名も無き英雄の戦利品
『予言書』の未来から訪れた異界の勇者『タケル』の残滓は“自分たちをこんな運命に陥れた黒幕に届けの一撃”をという対価を受け取り、満足げに笑っていた。
『ヤレヤレ、これで俺も終われるよ。ようやくサクラと同じように未練なく……』
「この世界にアンタが関わりなくなっただけで残滓すら残さずに消え去った彼女に比べてアンタは結構執念深かったのな。まあお陰で俺たちは助かったけどな」
『ハハハ……サクラは俺以外の事は基本どうでも良いヤツだから。俺は俺達をこんな目に遭わせた元凶を一度ぶん殴りたかったってだけの感情だからさ』
そう言いつつ、『タケル』の存在が俺の中から消失して行くのを感じる。
同時に邪気の排除が終わったカチーナの体が糸が切れた人形のように力を失って倒れ込むのを俺は慌てて受け止めた。
「うわっと……ちょっと待てタケル! クリーニングが終わったカチーナの体に魂をどうやって戻すんだ? お前がやってくれるんじゃね~の?」
もう消えかけている『タケル』がエレメンタル・ブレードで俺とカチーナを繋いだからこそ魂の行き来なんて芸当が出来たが、その『タケル』がいなくなったら……。
しかし『タケル』は何でもない事のように言う。
『俺がやるのはもう無理だ。だって俺の望郷の念はさっき全て使い果たしたからな』
「は、はあ!? だったら……」
『でも大丈夫だ、魂を元に戻す手段はある。しかもお前でも出来る古典的なヤツが』
「な、なんだよ古典的手段って」
『あ~、異世界だとあんまり共通認識じゃね~のかな? つまりはだな……』
そして伝えられるその古典的手段に、俺は自分の血液が逆流して沸騰するのを感じた。
「な、なななな!? マジで!? マジでそれしかね~の!? 冗談抜きで!?」
『いいじゃんいいじゃん、役得役得! 名前も出さずに世界を救った英雄へのご褒美だとでも思えばさ』
消えかけているのに『タケル』がニヤニヤ笑ているのが分かる。
くそ~こんな状況で面白がりやがって……。
確かに俺にとってそれは世界と天秤に掛けるに相応しいご褒美なのは同意するけど……しかしそういう事を本人の同意なくやるのは……。
チラリと見たカチーナの顔は操られていた時とは全く違う、いつもの凛とした高潔な美しさを取り戻していて、それだけで顔から火が噴きそうになる。
元の歴史が強姦未遂の野盗であった俺が同意なく……こ、この美しい…………。
なおも躊躇しまくる俺に『タケル』の消えかけの声が聞こえる。
『ギラル……最後のアドバイス。時には強引さも大事だぜ? 特に待ってる女性には』
「う……」
『そう言うのをあんまり躊躇していると、異世界召喚されちまうぜ?』
それはお前だけの特殊例だろうと突っ込みたかったが、それを最後に『タケル』は俺の中から消失して行った。
まるで“後はごゆっくり”とでも言うかのように……。
一時訪れる静寂……だけど俺は覚悟を決める。
勇者からのアドバイスを無下には出来ないし、何よりもカチーナを助ける為には必要な事だし……。
俺はそんな言い訳じみた事をグルグル考えつつ、勢いに任せてカチーナの唇に自分の唇を押し当てた。
や……柔らかい……いい匂い…………。
その瞬間、ごちゃごちゃと色入り考えていた事が頭から全て吹っ飛んでしまい、ただ一つ感じるカチーナの唇の柔らかさだけが俺を支配する。
そして唇を通じて彼女の魂は自分の体へと戻ったようで、徐々に動き始めて……ゆっくりと瞳が開いていく。
「ん……んん…………む? ギラル……君?」
動き始め口を開いたカチーナは最初朦朧としている様子だったけど、段々と状況が理解でき始めたのか急激に顔面が真っ赤になって行く。
だけど抱きしめたままの俺を押しのけるワケでも顔を逸らすワケでも無く、ただ真っ直ぐに俺を見据えている。
「あ……あの……その……何て言いますか私、その……初めてでして……」
彼女も色々言いたい事があったのだろうけど、開口一番出て来たのはまさかのファーストキス宣言。
俺はそんな彼女の狼狽えモジモジする様子に堪らなくなる。
ずっと全部終わったら、ああ言おうこう言おうなど考えていたハズなのに全て吹っ飛んでしまった。
“好きだ”も“愛してる”も本音だけど今の俺には思いつけない。
ファーストキスを奪ったのだという自分勝手な独占欲に満たされた俺は、本当に自分勝手な宣言をしてしまう。
「お前の全部、俺のもんだ!!」
力一杯抱きしめての所有者宣言、それは余りにも彼女の事を考えていない言葉だというのに、カチーナは一瞬驚いたようだがクスリと笑うと静かに柔らかく抱き返して来た。
「私から“カルロス”を盗んだあの日から、私は貴方のモノだと言ったでしょう。今更ですよ」
そして俺はカチーナと見つめ合い、再び唇を重ねる。
今度は人命も緊急性も言い訳も無い。
ただ愛しい人と愛し合う為の……。
*
暗雲立ち込め邪気の魔物とアンデッドが支配する王都ザッカールの精霊神教エレメンタル教会大聖堂から突如現れた巨大な光は、それだけで王都に立ち込めていた邪気の黒雲を全て薙ぎ払い、同時に邪気で強化されていた生物は消失、依り代を失ったアンデッドたちはただの躯に戻り次々と倒れて行く。
必死に市民を守る為に戦っていた冒険者、王国軍の戦士たちはその状況を作り出した巨大な光を奇跡と呼び、同時に王都に訪れた明けない夜が終わった事に気が付くと誰ともなく大歓声を上げ始めた。
この騒動で失われた命も破壊された街の損害も目も当てられないモノではあったが、それでも地獄の夜が終わった事に誰もが喜んでいた。
そんな中、光の発生源に最も近くにいたリリーは、突然地下から現れた巨大な光が自分だけでは無く建物すら破壊せずに邪気だけを消失させた光に驚き、同時に地下に向かったギラル達が何かしたのだろうと予測していた。
そしてただ一人、ワーストデッドの仲間として固唾を飲んで壊れた狙撃杖を抱えつつ待っていたのだが、しばらくして聖堂中央の精霊神像付近に光り輝く魔法陣が現れた。
「!? 無事だったか二人と…………」
見知った二人のシルエットが現れ声をかけようとしたリリーだったが、その現れた二人は完全に自分たちだけの世界に入り熱い抱擁と口付けをしている姿を見て声を失い……驚き慌て、そして喜び…………何も言わずに聖堂から出る。
音をたてないように、そ~っと……。
そしてリリーが扉から出れば目の前に広がるのは突然消えた邪気の魔物や倒れたアンデッドたちに驚く調査兵団たちの姿と、慌てた様子で駆け寄る親友の姿。
邪気の残滓の聖魔女とは言え目の前で消失を確認していたリリーとしては、いる事が当たり前なのにその当たり前の事実にホッとしてしまう。
そしてシエルの傍らには骨のあるヤツ、ドラスケもいて……。
「リリー、大丈夫だったの!? あの大きな光の中心にいたっぽいのに……」
「見てたなら分かるでしょ? ありゃ物理的な力じゃない、邪気だけに作用する限定的な力みたいだから無傷よ無傷」
リリーの言葉にホッとするシエルだったが、肩にとまったドラスケの言葉に再び慌てる。
『ギラル達はどうした? あの光は多分エレメンタルブレードの何かだとは思うが……』
「そ、そうです! リリー、ギラルさんとカチーナさんは大丈夫なのですか!? 未だ元凶たるアルテミアがいるのならすぐにでも助太刀を!!」
そう慌ていきり込むワーストデッドの新入りに、古参メンバーであるリリーは苦笑して鼻を鳴らす。
「ふん……ほっときなよ。今我らが首領は戦利品を愛でるのに忙しいらしいからさ」
「戦利品?」
首を傾げるシエルを他所に、リリーは壊れた狙撃杖を手に別に門番ってワケでも無いが聖堂前にドッカリと腰を下ろした。
揶揄うのは後でゆっくりと……今は最大功労者の勝利の美酒を邪魔するべきじゃない。
そう思いリリーは空を見上げた。
「い~い、天気だな~今日は……」
見上げれば抜けるような青い空。
邪気の晴れた王都に降り注ぐ太陽の光は二人の門出を祝福しているような……そんな事を考えてリリーは“アタシのガラじゃないね”と苦笑した。
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