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冬童話2021 『さがしもの』

雪だるまの手ぶくろ

作者: 小畠愛子

 神社があるこの山村には、古くからの言い伝えがありました。冬至の日、しかも満月の夜だけのことです。その年に亡くなった人の家族が、その人が一番大事にしていたものを雪だるまに身につけると、たましいが宿るというのです。


 そして今日は冬至の日。今年は村では三人亡くなっていて、三つ雪だるまが作られていました。雪はどんどんとつもる中、三人の人影が神社の前に見えました。子供を亡くした母親と、恋人を亡くした若い女の人に、お父さんを亡くした小さな女の子です。手の感覚がなくなるほどに寒い中、手ぶくろもつけずに三人は雪玉を転がし、それぞれ雪だるまを作っていきます。しかし、空は雲でおおわれていました。




「はい、湯たんぽよ。ママはもうねちゃった。明日も介護の仕事で朝が早いんだって」


 冬美がバスタオルに包んだ湯たんぽを、おばあちゃんに渡しました。


「雪だるま作るっていっても、手伝ってくれなかったし」

「そんなこといったらだめよ。ママは慣れない介護のお仕事で疲れているのよ。それにあたしの足が不自由だから」


 鼻声になったおばあちゃんの背中を、冬美はさすってあげました。


「でも、大丈夫かな? パパの手ぶくろ、片方しか見つからなかったのに。ママが作った片方しか」


 おばあちゃんが寒そうに身をふるわせました。


「大丈夫よ。冬美ちゃんが山を歩き回って探したんだから、きっと太一にも気持ちが伝わっているはずだよ」


 おばあちゃんにいわれても、冬美は心配でしょうがありません。


「でも、しおりちゃんがね、ちゃんと両方の手ぶくろがないと、パパは帰ってこないっていってたの。パパ、ママが作った片方と、わたしが作ったもう片方の手ぶくろを大事にしてたから、だから、帰ってこないって……」


 最後は冬美も鼻声になって、おばあちゃんの胸に顔をうずめました。おばあちゃんはなにもいわずに、そっとその肩をさすってあげました。


 お友達のしおりちゃんは、パパと同じで、この山村の生まれでした。冬美もこの山村の生まれでしたが、小さいころに都会に引っ越していたのです。それが一年前に、おばあちゃんの足が悪くなったので、介護をするために一家そろってこの山村へと戻ってきたのでした。パパはおじいちゃんの山の木の手入れをするといって、一月の寒い日に家を出ていったきり、戻ってはきませんでした。


「きっと大丈夫だよ。太一はママも、それに冬美ちゃんも愛していたから、ちゃんと帰ってきてくれるよ。ちゃんと会いに来てくれるから、だからもう少し待っていましょう」


「大丈夫かな? 満月、出てくれるよね」


 あと三十分で冬至の日は終わります。


「外見てくる。おばあちゃん待っててね」


 冬美はぱたぱたと部屋を出ていきました。


「わっ、寒い」


 玄関を開けると、冬美は手に、はあっと息をふきかけました。


「会いたい、会いたい、パパに会いたいの」


 祈るように空を見あげると、雲間からかすかに明かりがもれてきました。


「あっ、おばあちゃん、満月だよ!」


 冬美は急いで、家の中へ戻りました。




 満月の光は、神社の赤い鳥居をくぐり、三つの雪だるまをてらしました。すると、うさぎ柄のマフラーをまいた雪だるまが、ぐりぐりっと頭の雪玉を動かしたのです。そして今度は、黒くピシッとしたコートがかけられた、少し大きめの雪だるまが動き出しました。


 二つの雪だるまは、ずりずりと神社から出ていきました。三つめの雪だるまも、ぐりぐりと顔を動かしました。大きくてハートがあみこまれた手ぶくろが、右手の枝にだけつけられています。その小さな雪だるまは、きょろきょろとあたりを見わたしました。


「あそこだな、よし」


 三角形の屋根が、ぼんやりと見えました。




 足の不自由なおばあちゃんをかかえて、冬美は玄関のドアを開けました。ずりずりとなにかを引きずる音が聞こえてきます。


「パパだわ!」


 冬美は小さな雪だるまにかけよりました。


「冬美、おふくろ」

「会いたかった……」


 冬美はわっと泣き出しました。


「太一! ああ、太一なんだね」


 おばあちゃんも近よってきました。


「わたしママを呼んでくる!」


 冬美は家の中へかけこみました。


「ママ、パパの雪だるまだよ! 本当にきてくれたんだよ!」


 家の奥から、バタバタと足音が聞こえてきました。パジャマのまま、コートもかけずに、ママが外に出てきました。


「まさか!」


 おばあちゃんと冬美は、雪だるまにさわりました。


「パパのバカ」


 雪だるまにほおずりしながら、冬美がいいました。


「太一、すまなかった。足を痛めたときに、お前がいうとおり町へ行けば、こんなことにならなかったのに」

「それは違うよ。おれが未熟だったから、親父の山を守れなかったんだ。それで、なだれにまきこまれちまって。おふくろたちには苦労をかけちまったね。ママも、ごめんな」

「ほんとうにあなたなのね……」


 ママはじっと雪だるまを見つめました。


「でもよかった。パパの手ぶくろ、片方しか見つからなかったから、ほんとうにきてくれるか心配だったの」


 雪だるまがちょっと笑ったように見えました。そして、空を見あげたのです。


「そろそろ、お別れだな」

「そんなのいや!」


 冬美はさけびました。


「ごめんな、さびしい思いさせて。パパも、冬美ともっと一緒にいたい。でも、もういかないと。ありがとう。さよ……なら……」


 雪だるまは、少しずつ、ゆっくりととけていきました。冬美はすっかりとけてしまった雪を、手ですくいあげました。


「あれ、なにかある。これって」


 雪の中から出てきたのは、パパの左の手ぶくろでした。冬美が失敗して、少し形がゆがんだハートが編みこまれています。


「どうして? 何度も山の中を探したけど、見つからなかったのに」

「きっと手ぶくろを届けてくれたのよ。冬美が編んで、プレゼントした大事な手ぶくろだったんだから」


 そういいながら、ママは冬美のかたをだきよせ、手ぶくろを持った手をつつみました。


「……パパ」


 雪の中にあったのに、手ぶくろは温かくかわいていました。ほおずりをすると、かすかにパパのにおいがしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。企画から参りました。 小さな山村の古くからの言い伝え。冬至の日の満月の夜だけに、その年に亡くなった人の家族が、その人が一番大事にしていたものを雪だるまに身に着けると魂が宿る。 …
[良い点] 「隕石阻止企画」から拝読させていただきました。 伝説によって、父親と再会するため、頑張る女の子。優しく励ます祖母。 そして、起こった優しい奇跡。 その代償の哀しい別れ。 良いお話でした。 …
[一言] 企画から来ました!! なんという親子最下位の感動の家族ドラマ!! 寒い冬の物語ですが……読んでいるだけでポカポカして来るぜ(´;ω;`)ウッ…
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