善意が引き寄せる幸運
「すまねぇ!! 本当にすまなかった!! マチェットを見つけてくれたってのに……」
そして気が付いた時には再びオッサンのドアップである。
ただし今度は怒りの表情では無く申し訳なさ100%の謝罪……今にも泣きそうな顔がさっきとは違った意味で迫力満点である。
目を覚ましてからというもの、殴られた頭に回復魔法をかけてくれている聖職者っぽいお姉さんの膝の上にいる俺に向かって何度も土下座していた。
「もう良いよ……知人の遺体を引きずっていた俺も、今考えると問題だったし」
実害があってからようやくその事に思い至ったのだから、あまり強く非難も出来ない。
道で遺体を引きずっている子供……見かけた時の怪しさは半端じゃなく、それこそ当事者と思われてもおかしくはない。
「ごめんなさいね。この人も普段はそんなに暴力的じゃないんだけど……先日から行方不明だった弟分、彼の変わり果てた姿を見たら……ね」
「弟……それじゃ……仕方ないね」
申し訳なさそうにそう言いつつ回復魔法をかけてくれる回復師のミリアさんだったが、土下座を繰り返すオッちゃんドレルに向かって咎めるような視線を向ける。
「そろそろ顔を上げなさい。謝罪は当然だけど、やり過ぎて彼も困ってるじゃない」
「あ、ああそうだな……ほんと、すまなかったな……」
「……もう良いって」
そう言った時には既に頭の痛みは無くなっていて、ミリアさんが「はい、おしまい」と言った時には頭どころか全身から疲労感すら抜けていた。
回復魔法ってすごい……村から出た事ない俺にとっては初めての体験だけに、その効果に軽く驚いていた。
神ノ国でも散々『魔法の道具』を見たし使いもしたけど、コレはまた違った感動だ。
彼らは四人一組の冒険者らしく、内訳は戦士2人、回復師1人、盗賊1人の組み合わせだそうだ。
目の前の二人以外の盗賊のスレイヤさんが周囲の警戒をしていて、もう一人の槍を持った戦士のクルトさんがさっきから焚火の前で煮炊きをしている。
空を見上げると日はすっかり天辺を超えている……昼飯時なのだと考えると再び忘れかけていた空腹を思い出して腹が“ぐうううう”と賑やかな音を立て始めた。
その音は近くの二人だけじゃ無く、少し離れたクルトさんまで聞こえたようで笑いながら話してきた。
「い~い腹の音だな坊主、丁度飯が出来たから一杯食いな! 今日の飯はそこのオッサンの奢りだからよ!」
彼らは王都を拠点にする冒険者だそうだが、数週前に依頼を受けた弟分の消息が分からなくなり心配になったドレルの頼みでここまで遠征に来たらしい。
冒険者の行方不明がどういう物なのかは嫌という程分かっている彼らは最悪を想定して手押しの荷台を持参していて、マチェットさんの遺体は防腐魔法をかけられて荷台に乗っている。
遅めの昼食にありつけた俺は大人4人に囲まれてその辺の説明を食いながら聞いていた。
「そうなんだ……マチェットさんは依頼で王都から」
「ああ…………依頼のレベル的にもアイツにとっては何て事ないハズだったんだが」
聞けば冒険者と言うのはなるだけなら誰でもなれるそう。
ただし個人で登録できるのは15歳以降、それまでは監督する保護者が必要なんだとか。
一番最初はGクラスから始まって、依頼もGクラスの物しか受ける事が出来ない。
それから依頼の達成率によって昇格試験を受けられ、徐々に依頼の難易度を上げて行く事が出来る。
今回Cクラスのマチェットさんが受けた依頼はDクラス、決して彼が達成できない類では無いとドレルさんも思っていたようだが……。
「……やな予感がして探索に来てみりゃこの有様だ。坊主が森の中でコイツを発見してくれなきゃ、今頃発見も出来ずに魔物に喰われてたかもな」
ドレルさんのやるせないため息に俺も何とも言えない気分になる。
昨日まで普通に話していた人が死んでしまう…………理屈では分かっていても割り切れる物じゃない。
そんな事、俺も嫌という程知っている事だ。
「……ところで坊主? お前さんは何でこんな森のど真ん中に一人でいたんだ? いくら何でも町からはまだ結構遠いし、魔物に出くわしたら一たまりもね~ぞ?」
「そう言えばそうだ……魔物のランクはDとは言え、一般人にとっちゃ脅威、ましてや子供が不用意にうろついて良い森じゃない」
「遺体を見つけて貰った事だし、なんなら俺らが送ってやっても……」
恐らくこの大人たちは親切な人たちなのだ。
悪気なく俺の事を心配して言ってくれている事は分かっている……分かっているけど。
俺は顔を顰めて首を横に振るしか無かった。
「無理だよ……俺の村はもう無くなっちゃったから…………」
「無くなった? 村が無くなるとか穏やかじゃねーな……村の名前は?」
「方角は多分ここからは東南かな? トネリコっていう農業で細々と暮らしていた小さな村だったんだけど……」
「「「トネリコ?」」」
俺の言葉に3人が疑問の声を漏らす……やっぱり世間的にもあまり知られていないくらいの小さな村だったって事なんだろう。
俺はその事が少し残念だったが、スレイヤさんだけが手を叩いて言った。
「あ、思い出した! こっちに来る前に王都の情報屋が言ってたな。確かトネリコ村っていう“3年前に滅んだ村”がこの森のどこかにあるとか何とか……」
「……え?」
「三年前、魔物のスタンピードが発生した際に犠牲になった村の名前が確かトネリコだったな……もしかして君はその時の生き残り?」
俺はスレイヤさんが口にした情報に頭が真っ白になった。
三年前? スタンピード? 何だよそれ……一体何なんだよ!?
「ウ……ウソだ……俺の村はつい最近……野盗共に襲われて…………皆殺しにされた」
「……え? つい最近?」
「なんだって?」
「殺されたんだよ! 俺の家族も、友達もみんなみんな!! 泣いても命乞いしても奴らは薄ら笑いを浮かべて楽しそうに!! 俺の、俺たちの大事だったモンをみんなぶち壊しやがったんだ!!」
俺は余りに違う、まるであんなに残酷な事件が無かった事にされているようで思わず声を上げてしまう。
あんな残酷な、あんなに憎らしい事件がそんな風に世に伝わっている事が何よりも腹立たしい……。
そして……悔しかった。
俺はたまらず、いつの間にか泣き叫んでいた。
悲しい、悔しい……そんな当然の感情が今更ながらに逆流してきて止める事が出来ない。
そんなみっともなく泣き叫ぶ俺だったが、回復師のミリアさんが優しく抱きしめててくれていた。
「大丈夫……大丈夫よ。分かってる……君は嘘を言っていない……辛かったよね。私たちは味方だからね…………大丈夫よ」
「ウウウ……ワアアアアアアア!!」
・
・
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しばらく泣き叫んでいた俺だったが……いくらか落ち着いてくると途端にミリアさんに泣きついていた事が恥ずかしくなってしまっていた。
何か気まずくなって顔を上げられずにいると、スレイヤさんは申し訳なさそうに隣に腰を下ろしてきた。
「悪い、デリカシーの無い事言っちゃってさ……。アタシも別に坊主が嘘ついてるって言ったんじゃないんだよ。ただ王都にそういう風に伝わっているってだけでさ……」
「…………うん……分かってる。ゴメン……何か……その……」
「お前が謝んな! 聞いた限りじゃお前は何にも悪くねーだろ!?」
気まずそうに励ましてくれるスレイヤさんに、更に居た堪れない気分になって行く。
そんな中でドレルのオッサンは難しい顔をして口を開いた。
「坊主……お前の言った事は間違いねーんだな? 確かに村が無くなったのは最近で、しかも理由は野盗の襲撃ってのは……」
「う、うん……そうだけど……」
ドレルのオッサンは俺に質問してしばらく唸っていると、荷台に乗せたマチェットさんの遺体を調べ始めた。
その途中で懐から金の類やら携帯食の類が出てくると、その度にオッサンは驚いた様子を見せる。
「坊主お前…………森を彷徨っていたってのに、マチェットの荷物に何も手を付けてねーのか?」
「は? う、うん……死んだ人だからって勝手にしていい気はしなかったから……」
前なら絶対に思わなかった事なのに、不思議と今は自然にそんな事を言える。
衣食足りて礼節を知る……預言書でも言っていた言葉だけど、その通りだと俺は身をもって実感していた。
そんな俺の言葉にドレルのオッサンは溜息を吐いた。
「聞いたかミリア……こんなガキが飢え死にしそうな状況でも死者に敬意を払ってるなんて…………お前さんの元上司共に聞かせてやりてぇな」
「本当に…………むしろ私はこの子こそ大僧正についてもらいたいくらいですよ」
何か妙な同意をするミリアさん。
彼女は見た目通りに教会関係の人間だったって事なんだろうか?
そうこうしている内にドレルさんが遺体から一枚の依頼書……今回彼が請け負ったらしいDクラスだったという依頼書を見つけて広げた。
「王都にいる時にチラッと言ってたんだよコイツ、『ファーゲンの町』からの依頼って…………ああ確かにそうだ。依頼内容は……周辺の森の調査」
そしてドレルのオッサンがボソッと呟いた一言が、俺の記憶に警鐘を鳴らした。
「!? え、ちょ、ちょっと待ってオッサン……今、町の名前を言ったよね? それってまさかここから一番近い……」
「ファーゲンの町か? 確かにこの道を道なりに行けば辿り着く……坊主が最初目指していた町がそうだけど……どうかしたのか?」
不思議そうに言うオッサンだったが、俺はそれどころではない。
『神ノ国』で見た預言書の一節……勇者が初めて活躍し、悪人を成敗した……そして人身売買組織の根城で“自分がみっともなく殺された”時の舞台。
その町の名前が『ファーゲン』だった事はしっかりと覚えていた。
俺は咄嗟に勇者に真っ二つにされる予定の脳天を手で押さえてしまう。
冷や汗が流れ落ちるのを止められなくなる。
『あの町がファーゲン…………俺の死に場所……』
考えてみれば不思議な事じゃ無い。
行く当ても無く森を彷徨っていた俺がどうにか命を繋ごうとするなら近隣の村や町に行くしかないだろう。
あのまま俺が神様に会う事も無かったとしたら…………俺は商人の親子を背後から襲っただろうし、森の中で見つけた冒険者の遺体をこれ幸いとばかりに荒らしていただろう。
そして罪悪感など所詮生きる上では必要ない……そんな風に考えて生き延びていたとしたなら…………俺の背筋を冷たい物が通り抜ける。
あんなセンスも何もない、弱い者を食い物にする正に勇者に殺される為だけに存在するような“アレ”に自分が紙一重でなっていたかもしれないと思うと……。
俺があり得たかもしれない未来に青くなっていると、ドレルのオッサンが依頼書を読み進めて顔を歪めた。
「これはヤバイかもしれねぇ……ミリア、ケルト、スレイヤ、準備が出来たら早々に王都に戻るぞ」
「はあ!? なんでよ。確か最悪の場合……遺体を発見したらファーゲンの冒険者ギルドに知らせて後は任せるって……」
ここから王都までは相当に遠距離らしく、その間を荷台で遺体を運ぶ作業は大変である。
スレイヤさんは不満そうだったが、オッサンは神妙な顔つきで言った。
「……マチェットの依頼はファーゲンの町で最近多発している行方不明事件の調査で森を調査して欲しいって内容だった……個人依頼でな」
「個人……依頼…………か。訳ありっぽいな」
オッサンの言葉に同調する仲間たちはさすがはベテラン……何が危険なのかを察しているようだ。
俺は神様から預言書を見せて貰ったから、あの町で何が行われていたか……いや、行われる事になるのかを知っている。
あの町は数年後召喚された勇者が最初に立ち寄って人身売買組織を“黒幕ごと”成敗する事になる舞台。
その黒幕が何者なのか……俺は名前も知らないけど“そいつ”を知っていた。
「オッちゃん、その依頼を出した依頼人って…………無事、なのかな?」
「「「「!?」」」」
俺が突然そんな事を言い出した事に大人4人がギョッとした顔を浮かべたが……ドレルのオッちゃんは依頼書を眺めて首を振る。
「マチェットはマメな男でな……依頼書にもしっかり書かれてるよ『依頼人ロスト』ってな。この時点で首を突っ込まなきゃコイツも無事だったかもしれねぇ」
嫌な予感は当たる……という事は恐らく依頼人はもう生きていないだろう。
詳しく聞いてみると依頼主は行方不明になった娘の両親だったようだ。
そして依頼人に会えなかったが、それでも森の中を捜索した冒険者マチェットはご覧の有様……オッちゃんの見立てでは数か所を刃物で切られた事での出血多量らしく、どう考えても人間の仕業なんだとか。
「オッちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ……近隣の村が最近襲撃されたってのにそんな事件を“3年前に魔物のせいで”なんて報告出来る立場って誰になる?」
「そりゃ~この辺一帯の領地を管理している貴族の…………ってオイ……まさか!?」
俺の質問に何が言いたいのか気が付いたらしく、大人たちは揃って顔を青ざめさせた。
「襲撃して来た野盗が得意げに言ってたんだ……仕事の拠点に都合が良い、有効に使ってやるって…………」
俺自身、唇が震えているのが分かる……自分で言っているのに恐ろしくて仕方が無い。
だってそれは神様に会わなかった未来の自分は、知ろうともせずに自分の村を滅ぼした奴らの手先になっていて、尚且つそいつらと同じ事をするところだったのだから。
「町で多発する行方不明事件、森を調査して殺されたマチェットさん、村を滅ぼされた俺、そして野盗がそんな村を占拠しているのに“3年前から”って情報を流している誰か…………これって繋げると……どうなる?」
「……ここら一帯を治める貴族が、坊主の村を拠点にしようとしている“人身売買組織”と繋がっている…………」
ゴクリと……誰が息を飲んだ音かは分からない。
もしかしたらこの場にいた全員かもしれないけど、オッちゃんが口にした結論に反論しようとする人は誰もいなかった。
何しろその話を繋げる証拠は二つもあるのだから。
「こりゃまずいね。そんなお貴族様にとって都合の悪いギルドの依頼中に死んだ冒険者の遺体を持ち込んだヤツ、そして3年前に無くなった事になっている村の生き残り……そんなのが町に入ったりしたら……」
「……装備なしでオークの巣に突撃する……みたいなもんだな」
「坊主おめぇ……結構頭が回るな。村から出た事ないワリに」
オッちゃんは感心したように言ってくれるけど、そんな大した事じゃ無い。
俺は知っていただけだから……知らなかった未来を考えると威張れるもんじゃない。
そうこうしている内にオッちゃんたちはモノの数分で火の始末やら荷支度を済ませ、すっかり旅立てる格好になっていた。
さすがは冒険者、こういう行動に無駄がない。
そしてそれがごく短い付き合いだったけど、この人たちとのお別れになるんだと思えば少し寂しい気分になる。
…………明日からどうやって食いつないで行こうか。
預言書の事を考えると、どうしてもこれからファーゲンの町に行く気にはなれない。
何だか最早自分がモヒカンになるような未来に繋がる要因は全部捨てたかったのが本音だけど……。
そんな風に考えていたけど、唐突にオッちゃんが俺にとっては意外な事を言い出した。
「ほら坊主、もたもたすんじゃねぇ、ここから王都まで相当あるんだからな!」
「………………え?」
オッちゃんが言った意味を俺は全く理解できなかった。
周りの仲間たちは“分かっている”ようで、みんな苦笑しているのだけど……。
キョトンとする俺にオッちゃんは面倒だと言わんばかりに、顔を逸らして捲し立てる。
「どうせ帰る場所もねーんだろ!? 俺達としても村の生き残りの証言があれば都合が良いからな……嫌っつっても連れて行くからな!!」
「……え? そ、それって……」
戸惑う俺の頭にミリアさんが優しく手をポンと置いて微笑む。
「あの人なりの罪滅ぼしと、お礼のつもりなのよ」
「ったくいい歳こいて素直じゃねーんだから……」
「付いて行って……いいの?」
余りの事に俺が呆然とそう言うとその人たちは一斉に頷いてくれた。
その出会いは幸運でしかない。
冒険者という人種だって色々な連中がいて、悪人だって少なくないと言うのに……この人たちは俺の事を“助けてくれる”と言っているのだ。
俺の瞳から……またも自然と涙がこぼれ落ちる。
でも、今度の涙は憎しみや悔しさの涙じゃなかった。
善行を積めば必ず良い事があるとは言えない……それなら俺の村が野盗に滅ぼされる事だって無かっただろうから。
でも、この出会いは間違いなく俺が悪事を起さなかったからこそ引き寄せた幸運だった。
『神様…………俺は絶対に貴方の望むように預言書とは違う未来を行くよ……』
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