アイツは……きっと生きている!
ドラスケが王宮に残され、捕らわれの身となってしまった。
その緊急事態を前に俺達黒装束の3人は、真剣に“時計が一周回る程長い時間”の協議を重ねた結果……一致した結論を出した。
「……取り合えず宿に戻って寝よう」
「そうですね……徹夜明けの頭では碌な考えも浮かびません」
「私も昨夜はほとんど茂みの中に潜んでたから泥だらけだし、はやくシャワー浴びたいわ」
時計が一周回る程長い時間の協議の結果は一旦保留……。
“とにかく寝たい”……徹夜明けの俺達にとって今はそれしか考えが浮かばなかった。
薄情と言うなかれ、一応アンデッドであり歴戦の戦士でもあるヤツなら大丈夫だろうって、そんな結論に至る“屁理屈”もあるのだから。
俺達人間とは違い疲労感があるワケでも無いし、あのサイズだから俺達よりも遥かに脱出しやすいだろうって信頼もある。
むしろ現在の疲労度を考えると俺達『ワースト・デッド』のパフォーマンスは低下しまくりで……身体技能だけじゃなく頭脳も碌に働いていない。
仮にもう一度王宮に忍び込む事にしたとしても、ザルな計画で無意識に失敗する危険が高い。
「針土竜亭に戻ったら午前中は各々休憩……その後目覚めたら今後の事を考えるって事でOK?」
「お~け~」「……了解です」
今後の予定を告げる段階でカチーナさんもリリーさんも返事をしつつ、木箱から覗くその瞳はどっちも閉じかけていた。
気持ちは良く分かる……この馬車のゆっくりした揺れが何とも眠気を誘う。
一般的に夜に強そうに思われがちな盗賊だが、本音を言えば夜は寝たい時間なのだ。
無理やり起きていての早朝でこの環境は拷問にも近い。
かと言っても既に黒装束の方が目立つ時間帯……不用意に姿を晒すのはマズいし、下手に寝ちまったら最後、何にも知らない御者のオッサンと対面したら最悪である。
ある程度王宮から離れた離脱地点までしばらくの間……寝るには最高の環境下で寝てはいけないという拷問。
実際の時間は短いはずなのに、それはそれは長く感じてしまう。
「「……ZZ」」
「……寝るな二人とも、知り合いにこんな格好見られたら死ぬぞ。社会的に……」
荷馬車が王宮から離れたところで離脱した俺たちは誰にも目撃される事無く根城にしている『針土竜亭』へと帰還を果し……そのまま泥のように眠りに付いた。
そして……ようやく目が覚めた時には既に太陽が西の空に傾き始めた夕方だった。
普段体力に自信のある方の俺達ではあるが、やはり昨日みたいに『誰にも気づかれないように潜入する』というのはただ押し入るよりも体力も精神力も通常より削られるものだ。
ましてや盗賊である俺はそう言う事に慣れている方でも、カチーナさんもリリーさんも普段とは違う働きをしただけに、同じ時間睡眠をとっても回復しきってはいないようで……まだ眠そうな顔を隠せていなかった。
「……斥候や偵察をする方々は常にあのような環境下にいるのですね。前線とは全く違った緊張感でしたよ」
「私もスナイパーとして遠距離から潜伏する事は多かったけど、昨日みたいに潜入して~ってのはさすがにヘビーだったわ……。ギラルさんたち盗賊はいつもこんな仕事をしているの?」
「ま~どんな環境も慣れっスよ慣れ」
まだ眠そうな顔で集合した二人が自分よりも回復しきっていない事に少しだけ優越感を感じてしまう。
最近戦闘面で訓練中にこの二人に圧倒される事ばかりだったから、こんな些細な事でも自分が上に立てる事実が妙に嬉しい……。
……我ながら小さい男である。
「さて……取り合えずこれからどう動こうか? 予定よりも長く寝ちまったから出来る事は限られそうだけど」
「私は早速コレの翻訳に移ろうかと思うわ。元魔導僧としてもこんな古い古代亜人種言語の資料は見た事が無いから……」
俺の言葉にリリーさんは昨夜の戦利品である一冊の古い本を手に取った。
元よりこの中で翻訳が出来るのはリリーさんだけだから、興味津々にやる気になってくれているならありがたい。
この内容が『預言書』とどうかかわって来るのか怖くもあるけど……。
「私はドラスケ殿が王宮から脱出してくるかもしれないから、一旦王宮まで足を運んでみようかと思います」
「まあ……ヤツなら大丈夫だとは思うけど、最悪数日戻ってこないなら再度潜入も考える。だから一人で無茶はしないでくれよ?」
「分かってますよ。さすがに一人で潜入する無謀をする気はありませんよ」
王子に模型として持って行かれた事を考えると気がかりと言えば気がかりだが、アレの原型は脳筋聖女と真正面からタイマンを張った戦士だからな。
ひと眠りして冷静に考えてみても、何事も無ければヤツが危険にさらされるのは少ないように思える。
ただ心配するカチーナさんの行動にケチを付ける程でも無い。
「……俺は今一度大図書館に行って司書殿と話して来ようかと思ってる」
「!?……大丈夫なのですか一人であの人に会いに行くなど」
そして俺がこれからの予定を口にすると、カチーナさんは露骨に心配そうな顔つきになった。
一応元上司でもあるだろうに……先日の対面ですっかり警戒心を抱いてしまったようだ。
「大丈夫でしょ……今までも一人で会っていたようなもんだし。現状の俺達じゃ3人そろって出向いたって同じ事にしかならないから」
「…………」
俺の見解にカチーナさんは不満そうだが否定する事も無い。
向こうがその気だったら、俺たちは先日の大図書館前で皆殺しにされていただろう事は対面した俺たち自身が一番よく知っている。
しかし『酒盛り』の仲間たちや師匠たちでも及ばないだろう化け物のような存在……現状の俺達ではどうする事も出来ないはずだが……。
「あの団長だか司書だかが何を考えているのかは定かじゃね~けど……俺達への干渉に妙な迷いみたいなモンを感じたんだよな」
「迷い……ですか? あのホロウ団長が?」
迷いなく最高の結果を出すために冷静に非情に作戦を遂行する四魔将最高の頭脳を持った『聖尚書ホロウ』……預言書のイメージと全く遜色のない姿ではあった。
個人的には『聖騎士』『聖魔女』とイメージからかけ離れた姿を目にしていたから、彼は預言書と同じような人物像なのだと思い込んではいたのだが……。
「俺たちの事を自分の思い通りに動かしたいなら知ってる自分に都合の良い情報だけを単純に流せばいい。なのにワザワザ邪気に関する古書を王宮でも知られていない禁書庫の存在を明かしてまで俺たちに渡るようお膳立てしてやがる……俺達がどう動くかなんて予想通りに行くかも分かんね~のに」
「そう言われると……そうですね。ホロウ団長は我々に情報を開示しているだけ……誘導しようとしているにしては私たちの自由度が高すぎる気がします」
具体的にこうしろああしろと指示を出されれば疑いをかけられるから、俺達を誘導する為に多くを語らない……と言えなくも無いが、それにしても丸投げが過ぎるのが気になる。
師が弟子を導くために試練を用意しているとか、そんな感じに捉えられない事も無いが……何かを決めかねている気配があるような?
「そのギラルさんの考え自体ホロウ氏の誘導かもしれないんじゃない? 自分の考えだと“思わせる”ってのはマインドコントロールの基本よ?」
リリーさんのその意見も一理ある……実はそんな俺の思い付きすら誘導かもしれない。
だけど一つどうしようもない事実もある……。
「俺達は本来集まるはずも無かった死ぬはずだったヤツら……いわば予定から外れたイレギュラーでしかない。そんなモンを予定に組みこんでいる時点で既に『大尚書』も何かズレ始めているんじゃないかと思うんだよね」
「ふむ……」
「むう……」
「ま……ここは男同士って事で俺一人で行くのが良いと思うのさ。あの司書殿も異性の前だと言いづらい事もあるかもしれんからね」
思案顔で唸る二人に俺は軽く笑って言い放つ。
本音を言えば会わなくていいならもう二度と会いたくないのだけど……王宮の誰もが知らない禁書庫なんてモノを俺たちに教え、その場所を王子ではない王子ヴァリスが遊び場にしていた辺りに作為的な何かを感じるのだ。
まるで自ら結果を望まない……自分の想定していない、想像以上の何かを期待しているかのような……。
「無様な最期を迎えたくない、それだけの俺達に何を期待しているのやら……」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をおかけして恐縮ではありますが、面白いと思って頂けたら感想評価を何卒よろしくお願い申し上げます。




