勇者と盗賊の競演
私事ですが5月1日より書籍発売中です!!
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
感想はご指摘、酷評でも大歓迎です!! 宜しければご一読よろしくお願いいたします!!
邪気は負の感情の塊であり、それは目に見えず宙を漂っているだけでも不快感を感じさせる、いわゆる“空気が悪い”という気にさせるモノ。
そんなモノが意思を宿して自分の体に取り憑いたのだから本来は耐え難い不快感に見舞われるだろうし、実際今目の前でアルテミアに取り憑かれたカチーナは酷い苦痛を味わっているのかもしれない。
しかしこの『タケル』の邪気に関してはそんな不快感何て一つも感じない、しいて言うなれば『共感』だ。
何の事はない、この邪気が持つ負の感情は完全に俺と同一で、リンクしているのだから。
一番大事な女に危害を加える許しがたいクズ、そのクズを心からブチ殺したいと願う圧倒的な憤怒の感情……その一点のみが俺達を共闘させる。
『まさか俺が殺した野盗と、四魔将の中で最も憎たらしい女を助けるために共闘する事になるとは、予想もしなかったぜ』
不満、と言うワケじゃないだろうが、それでも奇妙な縁と言うか流れと言うか……そんな複雑そうな異界の勇者の言葉に苦笑するしかない。
「お互い様だろう? 俺だって元々お前に殺されない為に足掻いて来た結果、最後にはお前と共闘する事に落ち着くなんて……どういう気持ちでいりゃいいのやら」
『まあ、そうだろうな。俺が戦った歴史はお前の活躍で無くなった。お陰で俺とサクラは晴れて元の世界ではラブラブちゅっちゅできるってなもんだ。俺はあくまでその消える歴史の残りカス、一番大事な女を邪神に仕立てた最後まで面も見せなかった黒幕をブチ殺す事だけを考える単なる便利な武器だと思えばいい』
「…………まあな!!」
互いに利があるから使う、同じ憎たらしい奴がいるから協力する、使えるから使う。
他者の意識を共有しているようであるのに、そんな盗賊的な考え方自体が妙に合うのか俺は、いや“俺たちは”そのまま変わらずに大鎌を構えるアルテミアに対して踏み込む。
それは特にフェイントを織り交ぜる事も無い単なる直進であり、アルテミアの大鎌はしっかりと構えられていてそのまま振るっても受け止められる事が明白な単なる打ち下ろし。
しかし本来の姿を見せた『エレメンタル・ブレード』は硬い金属音を響かせる事無く、音も無く黒い大鎌の柄を断ち切ってしまう。
「な!?」
そして更に驚愕の声を漏らすアルテミアが手にしていた大鎌は形状を保つ事が出来なくなり、まるで墨を水に溶かしたように虚空へと溶け消えていく。
邪気が斬り散らされた!? その状況に落ち着いているのは俺に取り憑いた『タケル』と『エレメンタルブレード』だけだろう。
だが攻撃はまだ終わらない、打ち下ろした光の剣を今度はそのまま斬り上げると、今度はがら空きになった黒いフルプレートの全面が斬り散らされて、元のカチーナの衣装であるスレイヤの盗賊装束が露出する。
「す、すげえ! 俺のショボい光じゃ一時的に邪気を散らすだけだったのに、今は邪気を一刀で斬り散らすだけじゃない、消し去っている!?」
邪気の浄化は時間をかけるしか方法は無いはずなのに、それをこの剣は一振りだけでやってのけるのだから、まさに桁が違う。
そんな状況に焦ったのか、アルテミアは慌てた顔で距離を取ると再び黒い鎌と鎧を発現させた。
チッ……さすがに邪気の総量的に一回二回程度で全てを掃除する事は出来ないらしい。
それにしても……だ。
「おい勇者さんよ。この剣は邪気だけじゃなく肉体も切り裂くんじゃないのか!? 『予言書』の俺はそのお陰で真っ二つ《ハーフデッド》だったんだが!?」
もし万が一にもカチーナが同じ事になったらたまらんと勇者に問いかけるが、ヤツは何でもない事のように言い放つ。
『あ~そりゃ持ち手が、つまり俺が斬りたいと思ったモンが斬れるけんだからな。元々俺の“帰りてぇ~”って念で発動している実態の無い剣だからよ、俺が斬りたいと思えば邪気だろうが魔物だろうが野盗だろうが切り裂けるって事よ。喩え彼女がぶった切られるコースを剣が走っても傷一つ付かないから安心しろ』
「……つまり『予言書』のお前は俺を殺す気満々だったから真っ二つになったって事?」
『女を無理やり犯すのを妄想で留められない男は死んだ方が良いだろ?』
「…………その通りだな。ありがとうよ、向こうでは俺を殺してくれて!!」
『予言書』とは言え自分を殺した相手と考えると複雑な気分も否めないが、女性を強姦する自分を未遂で殺してくれた事には感謝している……そこに偽りはない。
「く、調子に乗らないで欲しいですね!!」
消された武器と鎧の修復を終えたアルテミアがそう言うと、ヤツの全身から黒い煙状のモノが今までよりもハッキリと見えた。
それは濃度が濃くなったモノでも物質化したモノでもないのに視認する事ができた、まさに今、死霊使いが己の武器として使おうとしている邪気その物なのは間違いない。
まず間違いなくコレは『タケル』のお陰だろう。彼が邪気であるからか、それとも元々勇者タケルに備わっていた力なのかは分からないが。
まるで見えていない者に近づいて陰から襲い掛かる気満々、かわす事の出来ない超至近距離で物質化させるつもりなのがアリアリの動き方。
それらは鞭のようにしなり、矢のように鋭くなり俺に向けて襲い掛かって来るのだが、逆に到達するより前に俺は邪気に近づいてそのままエレメンタルブレードを振り回し、邪気の触手を蹴散らしていく。
邪気は濃度が高くないと、意図的に物質化しないと視認できない、そんな利点をアッサリ覆されたアルテミアは呆気に取られていた。
「バ、バカな!? 死霊使いでもないのに何故見えている!? 分断されて最早アンデッドによる小細工も使えないハズなのに!?」
おっと、どうやら前回戦った時の手品のタネは割れていたらしい、この場にドラスケがいて同じ手を使っていたら即アウトだっただろうな。
逆に言えばコイツが分断してくれたお陰で助かったのかもしれない……礼を言う気なんてサラサラ無いけどな。
「邪気だの負の感情だの言っても、それだって人の気持ちの一つだろ。その気持ちが全部自分の味方をしてくれるって思う方が間違っているだろうが。全体的な邪気の総量なんて知った事じゃねぇが、少なくともテメエを憎む気持ちだけは誰よりも上だぞ!!」
「かあ!?」
そしてそのまま光の刃をアルテミアが取り憑いたカチーナの体に叩きつける。
ハッキリ言って万が一彼女の体が傷を負ったらという恐怖心もあったがそれは杞憂、袈裟状に斬り上げた剣は黒いフルプレートを斜めに消し飛ばし間違いなく彼女の体に接触したハズなのに、出血はおろか衣服すら一切斬る事なく斬りたくないモノを全て通過。
そしてまるで見えない傷口から出血の代わりのように黒い邪気が吹き出し虚空へと消えて行く。
それは紛れも無くカチーナの体内に入り込んだ邪気を斬り散らし、その根幹を成すアリテミアのみを切り裂いたという証明だった。
それは邪気に対抗できなかった俺が初めてアルテミアにダメージを与えられた瞬間でもあり、同時にもしかしたらこのままカチーナから追い出す事も出来るかも、とすら思える希望の光でもあった。
だが、その希望の光に水を差したのは皮肉な事に今まさに『エレメンタルブレード』の力を発揮している『タケル』であった。
『ギラル、盛り上がっている所悪いがちょっと聞きな!』
「な、何だよ、この状況でそんな嬉しくないテンションで……」
『残念だがその勘は当たりだ。今まさにカチーナの体に憑いた邪気を斬った手ごたえで分かった事だが、このまま地道に剣で浄化をするなら軽く一万回は斬りつけないといけない換算になる』
「は、はあ!? 一万だと!?」
その数はこの状況では絶望的だ。
彼女の為であれば喩え10万だろうが振れと言われれば振り続ける気持ちはあるが、ハッキリって単なる素振りであってもそんな回数を振るには時間が足りないだろう。
邪気を着実に減らす方法はあるけど、やっぱりため込んだ邪気の総量が問題なのだ。
池の水をバケツ一つで全て組み出せと言われるように……。
『当然だがそんな悠長な事をしていればカチーナの魂の方が限界を迎えてしまう。やはり膨大な邪気を一撃で全て斬り散らすしか方法はないな』
「出来るのかそんな事!?」
含みのある言葉に方法がないワケでは無いという事を察して反射的にそう聞くが、異界の勇者『タケル』は実に言い辛そうに教えてくれる。
『千年分の膨大な邪気を一気に消し飛ばすには俺に存在する力全てを『エレメンタル・ブレード』に込めて叩き込めば出来ない事はない。しかしさすがにそんな大出力だと彼女の魂だけを選別する事は難しい。下手すれば邪気やアルテミアと一緒に消し飛ばしちまう!』
「ぐ、それは……」
それは俺にとって全く持って意味のない方法。
言い方は悪いがそんな方法を取るのならワザワザ邪気の存在である『タケル』に出て来てもらった意味はない。
だが、俺と同じ思考をしている人物がそんな方法を推奨するワケも無かった。
あの寄生虫の望む事は何一つしてやらない……それだけはハッキリと一致しているのだから。
俺が彼女を失うというヤツが喜ぶ事なんかは、絶対に!!
そんな俺の想いが通じたのか、『タケル』は笑った。
嘲笑でも苦笑でもない、これから命がけのギャンブルに誘う悪友の笑みで……。
『ギラル、これからとても危険な役割分担をするけど……乗るか?』
「……ここに至って危険じゃない役割があったら見てみたいもんだが」
『違いない』
その反応は勇者と言うよりも冒険者の方が近い感じだ。
命をベッドに危険な場所に身を置きハイリスクハイリターンを目指す、どこかスリルに酔った特殊な連中……。
そう言えば『予言書』でも勇者様は冒険者だったっけ……本当に今更だが自分を殺す予定だった勇者と同じ職種についていた事に気が付いた。
「で……俺は何をすれば良いんだ?」
『な~に難しい事じゃねえ。互いに自分の職を全うするだけさ。勇者は闇を切り裂き世界を救う。盗賊は今も昔もやる事変わらない……盗むんだよ、あの娘の心を』
「はあ?」
その物言いが物凄く臭いセリフにしか聞こえず、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。