26.特別研究所2
俺はセイルの言葉を少し時間をかけて咀嚼する。そしてこう問いかける。
「いや、セイルさん、いくら何でもそれは……冗談ですよね?」
「いえ、本当のことです」
セイルはそう即答する。
俺は少し考えてさらに尋ねる。
「いつからですか?」
「昨夜カンジさんが寝ていた時です。全く拒絶反応が無く、素晴らしい状態でした」
「……10倍なんて、本当に実現できているんですか?」
「現在、安全に稼働できる限界が10倍速です。これ以上は今後の研究成果が待たれますね」
「……なぜ、世の中は3倍のままなのですか?」
「全ての人間が10倍速には対応できないからです。ゲームのトッププレイヤーなど一部は対応できるでしょうが、そんな状態で発表すると大きな混乱を招くという判断です」
「……俺はその情報を知ってしまって大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。他の方に漏らさなければ何も問題ありません」
「……」
あ、あかん、これはあかんやつや。もう戻れないやつだ。やっぱり罠だったよ。
俺はしばらく状況を受け入れられずにいたが、どうにか気を持ち直す。
「……状況は大体分かりました。確かに体に問題は感じませんし、研究には協力しようと思います」
「そう言っていただけると助かります。では早速始めましょうか」
そうセイルは言い、俺ではなく途中の空中に焦点を合わせるように目を向ける。ウインドウがあるのだろう。
そして部屋の中にまるでVR機器のようなベッドのようなものが現れた。
「VR機器?」
「はい、仮想世界の中でさらにVR機器を使うのは不思議かもしれませんが、寝ている状態になってもらった方がいいのです。カンジさんがいつも睡眠をとっているホームでもできなくはないのですが、ここの方がより環境が整っていますから」
「なるほど」
「カンジさんはホームからゲーム世界に移動するのと同じように、ここから別の仮想世界へ移動する感覚になります。そこで指示がありますのでそれに従い作業してください」
「わかりました」
そうして俺はベッドのようなものに寝転がると、ゲーム世界へ移動するのと同じような感覚になり世界が変わる。
そこは一面の原っぱだった。見渡しても地平線が見えるだけで何もない。目の前にはウインドウがあり指示が書かかれている。
『この草原に動物系モンスターを10種類配置してください』
なんだこれ。ウインドウをさらに調べると、様々なモンスターのデータにアクセスできることが分かった。まるでゲームを作成するソフトウェアのようだ。多分頭を使う作業をさせようってことなんだろう。
オッケーオッケー、指示通りにやってやろうじゃないか。そうして作業が終わると、景色が赤黒い地肌をした山岳に切り替わる。
『この火山地帯に火属性モンスターを10種類配置してください』
ああはいはい、こういう感じね。まあこういう作業は嫌いじゃないよ。
そうして俺は黙々と作業を続け、気づくと3時間が経過していた。
これ、いつまで続けるんだ? さすがにちょっと疲れてきた。そう思いながらその地形での作業を終えると、『ログアウトしますか?』というウインドウが表示された。
お、ここで一区切りかなと思い、『はい』を選ぶと世界が切り替わる感覚に襲われた。
俺はベッドで寝ていた。起き上がると先ほどの部屋で、セイルが椅子に座っていた。
セイルが俺に声をかける。
「カンジさん、戻ってこられましたか。向こうでの体感時間はどうでしたか?」
「結構夢中になってたから体感時間はよくわからないが、3時間が経過してログアウト表示が出たから戻ってきた」
「なるほど、そうですか」
セイルは少し考え込むと、さらにこう続けた。
「カンジさん、このまま実験を3日間継続したいのですがいいですか?」
「え、3日? それはちょっときついのでは……」
「お忘れですか? ここの加速は10倍速です。3倍速の世界ではちょうど1日が経つくらいですよ」
「ああ、言われてみればそうか。わかりました、了承します」
「ありがとうございます、カンジさん」
もともと丸一日は付き合うことを覚悟していたし、正直イーストエテルニタス社にあまり逆らいたくない。ここは許容範囲だろう。
「カンジさんが先程居た、仮想世界から行くさらなる仮想世界。私たちはそれを深層仮想世界と呼んでいます」
「他のゲーム世界とは違うのですか?」
「仕組みが違いますが、当面似たようなものと思ってもらって構いません。カンジさんには3日間、できるだけ深層仮想世界で過ごしてもらいます」
「睡眠もですか?」
「はい、睡眠もです。先程と同じように作業してもらいますが、自由に休憩を取ってもらって構いません。食事や入浴などもできるようにしておきます。途中でログアウトしても良いですが、3日経ったら必ず戻ってきてください」
「わかりました」
セイルの説明が終わり、また俺はベッドに横たわる。そして再び深層仮想世界へと赴く。




