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21.呪いの荒野

 この行為にきっと意味はない。ただの自己満足。

 でも俺がやってみたいと思った。そしてできるかもしれない道筋があった。ならやるしかないだろう。

 

 今日は「ルインズクエストオンライン」で、以前から考えいたことを実行に移す。

 「呪いの荒野」は俺の考えにピッタリだと思った未クリアのエリアだ。


 ここはエリア全体に呪いがかかっていて、何も対策をせずに入ると即死する。

 だがあるクエストで手に入るイベントアイテム「風神の守護聖水」を使うと、3時間の耐性を得られる。

 この3時間で「呪いの荒野」エリアの何かのクエストを突破すると、エリア全体にかかる呪いが解呪されるのだと思う。たがモンスターが強すぎるため、まともに探索もできておらず未クリアとなっている。


 俺はこの日のために準備してきたアイテムを確認する。十分な量の回復薬、素早さを上げる装備、受けるダメージを一定だけ肩代わりしてくれる人形などだ。


 そして「呪いの荒野」へは北辺ゲートから入場する。位置関係から東と西は別の未クリアエリアに繋がっていると分かっているので、こっちに行くのは少し面白くない。だから目指すのは南辺ゲート、その先はまだ誰も辿り着いたことのない空白地、未確認のエリアだ。


 俺はイベントアイテム「風神の守護聖水」を使って効果を確認する。右手にはいつもの槍斧(ハルバード)。今回は少し邪魔になりそうだが、俺にそれを持たない選択肢はなかった。槍斧を右の小脇に挟み固定する。チャックンは残念ながら留守番だ。

 そして俺は、北辺ゲートからエリアに進入し、南に向かい走り出した。


 俺の作戦は単純、ただ走り続けるだけだ。モンスターが現れても無視する。進行方向に現れたら少し大回りして逃げる。それでも接敵されそうになったら、習得しておいた槍系スキル「一閃」で躱す。このスキルは一瞬でモンスターの後方へ移動し、直線上の相手にダメージを与える。今回はモンスターの接近を回避するために使えるはずだ。


 ゲームには大抵スタミナの概念がある。例えばスタミナポイントというゲージがあって、それが無くなると動けなくなる。スタミナポイントが無いゲームだと、全力行動を一定時間すると疲労や痛みを感じて、それがだんだんと酷くなっていく。

 「ルインズクエストオンライン」はスタミナポイントが無いので後者の仕様だ。

 俺はしばらく走っていると疲労や痛みを感じてくるが、それを無視して走り続けた。


 おそらく、この世界の人は長時間走り続けることに慣れていない。

 この世界にも球技なんかのスポーツはある。また格闘技はゲームで活用できることもあって人気だ。だが陸上競技のようなスポーツは無い。なぜなら仮想世界で速く走ったり、重い物を持ち上げたり遠くへ投げたりすることを競ってもしょうがないからだ。

 無論、もしかするとこの世界にも、現実でマラソンを趣味にする人がいるかもしれない。だが寿命を削ってまで現実で長時間走り続けるなど、相当な物好きだけだと思う。


 北辺から南辺への直線距離は50キロメートル。中央に岩山があり、それを避けるようにして進むので、実際の距離は約80キロメートルと考えている。ゲームなので速い走りはできるが、あり得ないほどのスピードは出ないようになっている。それでも前世の短距離走オリンピック選手くらいのスピードは出せることを確認しているので、3時間あればどうにか間に合うはずだ。


 前世の俺は若い頃、マラソンが趣味だった。長時間走り続けること、その楽しさと辛さを知っている。

 短距離走は少しかじっただけだが、走り方は覚えている。ストライドの大きい走り方で、長距離を走り続ける。なんだが思ったよりもスピードが速い。

 俺はおそらくオーバーフロー状態に入っている。



 疲れた。身体中が痛い。吐き気もする。頭も朦朧とする。



 でも、吐き気はしても実際に吐くことはない。脚や膝が激痛を発するが、ゲームだから実際に脚が壊れる心配はない。ああ、なんという安心感。激痛がしようが、頭がぼんやりとしようが、手と脚を動かし続ける方法だけは、知っている。



 「ふひひひひひははははははははっ」



 思わず笑い声が漏れたようだ。楽しい。痛みと苦しみは友達だ。こんな感覚は久しぶり、いや、前世でも味わったことがなかったと思う。これはオーバーフロー状態の特殊性だろうか。まあ何でもいい、ただ走り続けるだけだ。


 皆のおかげで俺はオーバーフロー状態という境地を知ることができた。ヒミカやリナのように、オーバーフロー状態で戦闘の激しい状況判断を続けることはあまり上手くない。


 だが、宙藤莞爾の長きにわたる槍斧の鍛錬、あの静かなる集中。


 それは前世の俺にとっても好ましいもので、その想いがすっと溶け合う。


 まるで止まった時の中を走っているような。それは何ものにも揺るがされない堅固なる精神の集中。


 俺の中にいる二人の在り方が重なり、今、俺として結実する。



 ……見えた。南辺ゲートらしきものが遠くに映る。だが心は乱さない。ゴール間際こそ大切だと知っているからだ。時間をちらっと確認すると、まだ1時間近い時間が残っている。本当に相当なスピードを出していたらしい。とにかく焦る必要はなさそうだ。

 だんだんとゲートが近づいていく。周りに敵影はない。おそらくゲートで立ち止まるのは不味い。少しづつスピードを落としていき、ゲート前で脚を動かしたまま手際よくウインドウ操作してゲートを開放する。


 達成した。ゴールだ。

 俺は脚の動きを緩めていき、立ち止まる。オーバーフロー状態が解除されたのだろう、あまりの激しい疲労と痛みで膝を折り倒れ伏した。


 『精神的に危険な状態と判断し、睡眠状態へ強制的に移行します』


 そんなアナウンスが聞こえ、俺は意識を失った。

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