログアウトせずに深層仮想世界で過ごした。思ったより快適だったので、ログアウトする必要を感じなかったからだ。

 作業はモンスターを配置する以外にも、街の建物を作ったり、道路や川、地形の起伏を作ったりと多岐に渡ったので、あまり飽きが来なかったのもある。

 そうして3日が経ち、ログアウトした。



 そこは3日前と同じ部屋で、セイルが椅子に座っている。


 「カンジさん、どうでしたか?」

 「思ったより楽しく過ごせましたよ」

 「何か困ったことはありませんでしたか?」

 「いえ、食事も入浴もできましたし、快適な3日間でしたよ」

 「なら良かった」


 セイルは椅子から立ち上がり俺に近づく。そして片手を胸のあたりに置いて、軽く頷くようにして挨拶をする。


 「カンジさん、今回は実験へのご協力ありがとうございました」

 「いえ、こちらこそ」

 「カンジさんには一旦帰っていただきますが、睡眠は取らずにここへまた戻ってきてください。今後について少し説明がありますので」

 「わかりました」

 「あとホームの思考加速は3倍速に戻してあります。この特別研究所は10倍速のままなのでご注意を」


 そうして俺はホームへと帰される。一度現実で食事など済ませて、それからまた研究所に行くかな。そう考えながらウインドウを操作しようとして、俺は気付く。



 体感で3日前のこと、このホームから特別研究所へと移動した時の時間から、3倍速の時間で15分ほどしか経っていなかった。



 俺はすぐさま特別研究所へと戻った。セイルが立ってこっちを見ている。


 「何かありましたか?」

 「……15分しか経っていなかった」

 「それは、この特別研究所の思考加速は10倍速ですが、カンジさんの居た深層仮想世界は1万倍速だったからです」


 セイルはまるで大したことではないかのように、さらっとそのように告げた。

 ……なんだその数字は。漫画に出てくる戦闘力かよ。いくら何でも荒唐無稽すぎる。


 俺はセイルに何と言えばいいのか分からず、立ちすくむ。

 そんな俺を見て、セイルは話を続ける。


 「カンジさんは、思考加速という技術がどんなものかご存知ですか?」


 俺はまだ何も言えず、ただ首を横に振る。


 「思考加速は、現実時間で今からおよそ1000年ほど前に、偶然見つかった技術です。不思議なことにほぼ同時期に複数の研究者により発見されました。そのために色々と後手に回って情報拡散を止められず、世の中を一時期混乱させることになりました。現在、この技術をほぼ自由自在に操れるまでに研究は進みましたが、その原理は未だに全てが解明されていません。まあ科学にはよくある話ですが」


 セイルの説明は続く。


 「そして稀に、カンジさんのように信じられないほどの適応を見せる人間が現れます。そのような人物を我々は便宜上イレギュラーと呼んでいます。彼らはこの世界に計り知れない恩恵を与えてくれる。だから発見されたならば、我々は万全を期して彼らを保護します。……そしてカンジさんはそのイレギュラーだった。ただ、それだけのことです」


 セイルの説明は終わったようだ。全く納得はできないが。だが幾つか疑問は出てきたのでそれを口にする。


 「俺以外にも居るのか?」

 「はい、カンジさん以外にも過去に四人確認されています。カンジさんは五人目となります」

 「……やはり1万倍はおかしい。エネルギーも必要だし、そんな処理速度にシステムが対応できるとは思えない」

 「はい、この特別研究所は10倍速まで対応できます。ですからカンジさんの深層仮想世界での処理も10倍速でしか実行していません」

 「……? いや、よくわからないんだが……」

 「そうですね、ソフトウェア的には1万倍速の設定になっていますが、ハードウェア的には10倍速でしか動作していないのです。そしてカンジさんが活動していることは把握できますが、具体的に何をしているのかは、こちらから観測できません。先程カンジさんは私の体感時間で約5分ほどの間に、3日分の作業成果物を出してきました。ただそんな、説明できない結果が生じただけです」


 観測できない? 10倍速でしか動いてない? なら俺が深層仮想世界で活動していた時の、様々な処理をするエネルギーはどこから出てきたんだ?


 「それは、エネルギー保存の法則に矛盾しないか?」

 「カンジさんの主観だとそう見えるのかもしれません。ですが私を含めたカンジさん以外の主観では矛盾していません。ただ、カンジさんがよくわからないことを言っているだけ。そして作業時間を考えるとあり得ない成果物が出てきただけ。それだけでしかないのです」

 「……無茶苦茶だ」

 「そうですね、私にも理解はできません。ただ、そういうものだと受け入れて利用するしかないのです。そうやってこの世界は今まで紡がれてきたのですから」


 そう言って、セイルは何か複雑な想いを隠すかのように微かな笑みを浮かべた。


 「さあ、カンジさん、時間は経っていなくとも、精神は疲労しているはずです。もう帰って休んでください。私とは今後も連絡ができるようにしておきます」


 そうして俺は特別研究所を離れた。確かに今は、休息が必要だろうから。

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