11.友人2
「それでヒミカ、今日はこうやって雑談してるだけでいいのか?」
「それでもいいけど、ちゃんと目的はあるよ。今日はね、自慢をしにきたのさ!」
そう言ってヒミカは何かウインドウを操作すると、俺たちの座る椅子やテーブルだけを残し、周囲の景色が消えて黒い空間が現れる。これは立体映像を投射する空間だな、何かを見せる気らしい。
「この前ね、『STFB』で優勝したんだよ、だからその決勝の試合を見せてやろうと思ってね」
「へえ、優勝は凄いね! おめでとうヒミカ」
「へへへ、まあ見て見て!」
「STFB」は「サムライ・ザ・ファイナルブレイブ」の略で、対戦格闘系のゲームだ。これも少し古めのゲームで今ではやや人気が落ちているが、シンプルゆえに根強いファンも多い。
そうして立体映像が始まる。ここはオーソドックスなコロシアムのようだ。俺たちはそのコロシアム正面の最も見やすい観客席に居る。
コロシアムの一方には赤い髪に大剣を携えた女性、ヒミカがいる。もう一方には青い髪に双剣を構えた女性がいる。リナという名前だ。
ゲームタイトルにサムライが付いているが、別に和風特化というわけではないらしい。
試合が始まる。戦闘はリナがスピードで翻弄しながら攻撃をしかけ、ヒミカがそれを防ぎながらカウンターを狙うスタイルで進む。途中、何かエフェクトを伴った攻撃をお互いにしているので、ゲームのスキルなのだろう。
そしてヒミカが攻撃を避けるために大きく上方へジャンプしたところで、状況が大きく変化する。リナが空中にいるヒミカへと目にも留まらぬ速さで攻撃する。ヒミカはそれも防ぐが、さらにリナは空中を蹴って方向転換しさらに追撃する。ヒミカも空中を蹴って位置を変えながら防ぎ続けるが、リナの連続攻撃が止まらない。
しばらくその空中での攻防が続く、というか早すぎてよく分からない。
そしてしびれを切らしたのか、リナの体がスキルエフェクトで発光する。これは分身、じゃないな、攻撃の多重化かな。リナの持つ双剣が6本くらいに増えたように見える
リナの速度と攻撃回数は常軌を逸しているが、ヒミカの方もおかしい。ヒミカの大剣を振る速度はかなり速いのだが、一瞬の交差なので振ってさらに返す二連撃程度にしか見えない。それでリナのあの途方も無い数の攻撃を弾いて躱している。
そんな攻防が続き、ついにリナの体を覆うスキルエフェクトが消えて双剣の数が元に戻る。その一瞬、ヒミカが空中を蹴ってリナの進路を塞ぐように移動する。リナもそれを察して避けるように方向転換するが、ヒミカがさらに空中を蹴ってその動きに合わせるように跳び、空中で二人がぶつかる。
ヒミカが大剣を大きく振る。リナはそれを双剣で防ぐが、いなしきれずに体勢が大きく崩れる。目で捉えられないほどの速さで動き回っていたリナの動きが、まるでスローモーションになったかに錯覚するほど鈍くなる。
その隙を見逃さずヒミカが追撃に向かい、大剣にスキルエフェクトを迸らせながら大剣を振り抜く。リナも辛うじてそれに双剣を合わせようとするが、あまり効果はなかったのだろう、そのまま吹き飛ばされてコロシアムの壁に叩きつけられた。
ヒミカの勝利が決まり、映像が終了する。
「どうどう、どうだった? 格好良かった?」
「ヒミカすごいね、でも正直僕では速すぎてよく分からなかったよ」
「カンジはどう?」
「うん、すごかった。ただ、できれば説明が欲しい、よく分からなかった」
「どこが分からなかった?」
「まずリナの動きだ。空中をあの速さで長時間飛び回っていただろう。あれがスキルだとしたら強すぎないか?」
「えっとね、まず『空中跳び』はスキルだね、あまりリスクなく使えるよ。あとあの速さは『超加速』だね、急激に体が加速して、方向転換のための跳躍以外で減速するまで続くの。なかなか強いスキルなんだけど、スキルが切れると少し隙ができるから使い所次第だね」
「ん? じゃああの空中での連続攻撃にはシステム的なアシストが無かったのか?」
「無いよ、リナが自分で制御して攻撃してるだけだよ。すごいよね、私も最後の攻撃では『超加速』を使ったんだけど、あんな長時間維持できないよ」
あの速度の連続攻撃を自分で制御していた? そんなことできるのだろうか。うーん、まあ他にも気になることはあるし続けるか。
「なら次だ、リナのあの凄まじい連続攻撃をヒミカはほぼ防いでいただろう。あれは何かのスキルなのか?」
「うーん、別に防御のスキルは使ってないよ。剣で弾いてただけ。弾けないのは頑張って躱してた」
「ん? リナの攻撃は俺も全く見えなかったけど、双剣であの速度だしかなりの攻撃回数だろう。どうやって全部弾くんだ?」
「えっとね、攻撃回数は多いけど、それぞれの攻撃には少しづつ時間差があるでしょ。だからうまくタイミングと剣の軌道を合わせれば弾けるよ。私の武器は大剣だから、少し当てれば打ち勝てるしね」
「……どうやってタイミングと剣の軌道を合わせるんだ?」
「見て合わせるんだよ」
「……」
一見会話は成立しているのに、ヒミカの言っていることが理解できない。俺がおかしいのか、ヒミカがおかしいのかも分からない。困った。
そこへ俺たちの話を聞いていたユウトが、見かねたのか助け舟を出してくれる。
「カンジ、多分だけどヒミカたちは、オーバーフロー状態で戦ってるんだよ」
「あー、それそれ、多分それ」
ヒミカがユウトの言葉に適当な相槌を打つ。
俺は記憶を探り出して、それらの情報を思い出す。
まず、フロー状態というものがある。最大限に集中力を発揮して物事に完全にのめり込み、幸福感とともに高い活動性能を得られる状態のことだ。無我の境地や、ゾーンに入るともいわれる。これは前世にもあった言葉で、漫画とかでそんな話が出てきた覚えがある。
だが今世では、このフロー状態は機械的にいつでも作り出せるものでしかない。安全のため制限時間は設けられているが、作業などで高いパフォーマンスが欲しい時に、フロー状態へと切り替えることは一般的になっている。
そしてオーバーフロー状態。これは前世には無かった言葉だと思うが、宙藤莞爾が義務教育で習った記憶があった。
これは、フロー状態を呼び水にして思考加速機能に働きかけ、本当に自分自身の速度を上げることができる。思考加速の上昇に引っ張られて、体の動きもリミッターが外れ、ある程度まで速くなる。
もちろん誰にでも簡単になれる状態ではなく、訓練が必要で適正もあるといわれている。また通常のフロー状態よりも負荷が大きく、長時間維持することは難しい。
この世界のゲームは、プレイヤーがオーバーフロー状態になると大幅に攻撃力が上がったり、特殊なスキルが使えるようになったりするものも多い。ゲーム全体がオーバーフロー状態になって遊ぶことを推奨している。なぜなら、オーバーフロー状態が思考加速技術をさらに押し上げる鍵になると考えられており、オーバーフロー状態のプレイヤーのデータは研究資料として活用されるからだ。
この世界のゲームのトッププレイヤーたちは、全員当然のようにオーバーフロー状態を使いこなすらしい。彼らはゲームを楽しみ、それを見る観客を楽しませ、さらに思考加速技術という人類の発展に貢献している。文字通りにトッププレイヤーたる存在なのだ。
「ユウトのおかげで腑に落ちた。……ヒミカは、本当にすごいな」
「え、えへへへ、そんな何度も褒められると照れるよ」
俺は照れるヒミカを見ながら、先程の試合を思い返していた。




