13.特訓
俺は約束通りにヒミカのホームを訪れる。するとそこには、二人の女性が待っていた。
一人はヒミカ、そしてもう一人はどこかで見た覚えのある、青髪をポニーテールにした女性だった。
「ああ、ヒミカと戦ってた双剣使い! 確か……リナ、さん?」
そこに居たのは前にヒミカに見せてもらった試合の対戦相手である青髪の双剣使い、リナだった。
「あなたがカンジさんね、私は水月璃那、『リナ』と呼んでくれればいいから」
「ああ、わかったリナ、俺は宙藤莞爾、『カンジ』と呼んでくれ」
リナは空色に近い青い髪を、頭のやや上の方で結んだポニーテールにしている。背はヒミカよりも少し低く、勝ち気な印象を見せている可愛らしい少女のようだ。後で聞いたことだが、年齢は15歳だ。
そうして俺とリナはとりあえずの挨拶を済ませると、ヒミカが口を開いた。
「私は教えるのとか苦手だからね、リナにお願いしたんだ」
「ヒミカの頼みだからしょうがなくですけどね」
「この前の試合は私が勝ったけど、本当はリナの方が強いんだよ、だからリナならカンジにばっちり教えてくれるよ!」
「もう、またヒミカはそんなこと言って」
どうやらオーバーフロー状態については、リナが俺に教えてくれるらしい。とてもありがたいことだ。俺はリナに感謝を述べる。
「そうか、リナ、ありがとう。今日はよろしく頼む」
「ふん、まあいいけどね、じゃあ早速はじめましょうか、ヒミカお願い」
「わかったよー」
そうしてヒミカがウインドウを操作して、周りの風景が変わる。
そこは、少し向こうに校舎が佇んでいる学校のグラウンドだった。
「……ヒミカ、ここは?」
「ふふーん、カンジは知らないかもしれないけど、ここはね、大昔の学園なんだよ!」
「ああうん、そうか」
「昔はね、同じ歳の人が毎日同じ部屋に集まって勉強とかしてたんだって、なんだか凄く楽しそうだよね」
「うん、そうかもしれないな」
前世と今世では教育システムが大きく違う。だから前世の学校がヒミカには物珍しく感じるのだろう。
リナが俺たちから少し離れてグラウンドの方へと向かう。
「このあたりにしましょうか、じゃあカンジも武器を出して」
ここはヒミカのホームなので、様々な操作をするにはヒミカの許可が必要だが、ヒミカは俺とリナにほぼ何でもできるように設定しているようだ。
俺もリナの方へと歩いていき、槍斧を取り出す。リナは一振りの剣をその手に持った。これらの武器には物理判定があるが、体に当たっても痛くはならない。
「リナは双剣じゃなくてもいいのか?」
「本気で戦うわけじゃないし、これで十分よ」
俺とリナは向かい合うようにして立つ。
「まずはフロー状態になりなさい。最初はシステムの機能を使って切り替えればいいから。そのうち自分で自由に扱えるようになるけど、もしこれができないようなら才能が無いから諦めなさい」
俺はウインドウを操作して、フロー状態へと自分を切り替える。意識が研ぎ澄まされるような、何ともいえないような高揚感が湧き上がる。
「次はオーバーフロー状態ね。これは一言で表すと超集中なんだけど、最初は武器を持っている方がやりやすいと思う。武器を持っている感覚だけに集中して体を動かすの。他の一切は幻、存在しない。そんなふうね」
なるほど、よく分からないが、俺が最近やっている槍斧の訓練と似たようなものに思える。
「とりあえず私をNPCだと思って攻撃すればいいわ。ちゃんと剣で受けるから、私のことは一切気にせずに集中して」
言われたとおりに槍斧を振るい、リナへと攻撃を仕掛ける。いつも通りの訓練の動き。そこには俺と槍斧しかない。これは俺の、いや、かつての宙藤莞爾が長年をかけて積み重ねてきた動きと呼吸。その記憶と想いを探り出し、懸命に模倣する。
やがて、「そこまで!」とリナに声をかけられ、同時にリナは俺と少し距離を取る。ふうと息を吐いてから、俺を見て口を開く。
「カンジ、できてるじゃない」
俺はその言葉に首を傾げる。
「まだ少しだけど、動きがはっきりと加速してる。オーバーフロー状態ね。こんなすぐにできるってことは、以前からもうできてたんじゃないの?」
……そうか、俺はもうオーバーフロー状態ができていたのか。
そこへヒミカが俺へとすぐさま駆け寄ってきて、俺にぐっと顔を近づけ肩のあたりを叩きながら言う。
「さすがはカンジだね! 私はカンジが凄いってことを、ずっと前から知ってるんだよ!」
ヒミカがそう褒め称えてくれる。
それを見て、リナはすかさず近寄り、俺とヒミカの間に割り込むようにしてくる。
「ちょっと。カンジはまだ大したことないです。私ともう少しまともにやりあえるくらいでないと、凄いとは言わないでしょ」
そう言ってリナは俺の方を睨んでくる。
ああ、俺とヒミカが仲良くしていると、まるでヒミカが俺に取られたような気がして、俺にちょっと当たりがきついのか。それはまるで子供のような可愛らしい嫉妬。でも精神が幼いわけではない。
この世界の人は、あまり自分の感情を取り繕わない。他人に自分を良く見せる必要など全く無いからだ。とても正直に生きている。
俺はそんなリナに少し好ましい感情を抱き、礼を言う。
「リナ、今日は本当にありがとう。ヒミカもリナに頼んでくれてありがとう」
「ヒミカの頼みだからね。でもカンジもそれなりではあるようだし、今後も精進することです」
「ふふん。カンジの頼みだから当然。また何でも私を頼るといいよ!」
二人はそう俺を見て言う。ありがとう、心から感謝している。あとちょっと顔が近すぎるよ。
オーバーフロー状態。おそらく宙藤莞爾は既にそこへ到達していたのだ。長年の研鑽が彼を高みへと押し上げていた。今の俺は、その背中を必死になって追いかけているに過ぎない。
『宙藤莞爾、お前は凄いやつだ。……俺も、負けてはいられないな』
俺はそう、心に呟く。




