閑話 家に帰る神様
「ちょ!? さすがにくっつきすぎだって! なんかもうさっきから知り合いに見られるたびにニヤニヤされて……ハズイ」
「だーめ! 何か捕まえとかないといなくなっちゃう気がして怖いんだもん。折角付き合い始めたんだからこの程度のスキンシップはアリでしょ? それとも嫌なの?」
「え……いやそれは……参ったな……」
付き合いたて全開なのは見ていて分かるが完全に女子優勢の学生カップルが通り過ぎていく。
付き合い始めたというのに捕まえておかないと不安とか、独占欲強めな重たそうな彼女だけど、何のかんの言っておきながら男の方だって嬉しそうにしているし……幼馴染か?
「今日っておばさんたち旅行でいないよね? お部屋行っても良い?」
「……………………………喜んで」
うん、爆発した方が良いと思う。
30超えて独り身の俺としては目に毒なバカップルを尻目に、俺はとある居酒屋へと向かっていた。
そこで行われるのは、いわゆるクランクアップの打ち上げ、業界用語でいうところの“失業パーティー”ってヤツだ。
直近でバイトに明け暮れる俺としては心臓に良くない通り名であるが、要するに一つの作品が終わった事に対する関係者を集めたお疲れ様会だ。
『異界精霊戦記・another history』前作の第二期として放送された作品は賛否両論を巻き起こした。
特に主人公ギラルとヒロインのカチーナは前作ではまさに蛇蝎の如く嫌われていたキャラだっただけに視聴者の最初の反応は“奇をてらい過ぎ”“あの外道がヒロインとか、見る気を無くした”など散々たるものだった。
しかし回を重ねるごとにギラルやカチーナが悪堕ちしなかった事で、あらゆる人々の不幸を回避するストーリーに共感し爽快感を覚えてくれる人々、ファンが付き始めるのを目の当たりにした時は、今まで感じた事も無いような高揚感を覚えたものだった。
そんな苦楽を共にした人たち、監督やアニメーター、そして出演声優の方々などが一堂に揃うのが今回で最後と思うと、俺なんて全体のほんの一つまみ程度の関りしか無いだろうに何とも寂しい気持ちにもなる。
「よ、神様! お疲れさん」
「その声で神様って言わないで下さいよ……何か複雑です」
「ははは! そんなに“あの少年”と俺の声が似てるのか?」
そう言って俺の肩を叩いてくれたのはオタクとは言えそこまで声優に詳しくない俺でも知っているくらいの、年を重ねて尚少年の声で有名な大御所声優さん。
その年で少年の声が自在に扱えて、しかも今作の声優陣の中でも最年長、顔ぶれではロンメルの声優よりも年上である事に度肝を抜かれたものだ。
この声を初めて生で聞いた瞬間、あの少年の声がフラッシュバックした俺は思わず“この声だ”と呟いてしまい、XXさんには「お前、良い度胸してるな」と言われてしまったものだ。
それが切欠になったのか分からないが、ギラルの声優を務める事になった彼に俺は何故か気に入られたようで、会うたびにこうして気にかけてくれる。
「いや~終わったな~。俺にとっては何時もの事だけど、お前にとっちゃ初めての事だろ?一つの作品が終わった瞬間ってのは。何だか寂しいモノがあるだろ」
「……そうですね。私にとっては確かに初めての事です。こうした作品に最後まで携わった事はもちろんなのですが、何かをやり切れた事が初めてな気がします」
「あ~、そっか。お前も色々あったワケだしな……」
何度か話している内に、今回の作品に登場する『神様』の元ネタが完全に自分である事を知った時、彼は俺に直接その事を聞いて、そして相談に乗ってくれたのだ。
怒るでも軽蔑するでもなく、ただ静かに俺の今までの最低な親不孝人生について。
そして彼も彼で声優と言う安定しない職業に就いた事で親には散々迷惑も心配もかけて来た事を話してくれ……未だに迷いのある俺にアドバイスもくれた。
とにかく存命であるなら、頑張って自分自身が幸せになるしかない。この頑張りや幸せを喜ばない親はいないだろうと……。
「中途半端で何でも投げ出していた俺が、ほんの少しでも関われた作品に最後まで走り切る事が出来たのですから、少しは自分に自信が持てたような気がしますよ」
「そっか……そう言って貰えりゃ俺たちも役を演じた甲斐があるってもんだ。雑魚敵でも主役張ってやったぜ神様ってな!」
彼の言葉は本当にあの日、腐りきっていた俺の前に現れた少年が言ってくれているような気がした。
まさに雑魚でしか無かったハズの俺も主人公になれるかもしれない。
俺の人生はこれからも続くし、当然だが順風満帆に行くワケがない。
その時に俺は絶対に腐る事もくじける事もあるハズ……前科があるのだからこれは絶対に起こる事態だろう。
でも、それでも一人の少年をなけなしのプライドで助ける事が出来た、助けさせて貰ったあの日の行動が少しでも自分の運命を変えたのだと思えば……立ち上がる時間は少なくて済むハズだ。
『テメーでやれ……』
主人公ギラルに言わせたこの言葉は自分自身の胸に刻み込んでおくべき教訓。
異世界の事は異世界で。
自分の人生だというなら自分自身で……。
助けるのも立ち上がるのも、誰かの手を借りたとしても結局自分でやるしかない……。
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「……ちょっと遅くなったか」
作家業などを少し齧っただけのような俺がその道一本で食っていけるほど甘くは無い。
明日も朝からしっかりバイトである俺は、二次会に誘われはしたものの一次会で辞退させてもらった。
暗い帰り道を歩きながら思い出すのは突然家に現れた小汚い少年の姿。
俺よりも確実に苦労して不幸であるハズなのに“仕事をくれ”と言っていた、俺に羞恥心とプライドを思い出させてくれた……名も知らない少年。
未だにあの少年とは再び会う事は無く、そして何故だかもう二度と会う事は無いような気がするのだ。
それでも……俺は自分の人生を振り返った時、あの少年いだけは格好悪い姿を見せたくないというプライドだけは捨てずに生きていくつもりだ。
そんな事を思いながら家に着いた俺は、家の電気が付いている事に気が付いた。
消し忘れたのだろうか? そう思って玄関を開けた俺は……そこに揃っている二足の靴を見て、息が止まった。
どちらも年長者が履くような落ち着いたデザインで、男性物と女性物の靴。
以前は家から出る事がほとんど無くなり、目にする機会も全く無かったというのに、その靴が誰の物か一瞬で理解し、視界が歪む。
散々迷惑をかけて親不孝を繰り返し、もう二度と会えない……会う資格が無い……そう後悔と懺悔の想いを抱き続けた人たちが今、家にいるのだと思うと涙が溢れて来る。
親を亡くし帰る場所を無くした主人公がその言葉を言う為に帰る場所を見つけたように……俺は万感の思いでその言葉を口にする。
「ただいま…………」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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イイネの方も是非!