昼下がりの同窓会
翌朝、アタシは現在の王都城下町で王国軍の詰め所になっている建物に向かっていた。
というのも昨夜アタシたちがファークス邸で捕らえた貴族崩れの強盗共を引き渡したのがココってこともあり、何かの情報でも吐いたかどうがダメ元で確認しようと思ったまでで……。
昨夜のギラルの尾行事態は成功したが、判明したのはかち合った調査兵団ですらも現在は大本にたどりつけていないというガッカリする結果のみ。
まさか相手が強大であるとかでなく弱すぎて追跡が途絶えているとか、何だそりゃって言いたくなるが……それはギラルや調査兵団の連中が一番言いたい事だろうね。
王国でも最強格のホロウ団長でも頭を抱えそうだ。
「トカゲの尻尾切りどころじゃない、蟻の大群を放って一匹でも噛み付けば成功、後は踏みつぶされても問題ないむしろ始末してくれって感じが気分悪い。それでも最低限致死量の毒を持った蟻だけに潰さないワケにも行かないし……」
「何だか面倒な事態になってるのね。スティール・ワーストの久々のお仕事なのに」
「金払いは成功報酬以外に日払いもあるから不満は無いけどね。前と違ってご実家は金払いが良くて助かっているよ」
そうやって軽口を叩きながら一緒に詰め所に向かっているのは親友にして元同僚、今や人妻聖女になったシエルである。
彼女も教会からの依頼で詰め所に用事があるらしく、どちらかと言えばアタシが便乗する形になっているのだが、まあそこは置いておいて……。
「そう言えば教会の関係者なんかも襲撃の対象に挙がっているんじゃないの? ギルドの依頼には無かったけど、あの厄災で率先して逃げた高位神官共は多かったと思うが?」
アタシがそう指摘するとシエルは露骨に嫌な顔を浮かべてため息を吐いた。
そう、守るべき者を守らず我先に逃げ出したのは貴族だけじゃない、日常から精霊神の信仰の名の下信者たちからお布施を頂く立場にある聖職者も同様だった。
こっちもこっちで人々を守る為に残り共に戦った連中は名を上げて、逃げた連中の復帰が敵わず姿を眩ませているのは同じ。
そして帰結する結果すら同じ事が予想される。
「お察しの通り、今回の厄災で逃げおおせた高位神官とかの空いた役職に就いた連中の住居やら神殿やらに不定期で襲撃が起こっているのよ。まあこっちには筋肉を持て余した連中が率先して護衛に付いているから貴族たち程武力に困っていないですけどね」
「……あの脳筋ババアや脳筋ハゲ親父共が戦う機会を譲るとは思ってないけど、昨夜の連中の強さじゃ逆に物足りないんじゃないの?」
「それもお察しの通り。戦闘どころか大聖女の一喝のみで襲撃者は全員失神、一合も交える事無く終わった事にご立腹だったわ」
「そりゃ酷い」
「今は捕らえられた元役職持ちの連中が『頭で考えるから余計な嫉妬で犯罪を犯す! 筋肉で考えれるようになるまで鍛え直してやる!』って格闘僧の集中強化合宿に放り込まれているよ。多分貴方たちが捕らえた元貴族の輩も同じ道を辿るでしょうね」
「ああ……納得の処置だ」
格闘僧たちの集中強化合宿、別名『脳筋洗脳教練《マッスルマインドコントロール』なんて言われ恐れられている。
ここに入ったが最後、返って来れた者は全て筋肉のみで語らう事を是とする人畜無害だがどこか超越してしまった精神性を身に付けてしまうという恐怖の合宿。
……教官が大聖女とロンメル師範であると言えばお察しだろう。
「愛しの旦那様の方はどうなん? 教会がそんな状態じゃ聖騎士団も忙しいんじゃないの? 特に夜の方が襲撃はありそうだし」
少し話を変えようと思って突っついてみると、シエルは露骨に顔を赤らめてみせる。
どうやら今の所新婚夫婦の中は良好のようだ。
「……しばらくは皆さんに気を遣っていただいて夜勤が無かったのですが、最近徐々に再開し始めて……やはり忙しいようです。現在は王国軍との連携が主のようですが、ギラルさんの情報通り、こちらも大本の組織には至ってないので」
「むう、折角の新婚さんの夫婦生活を邪魔しやがるとは……弱い上に無粋とか、嫌になる」
「そこは激しく同感です。疲労や負傷は私が癒す事も出来ますが、やはり休養は充分に取らないと精神の安定に繋がりませんから」
お? こんなところで旦那の体を気遣う嫁の愛を見せてくるとは……やはりこの娘も色々と日々成長しているんだよな。
同じところで足踏みしているあっちの幼馴染に少しは見習って貰いたいものだが……。
「しっかし……空いたポストに就いた連中はさておき、アタシとしては厄災の時に真っ先に金持ってトンズラ決め込むと思っていた教会長が王都に残って地位を確保している事が驚きだったけどね」
何年も何十年もエレメンタル教会の汚職の元凶、数多くの暴食、淫行を重ねては問題起こし続けては金の力でもみ消す典型的な破戒僧の象徴で、あの豪放磊落な脳筋ババアが唯一本気で死ねばいいとすら思っている肥満体が、あの騒ぎの中この地に踏みとどまっていたって言うのだから。
「民を守る為~なんて殊勝な理屈で残ったとは当然思えないんだよね~。金と女以外に興味も無いようなハゲデブエロジジイがさ」
アタシが素直な感想を言えば、シエルはクスリと笑って見せる。
「当然金と女にしか興味が無いからこそ、よ」
「……ん?」
「あそこで逃げ出せば今までの地位も金も全て失う。でもここで踏みとどまって生き残ることが出来れば地位も失う事は無く英雄の一人として飲み屋で人気者になれるって、同類の不良神官共と盛り上がってたらしいよ。腐っても魔導僧の一員ではあったし」
「ああ、成程……」
金欲と肉欲を得る為にって事か……それなら納得だ。
どんな理由であったとしてもあの日王都に留まって逃げ惑う人々を守った事実は変わらないのだから、そのくらいの欲望は大目に見るべきでしょうね。
今後逸脱しなければ良いけど……。
「そう言う損得勘定だけは見上げたもんだわ。欲望への打算が死への恐怖を上回るんだから、堕落もそこまで極めると一つの力になる」
「大聖女様も悔しがってましたね。“ここでヤツが逃亡してれば実質教会の権力者の座を追い落とせると思ったのに!”と」
「あの脳筋ババアと長年渡り合っている妖怪だもの。その程度ではビクともしないか」
あの厄災の時に善意だけで戦った者たちばかりでは無いのは分かっている。
実際万人に知られていなくても先頭になっていたギラル自身が善意で動いていたワケじゃ無い事を明言しているから。
結局みんな自分の為に戦った事に変わりはない。
大事な人を守りたい、ここで逃げたら矜持が廃る、英雄になりたい、金が欲しい、地位が惜しい……そして事を起こした犯人が気に入らない。
私欲で戦っていたと言うのはアタシだって同様なんだから、その辺にケチを付ける気にはなれない。
今この王都でそこにケチを付けたい連中の一部は……ここにいるって事になるか。
アタシは到着した王国軍の詰め所の建物を見上げてそう思った。
「あ、ロイド先輩じゃないリリー、歩哨に立っているのは」
「あ、本当だ」
丁度詰め所の扉の前で槍を片手に歩哨に立つ二人の片割れが、つい最近にも顔を合わせた顔見知りである事にシエルが真っ先に気が付いた。
「お仕事お疲れ様ですロイド先輩!」
「お久しぶり……ってか昨日ぶり?」
「んお!? おお、シエルにリリー……じゃないか」
ちょっとぼんやりしていたのか、アタシたちが声を掛けた途端に先輩は肩を跳ね上げ、同僚に苦笑されていた。
何というか……この人もこういうところは変わらないんだよな~。
「気を抜きすぎじゃない? そんな体たらくじゃ上官に叱られるでしょうに」
「あ、いや……今のはたまたまと言うか、普段はちゃんとしているんだぞ?」
慌てて取り繕うとする彼の隣でジト目で「嘘つけ」という視線を送る同僚の姿を見るに、その言葉に説得力は無さそうだが。
だけど相変わらず兵士にしては厳つさの無い人の良さそうな表情を向けて来る。
「そうそう、結婚おめでとうシエル! 水臭いじゃないか、俺達孤児院の出でお前の結婚を祝いたくない者何て“ごく一部”しかいないってのに知らない内に全部済ませやがって」
「あ、あはは……結婚自体が勢いでしたので……」
「……と、こんな口きくのはさすがに無礼かな? 今やエレメンタル教会の光の聖女様なんだからな」
「逆に開口一番畏まって聖女様何て悲しい事を言われたら、そのまま拳で語らう事になっていましたよ? 先輩」
「お、おう……そういうところは変わらないのな。お前もリリーも」
笑顔の中に宿る妙な圧力にロイド先輩も偶然にも自分が正解を引いていた事に安堵しているようだった。
そう言えばアタシもシエルも孤児院時代には色々とやらかしていたけど、先輩には随分とお世話に……いやご迷惑をお掛けした想いでがチラホラと。
温厚だが責任感の強い彼は当時の孤児院ではまとめ役だったから……。
脳筋聖女と悪友を含む悪ガキ共のまとめ役……う~む、多分アタシが想像するより遥かに大変だったと今なら分かる。
「そう言えばシエルがココに来るのは前もって聞いていたが、リリーはどうして来たんだ? 俺としてはシエルと一緒にお前さんがいるのは違和感ないけどな」
「あ~……その節は多大なご迷惑をお掛けしました」
アタシ等が揃っているという事に対して先輩に他意は無いだろうが、とりあえず一言謝っておこう。
「アタシはシエルのオマケ。昨夜とっ捕まえて引き渡した貴族崩れの強盗連中から何か情報でも引き出せたのかな~ってダメ元で付いて来てみたんだけど」
「あ~、そう言えば昨夜はファークス公爵邸で捕り物があったらしいな。リリーが関わっていたのは初耳だけど……幾らお前でも部外者に軍の情報を軽々しく伝えるのもな~。曲がりなりにも俺も王国軍なワケで……」
そう言うとロイド先輩は申し訳なさそうに頭を掻いた。
う~む、やっぱダメか……元々期待していたワケでは無いし、軍でもまだまだ下っ端である彼にそんな無理をさせるつもりは最初から無かったからアタシとしては特に思うところは無いんだけどね。
そんな風に思っていると、不意に詰め所の奥から一人の体格も服装も立派な男性が現れて先輩の肩に手を置いた。
「まあ良いのでは無いか? 折角聖女様と昨夜の功労者がワザワザ来てくれたのだから、その程度の情報を渡すくらいは良かろう。ハッキリ言えば大した収穫も無かったから秘匿する事でもないしな」
「!? こ、これはギャリック団長! いらしてたのですか!!」
明らかに上官の軍服を纏ったガタイのいい顎髭の初老の男性に気が付いたロイド先輩と同僚は一瞬にしてどこから見ても軍人として相応しい直立不動の敬礼をする。
この人が……。
シエルはそんな男性に対して聖女としての清楚だが揺るぎない表情、いわゆるお仕事モードに切り替えて礼をする。
「王国軍第25師団団長にこの度ご昇進なさったギャリック様でいらっしゃいますか。エレメンタル教会より参上いたしました光の聖女エリシエルでございます」
「冒険者パーティー『スティール・ワースト』所属の魔導士リリーと申します。団長殿のお噂はかねがね……」
彼も厄災の影響で王国軍内で異例の出世を果たした有名人である。
特に出身が男爵家なだけあって平民の中でも自分たちに近しい者で、自分たちの為に戦った仲間でしかも出世頭となれば……ロイド先輩のような若い兵士たちからの羨望の眼差しも当然となってくる。
しかし当の本人は偉ぶる様子も無く気さくに笑いかけて来た。
「いやいや、知っての通り私など時の都合で成り上がっただけに過ぎん。こうして頼れる部下や君たちのような民間の冒険者たちの活躍で何とか治安を維持出来ている辺り……十分とは言えないのだから」
と、何とも殊勝な事を言い出す団長殿。
元々の団長連中には中、もしくは高位の貴族家連中がひしめいていただけに、こうした態度を見せてくれる上司ってのは随分貴重な存在だろう。
どうやら元々聖女のお出迎えに現れたようで、彼はシエルを詰め所に案内すると同時にアタシの事も招き入れてくれる。
「う~ん、平民のアタシに対しても紳士ね」
「ふふん、当然だろう? ギャリック団長は俺達にとって今や『ワースト・デッド』に次ぐヒーローと言っても過言じゃ無いかなら~」
自分では無く自慢の上司に鼻を高くする先輩の姿にアタシは苦笑してしまった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をおかけしますが、面白いと思っていただけたら感想評価何卒宜しくお願い致します。
イイネの方も是非!




