最悪を盗む凡人たち
ロイド先輩の凶報を聞いて、慌てて彼が担ぎ込まれたエレメンタル教会の救護院へとアタシは駆け付けたのだが、目にしたのは負傷したらしい頭部は既に回復魔法で治療された後の様だが意識が戻らずにベッドに横たわる姿だった。
「発見が早かった事で治療も間に合って命に別状は無いけど、今の所意識がいつ戻るかは分からないの。失血は相当だったみたいだし」
実際に治療をしたシエルは眉を顰めて現状を教えてくれるが、アタシは犯人への怒りと共に先輩が何故襲われたのかが疑問だった。
それは一緒に来てくれたギラルたちも同じだったようで……。
「そもそもロイドさんは何で襲われたんだ? 王都を守り犯罪者の天敵であるなら逆恨みは日常だろうが……」
「それにしても彼も軍人、この様に簡単に背後を取られるものだろうか?」
カチーナのその言葉にアタシも同意する。
そもそもロイド先輩もアタシ等と同じ孤児院出身、シエルみたいな化け物ではないにしても彼だってあの大聖女の弟子の一人だ。
生半可なヤツに背後を取られるとは考え難い。
「ロイド先輩を襲った犯人が分からない以上、再度の襲撃は警戒する必要があるだろう。幸いここはエレメンタル教会、エレメンタルの精鋭たちが頼まなくても守ってくれるはずですから当面の心配は無かろうが……」
「あはは……まあそうですね。口では“容易く背後を取られるとはたるんでいる証拠だ! 目が覚めたら鍛え直してやる!”何て大聖女は口では言ってましたが、誰よりも憤っていたのもあの方ですからね。現在の先輩が安全であるのは間違い無いです」
シエルの呟きに大聖女にとってもアタシ等同期の奴等にとってもロイド先輩が特別な存在であり、そして誰もが変えの利く存在じゃない事が分かる。
ましてや大聖女にとっては悪ガキ共のまとめ役として違う意味で頼りにしていた弟子の一人……忸怩たる想いもまた違うのだろう。
そんな事を考えていると、病室に一人の騎士が現れて一礼して見せた。
あれ? この人って確か昨日ロイド先輩に注意していた……。
「失礼、リリーさんですよね? 私、ロイド隊員と同じ部隊に所属するクライブと申します。彼の、ロイド隊員について二三お話を伺いたいのですが……よろしいでしょうか?」
「事情聴取という事でしょうか? ロイド先輩に関しての」
「いや、そこまで畏まった事ではありません。と言うより昨日ロイド隊員と接触のあった人物は確認済みでして、冒険者ギルド所属魔導師リリー殿が犯行時刻に同郷の魔導武具職人と接触していたアリバイも確認済みです。どちらかと言えば犯人の動機を探る為の聴取となります」
堅苦しい言葉遣いに少しだけ警戒心が芽生えるが、その顔に感情は余り浮かんでおらず仕事を淡々とこなそうとしている騎士としての態度にしか見えない。
アタシの事を疑っているワケでは無い……なら別に問題はないな。
「分かりました、先輩を襲った犯人が見つかるなら喜んで答えましょう。って事だからギラルとカチーナ、悪いけどここで一端解散って事に……」
アタシはここで一人クライブさんについて行こうとしたのだが、意外な事に当のクライブ氏が待ったをかけた。
「いえ、出来ればですがリリーさんのパーティーメンバーにもご同行願いたいのです。貴方がた『スティール・ワースト』の活躍は聞き及んでおりますので、是非ともアドバイスをいただきたく……」
クライブ氏のその言葉にアタシ等『スティール・ワースト』の目が細くなる。
最近は人手不足や厄災を共に乗り越えた連帯感も手伝って軍と冒険者間の蟠りも少なく、協力を仰ぐ事も少なくは無いのだが、それでも王国軍での傷害事件に部外者のアドバイスを求めるのは違和感がある。
という事は……。
「それは俺達に冒険者として依頼したいという事で良いっすか?」
「はい、貴方がたに私個人が依頼したいと考えて頂いて宜しいです」
ギラルの含みを持たせた質問を完全に分かった上で彼は返して来た。
個人的な依頼である、すなわち公には動けない案件であると。
ギラルとカチーナに目配せをすると二人とも目だけで同意、アタシはそのままシエルに救護院の面会室を一室貸して欲しい事を伝えた。
シエルもシエルでそういう表ざたに出来ない事案を異端審問で回っていた時には何度も遭遇していただけに慣れたもので、すぐに察して一室を用意してくれる。
そして狭くも広くも無い無機質な部屋にテーブルとイスだけが準備された場所にアタシ等とクライブ氏の4人が入室、全員が着席して顔を突き合わせる。
「さて……ここなら声も漏れないし『気配察知』と『魔力感知』で不審な人物も魔力の反応も無い事は確認した。絶対にここでの話が漏れる事は無いだろう」
代表してギラルがそう言うとクライブ氏は小さく頷いた。
「ありがたい、正直今はどこから話が漏れるか分かりませんので。私がこれから話す内容はここだけの事にして欲しいのですが、よろしいでしょうか? それにこの話を聞いた事で貴方がたにも危険が及ぶ可能性もありますが……」
「そういう心配なら無用です。私たち『スティール・ワースト』はその手の仕事は慣れっ子だから……ね、ギラル?」
「……否定できんのがつらい」
神妙な顔で言っているのを軽く流す夫婦……トラブルに見舞われるのは何時もの事って言えてしまうのはどうなのか?
しかしクライブ氏はその言葉に覚悟を決めたようで、生真面目な顔で口を開く。
「ではまず、ロイド隊員が襲われたのは昨夜の事、現場は昨日リリー氏が訪問していた詰め所内……件の没落貴族による襲撃事件を調べていた時らしいのです」
「詰め所だって!? そんな王国軍の巣窟で!?」
「はい、現在我々が詰めていた場所は建物ごと現場保存として閉鎖中、団長が陣頭指揮をと取って調査している最中なのですが……現在私を始めあの詰め所に勤務する騎士は全て待機中となっております」
なるほど……だから彼は個人的にアタシ等にアドバイス、と言うか独自にナニか調べようとして行動を起こしていると……。
「……つまりロイド先輩は同僚に、同じ王国軍騎士に襲われた可能性が高いって事なのね」
「残念ながら、リリー氏の言う通り詰め所は王国軍の巣窟……おまけにロイド隊員は抜けているところはあれど大聖女の弟子の一人、生半可な事で背後を取られるとは思えません」
「随分と先輩を持ち上げるじゃない」
「……これでも先の厄災では肩を並べて戦った戦友ですので」
そう言う彼の瞳には静かな怒りが見て取れた。
生真面目な顔であるけどこうして個人で行動しようとする当たり、クライブ氏は結構熱血漢なのかもしれないな。
同時にロイド先輩の事も良く知っている……職場での仲も悪くないよう。
それほどの関係を築けているなら、クライブ氏も背後を取れる可能性がある気もするけど、この人はそう言うのでは無さそうだ。
まあ勘だけではあるけど。
「ふ~ん? 犯行現場に俺自身が直接入れるなら『気配察知』の潜航でもっと沢山情報を得られるとは思うけど、閉鎖中じゃさすがにどうしようもないな」
ギラルは時間をかけて五感を研ぎ澄ます事であらゆるモノの痕跡を見つける事が出来て、何だったら何十年単位の過去の事すらも脳内でシミュレーションする事も可能だけど、結局その場に行かれないと不可能だし、何よりも時間がかかるのだとか。
しかし現場に入れない事でクライブ氏は既に痕跡から辿る事を諦めていたようで、別の方向から斬りこむつもりだったらしい。
「犯人に痕跡から迫るのは団長たちに任せて置いて、私はどうにか犯人の動機から探れないモノかと画策しているのですよ」
「動機……ですか?」
「ロイド隊員が襲われた時、彼は没落貴族に武器提供をしている何者かを調べていました。単純に考えて何者かにとって都合の悪い事を見つけてしまったのでは無いかと……」
それは確かに分かりやすい犯行動機、連中に関わっている何者かに繋がる何かをロイド先輩が見つけてしまったというなら……。
「犯行現場に残されていた資料とかは無いの? 無くなっていたならそれが原因として特定しやすいんだけど?」
「実は……犯行現場は乱雑になっていて現在調査中で、血まみれになった資料を今は精査している最中でして。昨日彼と議論していたリリー氏なら何かご存じないかと」
「そうは言うけど……昨日は結局手掛かりなしとしか結論出なかったから。連中が場当たり的に『銃杖』を振り回しているようにしか見えないって話で終わったし」
アタシの言葉は期待外れだったようでクライブ氏は露骨に残念なため息を漏らした。
「実は……ロイド隊員が襲われる時刻までに最後に話したのは今の所に日勤終了前の私でした。“まだ帰らないのか?”と聞いたところ妙な事を言っておりまして……何でもしきりに帳簿を見比べて“数が合わない”と」
「……数? なんの?」
「私も気になって聞いてみたのですが、ロイド隊員は難しい顔で今までの犯人のリストいと押収品の帳簿を見比べては“まだ憶測の段階だからハッキリしたら教える”と。事実ではない憶測で現場を混乱させない為の配慮だったのでしょうが、こうなるなら無理やりにでも聞き出せば良かったです」
「押収品の帳簿……数が合わない……端的に考えれば押収した金目のモノが無くなっている、同僚のナニガシがそう言った押収品を横領していた事実に気が付いて、先輩が気が付いた事に動揺したナニガシが衝動的に……何て事が考え付くけど」
「私も同じような事を考えたのですが……」
アタシの率直な感想にクライブ氏も同じことを考えていたようで真っ先に押収した品をチェックしたらしいのだが、その数に変動はなく途方に暮れているのだとか。
ただ、何故かこの時私は幼馴染の魔導武具職人が愚痴っていた言葉を思い出した。
「浮気に敏感……か」
結局今日の所は目ぼしい結果は得られなかったようだが、クライブ氏は腐る様子も無く毅然とした態度のまま救護院を後にした。
一応アタシ等にも追加で何か分かったら知らせるように言い残して。
そして、彼の姿が面会室から遠ざかるのを確認してからギラルが口を開いた。
「で……何に気が付いた? ポイズンデッド」
「アンタの予想通り……これは『ワースト・デッド』の案件でしょうね。数が合わないって事案はロイド先輩だから気が付いちゃった事だろうし」
裏の名でアタシを呼ぶ当たりギラルも既に表ざたに出来る案件ではない事を予想しているようだ。
ヤレヤレ……狙撃杖が直った途端に夜の仕事ですか。
決断した瞬間に『スティール・ワースト』は既に『ワースト・デッド』としての覚悟を決め、言葉少なく計画を詰めて行く。
「ターゲットは? 詰め所は閉鎖されて厳重に警備されているのだろう?」
「犯人がロイドさんが発見した何か、それこそ書類関係があるなら処分していてもおかしくない。俺が現場で『気配察知』の潜航を使えないならあまり意味はない。狙うなら押収品を保管している場所…………王国軍王都本部だな」
「アリャリャ……そんな場所じゃ他の目立つヤツ等を連れて行くのは論外だね。ペネトレイトには後で文句言われそうだ、仲間外れだってね」
今回必要なのは戦闘力ではない、あくまでも潜入、隠密、逃走に長けた技術。
妙なもんだけどそこに関しては『スティール・ワースト』初期メンバーであるハーフ、グール、ポイズンの十八番。
ラルフが、ロイド先輩が認めてくれたアタシを含めた足掻き続けた凡人たちである事に不思議な気分になっていた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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