ここは任せて先に行け!!
さて、空気の読めない勇者様は置いておいて、光の道をただ進むだけの簡単なお仕事かと思えば、残念ながらそうでもないらしい。
案の定周囲全てを覆いつくす闇、それらすべてが邪気であり、しかも千年前から溜まりに溜まったこの世で最も濃密な負の感情の塊だ。
今まさに魂だけの存在となった俺にはそれらが全て見えるし触れる……という事は最早そいつらは実体化などしなくても俺に影響する事が出来るワケで……駆け抜けようとする俺の目の前、光の道の上に続々と闇の塊が現れたかと思うとそれぞれが何らかの形を取り始める。
それは人であったり、動物であったり、昆虫であったり、魔物であったり、中には植物のような形態をとるのもいるが、一様に言える事は全てが俺の行く手を阻む為に現れた我が物顔で城に居座る不法占拠者の警備兵であるという事。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い……」
「コロスコロスコロスコロス……」
「死ね死ね死ね死ね……」
そしてどんな形を取っていても口々に漏らすのは呪その言葉、負の感情のみでそれをこれから俺に対してぶつけようとしている事は明らかだった。
「どんな難攻不落のお屋敷でも厳重な警備でも狙った宝は必ず頂く、それが喩え形あるものでなくても……それがワースト・デッドの真骨頂なんでね!」
魂だけの存在である今、俺にとって肌に馴染んだダガーやザックはしっかりと常備されていて、恐らく今の状態なら精神力の続く限り破損も弾切れも無い。
だったら赤字を気にする事なく遠慮なく使えるなどと場違いな事を考えてしまう。
「今宵は出血大サービス! 師匠スレイヤから譲り受けし盗賊の妙技、存分に味わえ!」
俺は足を止める事無くザックから取り出した釘をまずは人型になった邪気に投げつけ、突き立ったと同時に鎖鎌『イスナ』の分銅をハンマーにして根元までめり込ませる。
それだけで人型の邪気は苦悶の表情を浮かべて爆散してしまった。
……おや? 意外と脆い??
若干の戸惑いを覚えるが、そんな俺に『タケル』の声が聞こえる。
『喩え濃密な邪気に塗れていてもそこはカチーナの体だ。そこに入る事を認められた者と無理やり居座っている者、どっちに恩恵があるかは明白だろ?』
「……うえ?」
『そこはお前だけは最強になれるお前だけの聖域だ! 遠慮なくお宝まで突っ走れ!!』
……要するに俺が自分の中に入る事を認められて俺だけには範囲強化の魔法がかかっているようなモノという事か?
……なにやら他人から言われて理解すると物凄く恥ずかしいが、今はこの状況を最大限利用するしかない。
俺はそのまま突っ走り、巨木となった邪気が行く手を阻むのをパルクールでかわし、オオカミの姿になった邪気をダガーで斬りつけ、昆虫の姿になった邪気を鎖分銅で粉砕する。
全てが一撃、普段の俺の実力では絶対に出来ないハズなのに今は出来て当然と思える。
だがこのまま行けるかと思えばそう言うワケにも行かないようだ。
どれほど脆いと言っても周囲の闇は全て敵である邪気、光の道に現れる邪気の数も徐々に増して来て行く手をドンドン塞いでいく。
それも行く先を見れば奥に行くほどその数は増えていて、光の道が見えなくなるほどだ。
「クソ、時間もねえってのに…………ん?」
しかしタイムリミットに焦る俺の目の前で唐突に邪気の警備共が中心を開け始めるという現象が起こり始めた。
何か……いや、誰かが大量の邪気を押しのけようとしている!?
ここはカチーナの体内に入り込んだ邪気しかいないから、俺に味方するようなモノは存在しないハズなのに?
そんな事を考えていた俺は、邪魔する邪気を押しのけようとしている連中の中に見覚えがある女の子の姿を見つけて驚愕する。
いや正確には見覚えがあるのは女の子では無く、彼女が持っている赤い日記帳だ。
邪気の力量が大きさで決まるのかは分からないが、彼女は小さな体で屈強な炭鉱夫と思える連中や家族たちと必死になって俺の為に道を作ろうとしている。
「まさかコイツ等はトロイメアの……」
炭鉱の町トロイメアで新たに発見されたミスリル鉱床を秘密裏に奪い取る為に狂信者たちの手によって大人は皆殺し、子供たちは生きたまま炭鉱に閉じ込められた犠牲者たち。
連中の魂は確かにあの時成仏したハズ、だとするならこの連中は『タケル』と同じようにこの世に残された彼らの無念の想い……邪気か?
彼らは凶悪なアルテミアの手下どもを押しのけつつ一様に俺に口では無く目で語り掛けて来る……“早く行け”と。
彼らも邪気何て負の感情だけの存在になっても俺の為に協力してくれるというのか!?
胸に熱いモノが込み上げて来る……そりゃそうだよな。
喩え負の感情が邪気としてヤツにとって操りやすいとしても、アルテミアの凶事によって振りまかれた犠牲者たちの感情が死霊使い《ネクロマンサー》だからと言って全て自由になるワケがない。
ヤツに地獄を見せてやりたいのは俺や『タケル』だけじゃねえ!!
「サンキュートロイメアのみんな!!」
俺は彼らの作ってくれた道を駆け抜ける。
日記帳の女の子を筆頭に笑って見送ってくれている。
そこからも膨大な数の邪魔ものたちが現れ道を塞ぐ事態は繰り返されるが、その都度色々な連中が同じように闇の中から現れては俺に行く手を作ってくれる。
それは平民であったり貴族であったり、見覚えも無い連中の方が多いのに、どいつもこいつもまるで俺に恩を返そうとでもしているような顔で……むず痒くなる。
礼を言うのはこっちの方だ。
俺は自分の死に様を少しでもマシなモノにしたいから、そんな個人的な理由で行動していたに過ぎない。
喩え自分たちを殺した野盗たちを全滅に追い込んだとしても、悪政の限りを尽くしていた悪徳貴族が俺の行動で没落しようと、そんなのはアンタたちの敵討ちの為じゃないって言うのに。
そんな風に彼らのお陰で光の道を進み続けていると、不意に今最も聞きたくない声が聞こえる。
『何をしているのですか……貴方が取るべき道は最早ただ一つのハズ。王国を、世界を救うために最愛の人と共に私を殺すしかないハズでしょう……』
「言ったハズだぜ寄生虫、テメエの望む事は何一つやってやらねぇ。そいつは俺だけの望みじゃねえって事が今ハッキリ分かったがなぁ!!」
その声には今までのような底冷えするような冷静さも得体のしれない不気味さもない。
ただ戸惑い焦り、困惑して怒っているような……思い通りに事が運ばない事に苛立つ自分勝手な人間臭い意志だけがある。
俺の指すのが邪気だというのに俺の味方をする連中の事だと伝わったのだろう、アルテミアの声に含まれる怒気が益々膨れ上がる。
『邪気だと言うのに、それすらも精霊共と同じように私に反抗するというのですか!?』
「そもそも負の感情だから死霊使いである自分は操れるって前提が間違っているだろ。負の感情だというなら尚の事、精霊よりも遥かに複雑な気がするけどなぁ? ほら見なよ」
『な!?』
そもそも邪気だから全てが悪、負の感情は自分の敵であるって事はないだろう。
そしてそれは“この世界”だけに限った話では無いようで……俺の行く手を無数の羽を持った虫が阻もうとすると、唐突に闇から現れたジャイロ……ではなく賢者シャイナスが巨大な炎の魔法で一掃し、道を塞ぐ巨大なオーガは俺の良く知る顔とは違い随分とやつれた表情の大聖女ジャンダルムと似合わない大僧正の格好をしたロンメルが一撃の元に粉砕した。
彼らは『予言書』で無念を味わった者たちであり、その想いはどうやら敵も味方も関係なく共通したモノだったようである。
俊敏な動きの魔物を流れる動きで仕留めるのは聖尚書ホロウ。
巨大な邪気の鎧を巧みに変形させて確実に潰していく聖王ヴァリス。
大軍を成す剣士の邪気を夫婦そろって見事な連携で倒して行く聖魔女エリシエルとその旦那ノートルム。
全て『予言書』で殺し合う予定になっていた人々の負の感情、邪気の化身たちで、これから千年分の邪気と共に消滅する運命だというのに俺に道を作ってくれている。
終わりにしたい、自分たちの存在を無かった事にして欲しい……そして、こんな運命に巻き込んだ『黒幕』に思い知らせてやりたい。
そんな俺にとって心地良い憎悪が彼らから伝わって来る。
そして、彼らの助力を得た俺は一度も足を止める事無く光の道を走り切り、遂に僅かに感じる馴染み深い気配を捕らえた。
この先だ……この先にカチーナがいる!
そう確信したその時、闇の中から一体の人型が現れる。
それは今まさに一番ぶち殺したい奴の顔になり、冷徹な仮面はどこにかなぐり捨てたのか激しく憎らし気に顔を歪ませていた。
「忌々しい……やはり邪気とは言え人間は使えません。世界の滅亡を諦めざるを得なかった私の最後の望みすら阻もうとは……」
「そんな事、千年も前から見て来たクセに今更思い知ったのか? 随分と無駄な時間を過ごして来たもんだ」
「!? 千年前に我が故郷を滅ぼした人間の分際で、私の千年に及ぶ苦渋に満ちた長い年月を愚弄するのですか!?」
千年間に人間を、精霊を、世界を憎み続けていたコイツにとってそれは逆鱗以外の何物でもないだろう。
俺だって普段であればそんな事をは言わない。
心情的にも戦略的にも強者に殺意を抱かせるまで煽るのは適切では無いからな。
だけど、最早そんな気遣いは無用……出しちゃいけない俺の宝に他を出したコイツに限っては。
「故郷の仲間たちもさぞやガッカリしているだろうな。唯一の生き残りがやった事はクソみたいな無駄な年月を垂れ流しただけで、結果は無知蒙昧で矮小な人間の盗賊ごときに計画を潰されたんだから。…………いや? むしろ感謝しているかもなぁ、自分たちの生き残りがやらかす前に止めてくれたってな!」
「貴様アアアアアアアアアアア!!」
ギャリン…………
人間たちに滅ぼされた古代亜人種たちですらお前は望まれて無かったんじゃね?
そんな俺の煽りに激高したアルテミアは大鎌を振りかぶり襲い掛かって来たが、俺が何もしなくても銀色の錫杖を手に大鎌を受け止めてくれた誰かがいた。
それは聖女の聖衣をまとった俺は本人を見るのは初めてだが、今よりも少し成長し美しさを増した『最後の聖女』イリスだった。
彼女は聖女には相応しくない不敵な笑顔を浮かべてアルテミアに言い放つ。
『最早この世に残った邪気、負の感情の残りカズとなった私たちが望む最後の願いはただ一つ、それは王国の救済でも世界の存続でもない。ただ私たちと言う邪気を生み出した元凶たる貴女が誰より不幸になれば良い。それだけの酷く根暗な想いです……』
「な……に……?」
『さあ行ってください。貴方のやり方でこの黒幕に引導を渡すのです! 大丈夫です、貴方は私と違ってフラれる事は無いでしょうから!!』
そう言って銀の錫杖で大鎌を弾いたイリスは悪戯っ子な少女のように笑ってみせた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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