雪だるまの手ぶくろ
神社があるこの山村には、古くからの言い伝えがありました。冬至の日、しかも満月の夜だけのことです。その年に亡くなった人の家族が、その人が一番大事にしていたものを雪だるまに身につけると、たましいが宿るというのです。
そして今日は冬至の日。今年は村では三人亡くなっていて、三つ雪だるまが作られていました。雪はどんどんとつもる中、三人の人影が神社の前に見えました。子供を亡くした母親と、恋人を亡くした若い女の人に、お父さんを亡くした小さな女の子です。手の感覚がなくなるほどに寒い中、手ぶくろもつけずに三人は雪玉を転がし、それぞれ雪だるまを作っていきます。しかし、空は雲でおおわれていました。
「はい、湯たんぽよ。ママはもうねちゃった。明日も介護の仕事で朝が早いんだって」
冬美がバスタオルに包んだ湯たんぽを、おばあちゃんに渡しました。
「雪だるま作るっていっても、手伝ってくれなかったし」
「そんなこといったらだめよ。ママは慣れない介護のお仕事で疲れているのよ。それにあたしの足が不自由だから」
鼻声になったおばあちゃんの背中を、冬美はさすってあげました。
「でも、大丈夫かな? パパの手ぶくろ、片方しか見つからなかったのに。ママが作った片方しか」
おばあちゃんが寒そうに身をふるわせました。
「大丈夫よ。冬美ちゃんが山を歩き回って探したんだから、きっと太一にも気持ちが伝わっているはずだよ」
おばあちゃんにいわれても、冬美は心配でしょうがありません。
「でも、しおりちゃんがね、ちゃんと両方の手ぶくろがないと、パパは帰ってこないっていってたの。パパ、ママが作った片方と、わたしが作ったもう片方の手ぶくろを大事にしてたから、だから、帰ってこないって……」
最後は冬美も鼻声になって、おばあちゃんの胸に顔をうずめました。おばあちゃんはなにもいわずに、そっとその肩をさすってあげました。
お友達のしおりちゃんは、パパと同じで、この山村の生まれでした。冬美もこの山村の生まれでしたが、小さいころに都会に引っ越していたのです。それが一年前に、おばあちゃんの足が悪くなったので、介護をするために一家そろってこの山村へと戻ってきたのでした。パパはおじいちゃんの山の木の手入れをするといって、一月の寒い日に家を出ていったきり、戻ってはきませんでした。
「きっと大丈夫だよ。太一はママも、それに冬美ちゃんも愛していたから、ちゃんと帰ってきてくれるよ。ちゃんと会いに来てくれるから、だからもう少し待っていましょう」
「大丈夫かな? 満月、出てくれるよね」
あと三十分で冬至の日は終わります。
「外見てくる。おばあちゃん待っててね」
冬美はぱたぱたと部屋を出ていきました。
「わっ、寒い」
玄関を開けると、冬美は手に、はあっと息をふきかけました。
「会いたい、会いたい、パパに会いたいの」
祈るように空を見あげると、雲間からかすかに明かりがもれてきました。
「あっ、おばあちゃん、満月だよ!」
冬美は急いで、家の中へ戻りました。
満月の光は、神社の赤い鳥居をくぐり、三つの雪だるまをてらしました。すると、うさぎ柄のマフラーをまいた雪だるまが、ぐりぐりっと頭の雪玉を動かしたのです。そして今度は、黒くピシッとしたコートがかけられた、少し大きめの雪だるまが動き出しました。
二つの雪だるまは、ずりずりと神社から出ていきました。三つめの雪だるまも、ぐりぐりと顔を動かしました。大きくてハートがあみこまれた手ぶくろが、右手の枝にだけつけられています。その小さな雪だるまは、きょろきょろとあたりを見わたしました。
「あそこだな、よし」
三角形の屋根が、ぼんやりと見えました。
足の不自由なおばあちゃんをかかえて、冬美は玄関のドアを開けました。ずりずりとなにかを引きずる音が聞こえてきます。
「パパだわ!」
冬美は小さな雪だるまにかけよりました。
「冬美、おふくろ」
「会いたかった……」
冬美はわっと泣き出しました。
「太一! ああ、太一なんだね」
おばあちゃんも近よってきました。
「わたしママを呼んでくる!」
冬美は家の中へかけこみました。
「ママ、パパの雪だるまだよ! 本当にきてくれたんだよ!」
家の奥から、バタバタと足音が聞こえてきました。パジャマのまま、コートもかけずに、ママが外に出てきました。
「まさか!」
おばあちゃんと冬美は、雪だるまにさわりました。
「パパのバカ」
雪だるまにほおずりしながら、冬美がいいました。
「太一、すまなかった。足を痛めたときに、お前がいうとおり町へ行けば、こんなことにならなかったのに」
「それは違うよ。おれが未熟だったから、親父の山を守れなかったんだ。それで、なだれにまきこまれちまって。おふくろたちには苦労をかけちまったね。ママも、ごめんな」
「ほんとうにあなたなのね……」
ママはじっと雪だるまを見つめました。
「でもよかった。パパの手ぶくろ、片方しか見つからなかったから、ほんとうにきてくれるか心配だったの」
雪だるまがちょっと笑ったように見えました。そして、空を見あげたのです。
「そろそろ、お別れだな」
「そんなのいや!」
冬美はさけびました。
「ごめんな、さびしい思いさせて。パパも、冬美ともっと一緒にいたい。でも、もういかないと。ありがとう。さよ……なら……」
雪だるまは、少しずつ、ゆっくりととけていきました。冬美はすっかりとけてしまった雪を、手ですくいあげました。
「あれ、なにかある。これって」
雪の中から出てきたのは、パパの左の手ぶくろでした。冬美が失敗して、少し形がゆがんだハートが編みこまれています。
「どうして? 何度も山の中を探したけど、見つからなかったのに」
「きっと手ぶくろを届けてくれたのよ。冬美が編んで、プレゼントした大事な手ぶくろだったんだから」
そういいながら、ママは冬美のかたをだきよせ、手ぶくろを持った手をつつみました。
「……パパ」
雪の中にあったのに、手ぶくろは温かくかわいていました。ほおずりをすると、かすかにパパのにおいがしました。