ギラル包囲網
ギルドに向かってしばらく走る俺達だが、大通りに入った辺りで雰囲気が一気に変わり歩き始める。
いつもよりも賑わいが増して店先には飾り付けがされて屋台が多く出展され始めている。
中には既に浮かれた子供が走り回り親御さんが四苦八苦していた李、方々から王都に訪れたであろう旅芸人やら楽団やらが音楽を奏でたりと祭りに相応しい喧騒で賑わいを見せている。
「そういや祭りも今日からなんだっけ? 結構急な企画だったろうに、もうこんなに準備が終わっているのな」
「腐っても王都ですからね。元々祭りなどイベントのノウハウもあれば旅芸人や商人たちを呼び込む事も可能。連中は稼ぎ時の情報は見逃しませんから」
「ちがいない」
そう祭りだ……今日から数日間は王都の解放記念も兼ねて国を挙げてお祭りをやる事になっている。
復興中の忙しい中で何を呑気なという輩もいるにはいるが、逆に大変な時だからこそうっぷんを晴らす為にもって事で……。
ちなみに資金はとある行方不明になった家名しか知られていない某公爵の個人資産的な金である。
彼の公爵は長年相当な金をため込んでいて先日の事件の際に全て国外に持ち出そうとしていたようだが紆余曲折あって公爵は行方不明になり、彼の資産は道端に大量にブチまかれていたのだった。
どう考えてもまともな金ではない汚職の金を、幾らかは民衆が拾い集めたりしていたのだが、大半は犯罪の温床になりかねないと早々に王国側が回収していたのだ。
しかしだからと言ってこの金をそのまま国が懐に入れるのは国民感情的にもあまりよろしくない……何しろ一度は民衆の目に触れた大金なのだから。
新生ザッカール王国上層部としてはそんな金は正直欲しくないし、何よりも処理が面倒くさい。
って事で利害の一致もあり“どうせなら目に見える形で国民の為にパ~っと使っちまおう”となった結果がこの祭りなのだ。
まあ、あの名ばかり公爵の汚金もこうして使われれば禊にはなるんじゃね?
「オ~ッスおはようさん、ご両人」
「おはようございますギラルさん、カチーナさん」
そんな俄かに活気づく町中から声をかけて来たのは最早馴染みの顔、同じパーティー仲間にして共犯者リリーさんとシエルさんの二人。
リリーさんは先日聖魔女との戦いで破損した狙撃杖をしっかり背中に背負っているのだが、なんだかいつも以上に彼女のガタイとはミスマッチと言うか何というか……。
「おはよう……は良いけど、なんだか自慢の狙撃杖、前よりも大きくなってない?」
率直に俺がそう言うと、彼女はあからさまに渋い顔になった。
「あ~、やっぱ分かるよね。前のヤツは相当カスタマイズしてたから部品が今んとこ無くてさ~、間に合わせでやった結果こんな感じになるしか無くて」
「ふ~む、さすがは光の聖女エリシエル……リリーさんの主武器をここまで破損させてしまうなんて……」
「その言い方は止めて下さい。あくまで壊したのは『予言書』の私であって、この私では無いのですから!」
そんな軽口を交えつつ俺たちは揃って歩き始める。
不思議なモノだが訪れる事の無くなった『予言書』の未来の事を当事者であった俺たちはしっかりと覚えている。
それは上書きされた歴史だからなのか、それとも俺達には覚えておかなくてはいけない理由があるのか……それは分からないが。
最終的には分かり合う事なく消えて行った強姦未遂犯の自分を含めて、その道を踏み外した結果があり得る事なのだというのは忘れてはいけないとは思う。
「それはそうとカチーナ、アタシもそろそろババアの隠れ家に戻っても良いかね? いくら古巣とは言えズーっと孤児院に間借りするのは気が引けるからさ~」
「……そんな気を使わずとも、戻って来れば良いではないですか。元よりあの家は貴女の方が身内の家と言えるのですし」
唐突なリリーさんの言葉にカチーナはキョトンとした顔になった。
まあ確かに俺たちに気を使ったって話だけど、戻ってくるのは彼女の匙加減なのだから別に了解を取らずとも……。
しかしリリーさんは含みのある笑みを浮かべる。
「だ~ってさ~、付き合いたて一週間でしょ? シエルの事を例にすればその辺が一番盛り上がっているみたいでさ~。相当声が漏れてたみたいで隣室のシスターたちが参ってたって話だから。一人もんのアタシとしては同じ屋根の下に帰っても良いもんかと……」
そんな事を言い始めるリリーさんだが、それはさすがに彼氏としては聞き捨てならない。
カチーナの愛らしさは別のベクトルを向いているのだから。
「バカ言っちゃいけないよリリーさん! カチーナはあの時になると普段のガサツ具合がどこに行ったのかって~くらいに恥ずかしがるんだぞ? 出そうになる声を必死に我慢して、堪える為に俺の体を痕が付くくらいに抱きしめて……その意地らしい表情が何とも言えないんだぞ!」
「な、なにい!? そ、そんな需要が!?」
「そして、それを経て漏れてしまった声に恥じらう姿がまた……ぶべ!?」
「ほほう、それでそれ……ぶぎゅ!?」
彼女自慢が加速しかけた俺の脳天、ついでにリリーさんの脳天に振り下ろされた拳骨により強制的に口を封じられる。
「ギラル君、あまり妙な情報開示をしないでくれます? こんな往来で……」
「リリー、ついでに私のデマを流すのも止めてよね……」
「「あ、はい……失礼しました」」
怒りと羞恥で顔が真っ赤の、可愛らしくも恐ろしい二人に俺たちは謝るしか無かった。
うむ、口は災いの元とはよく言ったものである。
「そう言えばシエルさん、今日からの祭りは精霊神教の全面協力なんだろ? 光の聖女様がこんなとこにいて良いのか? 旦那共々忙しいんじゃないの?」
話をすり替えるつもりでそんな事を言ってみると、彼女は“まったくもう”とため息を吐いて表情を戻した。
「ええまあ、その通りですけど、エレメンタル教会は目玉になるイベントの為に動いている最中ですので、私も下準備に駆り出されるところなので言う程暇ではないです」
「イベント? 何の?」
「まあ、それは見てのお楽しみと言う事で」
そんな話をしつつ、俺達スティール・ワーストは冒険者ギルドへとたどり着いた。
何故かこの場にシエルさんも付いて来てる……ギルドに用事でもあるのか? と聞いては見たのだが、彼女はニコニコ笑うのみで特に答えない。
それも祭りのイベントに関わる事なのだろうか?
「……ん?」
そんな事を考えつつ俺はギルドに足を踏み入れたのだが、この瞬間妙な気配を感じた。
殺気? いや攻撃的な気はするが攻撃性は無いような……どちらかと言えば好奇心?
後から思えばこの妙な気配を感じた瞬間に、俺は踵を返して逃げるべきだったのだろう。
しかしそんな考えに至るより前に、俺はリリーさんに掲示板前へ押し出されていた。
「さあ~て、本日の依頼は何があるかね? ギラル君、バトルよりのAクラスを狙っても良いかな? 昇格の為にも実績を作っときたいんだ」
「……構わねえけど、あんまり高価な弾丸消費しないくらいにしてくれよ? 今んとこパーティーの赤字は継続中何だからよ」
「世知辛いね~」
この前の事件でいつも通りと言えばいつも通りに全ての道具やら弾丸やら、リリーさんに至っては武器すら破損する大赤字となってしまった俺たちにとって、その辺は死活問題だからな~。
いくら巨大な敵を倒す補佐をしたとはいえ、別に英雄でも何でもない俺たちに今回報酬何てモンは何一つないからな~。
不景気な事ばかり考えて少しでもローコストな依頼は無いか俺も掲示板を見ようと思った辺りで、カウンターの向こうから聞きなれた声が聞こえる。
「あ、いらっしゃい! 我が自慢の愛弟子にして愛しの息子ギラル君!!」
「や……やめろよ母ちゃん、恥ずかしいだろ……」
……な、なんだこのミリアさんのテンションは?
いつも通りの母性溢れる笑顔に綺麗な顔立ちなのに……なんだか醸し出される圧が何時もの比では無いというか……。
そんな俺の警戒とは裏腹にオカンはチョイチョイと手招きする。
「な……なんでしょうか?」
「スティール・ワースト、と言うよりもギラル君個人に対して指名依頼が来ております。冒険者ギルドを通した依頼なので既に開封済みですのでご了承下さい」
……って事はギルド側で精査した結果、俺に渡して問題ないと判断されたって事だな。
俺はそんな風に軽く思ってオカンの差し出した一通の封筒を手にして、ギョッとした。
「は……はあ!? ザッカール王家と精霊神教のサイン!? しかも精霊神教総本山オリジン大神殿の!? 何でそんな大物が俺に!?」
狼狽しまくる俺に対してオカンは一切のスマイルを崩す事無く平然としている。
本来ならこんな大物の連盟など、一般人だったら卒倒ものだというのに……。
な……なんだ? 頭が追い付いてこないが妙な汗が止まらなくなる。
何か途轍もない事が起ころうとしているような……。
俺は人生においてこれ以上ない程の緊張感を持って依頼書を読み始める。
「え~っと……ザッカール王国冒険者ギルド所属、パーティー名『スティール・ワースト』リーダーギラル殿、そして副リーダーカチーナ殿、今回ザッカール王国並びに精霊神教総本山より連名で依頼させていただく旨、何卒了承いただきたく……」
どうやらあの連盟のサインは誤字でも悪戯でも無いらしい。
了承って言うかこんな二大組織に要請されたらほとんど強制じゃねーか!?
「先日異界の邪神が復活した際には、この度精霊神教の『聖夫婦』として認定された光の聖女エリシエルと聖騎士ノートルムの友人としてご活躍いただき、誠に感謝しております。
遅ればせならがら今回はお礼も兼ねまして、冒険者たる貴殿に依頼と言う形で打診させていただきました。
こちらとしては僥倖な事ですが、先日の事件前にお二人が行った『婚約の儀』がオリジン大神殿で正式に『六大精霊の祝福』と認定されました。
故に精霊神教の祝福、そして今回被害に遭われたザッカール王国の復興の象徴としまして、本日より執り行われる国を挙げての大祭を『六大精霊祝福の日』と称し第一回目である今回をお二人の結婚式として……ギラル殿、カチーナ殿へは新郎新婦として参加するよう依頼させて……………………」
あ……汗が尋常じゃなく全身から噴き出して来る。
足が、手が、震える……脳が理解を拒んでいる…………。
国を上げての祭りが精霊神教と王国が全面バックアップした大結婚式……だと!?
何だこの依頼!? いや嘘だろ!? 俺とカチーナは一週間前に付き合い始めたばかりだって言うのに、何だこの問答無用な用意周到さは!?
確かにオリジン大神殿に行った時に『婚約の儀』は潜入の為にやったけど、まさかその時から計画自体はされていたとでも言うのか!?
「は!?」
しかしこの瞬間、俺はようやくギルドの全員が俺の事を注目しているのに気が付いた。
オカンは勿論だが同僚のヴァネッサさんも、掲示板を見ていたハズのリリーさんも何故かここまで付いて来ていたシエルさんも、その他ギルド内にいた冒険者たちですら……。
ま……まさか……。
俺は嫌な予感と共に『気配察知』を最大まで展開して……顔面が引きつる。
ギルドから半径300メートル以内が囲まれている……しかもこの強者特有の気配は……。
「え~っと、母ちゃん? まさかコレって……俺以外のみんなは既に知っていて……」
恐る恐る振り返ると、ミリアさんは満面の笑顔で真相を語り出す。
「うふふふ! まさかこんなにも早く息子の晴れ姿を拝める事になるなんてお母さん嬉しい! しかも国を上げての結婚式の主役に抜擢されるだなんて鼻が高い……あ!? こら待ちなさいギラル君!!」
俺はオカンが言いきらない内に踵を返してギルドから脱出、そのままロケットフックを射出して隣接した建物の屋根へとジャンプする。
こりゃマズイ!? 最早この祭り隠していた結婚式は国家レベルで計画されていて、全ての逃げ道が塞がれている!?
たった一人、俺をこの場所に追い込む為に!?
ボッ!! 「う、うわ!?」
僅から風切り音にほぼ反射的に避けた場所を高速の風の弾丸が通り過ぎる。
速攻で動いたつもりだったがすぐに追いかけて来たリリーさんの銃口がこっちを向いている!?
「こら逃げるなギラル! 手を出したからには責任を取るのが男だろ!?」
「うひ!?」
その間にも連射され続ける魔弾を辛うじてかわすが、これはマズイ!?
遠距離で姿をさらしていたらリリーさんにとってはただの的でしかない!!
俺は強引にロケットフックを引っ張って着地点をずらして屋根上に着地を果たす。
幾ら狙撃の名手で『魔力感知』の上級者のリリーさんとは言え、民家ごと破壊するような無茶はしないだろう。
……と思っていたが、それは半分当たりで半分外れ、既に屋根に待ち構える脳筋連中がいたのだから。
「おやおや、まさか新郎が逃げるって事は無いだろうねぇ。アンタはそう言う責任逃れするタイプじゃないと思っていたが?」
「フハハハ! 幾らギラル殿が豪胆でもこういう場面で尻込みしてしまうのは無理からぬ事であろう。我らがエスコート仕ろうではないか!!」
実に楽しそうにメイスを構える大聖女ジャンダルムに拳を握る格闘僧ロンメル……脳筋代表の二人が立ち塞がるとかどんな冗談だ!?
「俺達まだ付き合いたての一週間だぞ!? 結婚とかまだ想像もしてなかったのにこんないきなり言われても……」
「ふん、何を言ってるのか。シエルもそうだけどお前らのペースじゃ早いとこ一緒になっていた方が良いだろ。出来てからじゃ色々面倒だからさ!!」
「そうであるぞ! 若いというのは素晴らしいが、寝不足になるほどは少々頑張り過ぎであろう」
「な!? なんでそんな事を知って……うお!?」
非常に個人的な情報を口に嬉々として振るわれるメイスや拳を飛び退いて避けた俺は、そのまま連中に背を向けて走り始める。
幾ら脳筋共でも単純な足の速さであるなら俺の方が上だろう……そういう打算もあるのだが、その考えは少々甘かったらしい。
「こっちのルートなら逃げきれると判断しましたか? ギラル先輩」
「は?」
その声は何の気配も無く突然聞こえた。
まるで何も無いところに唐突に現れた……瞬間移動でしたかのように。
ガキリ……俺は反射的に鎖鎌で振るわれたトンファーを受け止めていた。
「イリス!? お前さんまだ自分を瞬間移動させる事は出来ないんじゃ……」
「日々成長。男子のみならず女子だって三日会わざれば……です、クロック・フェザー!」
そう唱えたイリスは全身が掻き消えて、次の瞬間には俺の頭上に現れてトンファーを振り下ろしていた。
「ぐわ!?」
そう言うカッコいいセリフを使うのは間違いなく今じゃないだろ!? と突っ込みを入れる間もなく、俺は屋根下に向けて吹っ飛ばされた。
しかし何とか着地をする事が出来た俺は何とかこの包囲網を抜ける為に再び走り始める。
だがそんな俺の前に現れたのは揃いの白銀のフルプレートの集団であり……。
「兄貴……まさかアンタもそっち側か?」
「そっち側とは聞き捨てならん。俺は最初から最後まで光の聖女の良いナリだぞ」
「うん、それは知ってた」
この男、元聖騎士第五部隊隊長こと現エレメンタル教会聖騎士団団長ノートルムが進行するのは精霊神でも何でもない……完全に嫁さんの信者だからな。
「全員加減はいらん! どうせ当たりはしないだろうが、万が一の時は我が愛妻が治療してくれるから遠慮はいらん!!」
「「「「「了解!!」」」」」」
号令と共に抜剣した聖騎士たちに乱れは一切なく、統率された動きにこのまま連中を抜けるのは不可能であると判断せざるを得ない。
道を行くのは不可能、屋根上にも既に刺客が……ならば!!
俺は外では無く内、不法侵入の形になるのは不本意ではあるが非常事態だ。民家の窓から向こう側を目指す為に飛び込んだ。
「あ、こら待て!!」
「逃げるな、この!!」
後方からの聖騎士たちの声に構わず俺は再び走り出す。
幸い窓も開いていてガラスを壊す事もなかった事に少し罪悪感を感じずに済んだことにホッとしながら。
*
「ノートルム団長、友軍への信号、どう伝えますか?」
「新郎は東部に向けて逃走中、今のところ計画通りに推移中、油断する事無いように……ってな」
「了解しました!」
きびきび動く部下たちに指示を出すと、ノートルムは弟分が走り去った方角を見ながら苦笑を漏らしていた。
「悪いなギラル、お前の望みはささやかな身内だけの結婚式だったろうが、それだと家の嫁さんが納得しないんだよ」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をお掛け致しますが、面白いと思っていただけたら感想評価何卒宜しくお願い致します。
イイネの方も是非!!