25.特別研究所
目が覚めてから、ホームでウインドウを確認する。
「特別研究所」という場所しか選択することができず、移動できる場所が制限されている。さすがの手の込みようだ。でも事前に特別メッセージで説明されていたので問題はない。俺は早速「特別研究所」へと移動する。
研究所という名前から、何かよく分からない機械が所狭しと並び、白衣の研究者やロボットがいる、そんなイメージを思い浮かべていたが、そこは想像とは異なる至って普通の部屋だった。
広めの部屋にテーブルと椅子が二脚置いてある。そして、一人の男性が居た。
黒髪で整いすぎているかのような容姿。若く見えるが年齢はよく分からない。20代にも見えるし、40代と言われても納得できる気がする。
その男性は俺をみとめると、歓迎するかのように腕を広げて話しかけてきた。
「宙藤莞爾さん、ようこそ。私はセイル・ムラサメ・イーストエテルニタスと申します」
「イーストエテルニタス!?」
名前にイーストエテルニタスが付いている。それはイーストエテルニタス社との深い関わりを示すのだろう。間違いなく、この世界の殿上人の一人だ。
「いや、失礼しました、……宙藤莞爾です。えっと、今日はお招きいただきまして……」
「そう畏まらないでください、あと私のことは『セイル』とお呼びください」
「はい、では私は『カンジ』と呼んでください。……ではえっと、セイル、さん、今日私はなぜここへ呼ばれたのでしょうか?」
「まずはお座りください、きちんと説明いたしましょう」
俺は促された椅子に座ると、セイルもまたテーブルの向かいの席に座る。
「カンジさんは、様々なゲームのトッププレイヤーたちに研究のお手伝いをお願いしていることはご存知ですか?」
「ああ、はい、オーバーフロー状態の研究のことですか?」
「そのとおりです。それでカンジさんにもご協力願いたくて、こうしてお招きしたわけです」
「でも俺はトッププレイヤーというほど強くないし、活躍もしてませんよ?」
「そんなことはありません。現に少し前、あなたは『ルインズクエストオンライン』で新しいエリアを発見するという偉業を成し遂げたではありませんか」
俺は少し考えてすぐに思い当たる。あの「呪いの荒野」を駆け抜けた件か。確かに俺にとっては大挑戦だったし、よくやったもんだと今も思っている。だがこの人にまで偉業と褒められるほどのものなのだろうか。
俺はそう疑問に思い口にする。
「確かに俺個人にとっては偉業だったと思いますが、セイルさんにそこまで言われるほどのものですか?」
「あれは間違いなく偉業です。あれほど長時間オーバーフロー状態を維持し続けた例は他にありません。……ただかなり危険な行為と思いますので、同じことはもうしないことをお勧めします」
「はい、あんなことはもうしませんよ」
「ええ、それがいいでしょう」
アマネにも泣いて怒られたしな。もう二度としないだろう。
「それでカンジさんにはオーバーフロー状態、というよりは思考加速の研究について手伝っていただこうと思っています」
「思考加速ですか……それは危険だったりしないのですか?」
「大丈夫です。無論この世に絶対はありませんが、安全であると私が保証しましょう」
「そうですか……それで具体的には何をすればいいのでしょう」
「様々な作業をしてもらいます。ただ……カンジさんには一つ謝罪をしておかなければなりません」
「謝罪……ですか?」
「はい、実は既にカンジさんを対象とした研究実験は始まっているのです」
「始まってる!?」
俺は周りを見渡し、自分の体を眺め、何か違和感があるかを確かめる。だが特に何も感じない。いつもどおりだと思う。
「特に何も起きていないと思うのですが……」
「そうですか、それは素晴らしいことだと思います」
セイルはそう答え、本当に素晴らしいことだと思っているように満足そうに頷く。
そしてこう俺に告げた。
「ここは、思考加速速度が10倍になっています」




