ワースト・デッドの矜持
私事ですが5月1日より書籍発売中です!!
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
感想はご指摘、酷評でも大歓迎です!! 宜しければご一読よろしくお願いいたします!!
「では、始めましょう」
そうカチーナの口を勝手に使って宣言したアルテミアは次の瞬間にはゆらりと足を踏み出し。いつの間にか接近して大鎌を横薙ぎに振っていた。
「うお!?」
かわしたかと思った大鎌はまるで重さなど無いように、いや邪気製の武器には元々重さなど無いのかもしれないが、重量に振り回される事も無く次の瞬間には継ぎ目なく袈裟状に振り下ろされる。
しかし俺は瞬間的に射程外に逃げる事を諦め、前へと踏み込んで何とか再度かわした。
「ほお、気配を消し意識の外からの攻撃に対応できるとは驚きです。伊達に私の千年に及ぶ計画を握りつぶしたワケでは無いという事ですか」
「……チッ」
まるで自分の為にとでも言うかのようなアルテミアの物言い、しかもそれをカチーナの口で言っているに無性に腹が立つ。
見えるか見えないか分からない程に気配を殺し、意識の外から攻撃するのはホロウ団長の得意技だ。
対抗する為に『気配察知』を極限に絞り込んで空気や地面の僅かな振動から動く気配を察知して自らの皮膚に感じる空気の流れに集中し対応する。
元々万が一、聖尚書ホロウと対決する事になれば必須になると思い身に付けて来た技術なのに、まさか最後の局面で二回連続で多用する事になるとは……。
しかし今はもっと別の重大事がある。
「エレメンタルブレード! お前の力であの亡霊ババアをカチーナから追い出す事は出来ないのか!? アレも一種の邪気じゃないのか!?」
この場において邪気に対抗できるのは『勇者の剣』のみ。
俺はほとんど懇願に近い気持ちで聞いてみるが、ヤツはいつも通りの無機質な声色であるのに申し訳なさそうに答える。
『困難、彼の古代亜人種が自らを霊体として取り込んだ邪気の総量は今までの邪人とは桁が違う。一部を散らせても容易に補填されてしまう。カチーナ氏の全身に回った邪気を一気に消し飛ばせ無ければ邪気と共に古代亜人種を追放する事適わず。我々の力では……』
「あ~そうかい! チクショウ!!」
この期に及んでもモノを言うのは才能だってか!?
激しい望郷の念が無くてはエレメンタルブレードの真の力は発揮できない。
それはこの剣が元々『勇者を守る盾』の意味合いが強いからなのだが、喩え帰る故郷を失った俺でもこの世界にいる限りは世界を違えた異界の勇者に比べて望郷の念は弱い。
それはいつか故郷をよみがえらせる事も出来るとか、そんな希望があるからなのか……俺程度が発現できるのは刃先の短い、ほんの少しの光の刃のみ。
『追加、膨大な邪気の浸食により、このままではカチーナ氏の魂が消されてしまう。邪気がカチーナ氏の魂を押しつぶし消してしまえばカチーナ氏の肉体は完全に古代亜人種に乗っ取られてしまう』
「な!? ふざけんなよそんなの!!」
「……寂しいじゃないですか、内緒話など。私も混ぜて下さいよ……ギラル殿」
「!?」
更なる悪い情報に驚愕する俺に構わず、再び音も無く間合いに入り込んだアルテミアは、また大鎌の斬撃を繰り出す。
その動きは徐々に洗練され、速さを増して来てダガーやパルクールの動きだけではさばききれなくなって来る。
そんな俺に楽し気に笑うヤツに……ますます苛立ちが溢れて来る。
戦いを楽しんでいる、そんな戦闘狂や脳筋思想の連中は周囲に大勢いるし、俺にとって筆頭となるのがカチーナである事は間違いないのに、彼女の体を勝手に使われている事を考えるとムカつきが止まらない!
「テメエが……テメエなんかがその顔で笑うんじゃねえ!!」
「む!?」
幾ら継ぎ目なく速くても、巨大な武器である大鎌は大振りになり振り終わりに若干の隙が生まれる。
俺はそのわずかな一瞬を狙って魔蜘蛛糸を投げつけて、瞬間的にヤツの両腕を地面に縫い付ける事に成功した。
そしてそのままダガーでヤツの喉を切り裂こうと懐に飛び込み……。
「!?……く」
しかし俺は斬りつけようとしたダガーを直前で止めてしまった。
今の一瞬であれば確実に切り裂けただろうが、俺にはそれは出来なかった。
それが千載一遇、唯一の方法だったとしても、惚れた女を殺す事は……。
「ふ……」
「ぐああ!?」
俺の攻撃が届かなたっか事をアルテミアは鼻で笑うと、そのまま俺の背中に大鎌を振り下ろした。
激痛と熱感が走り、同時に多量の出血がしたたり落ちる。
そんな俺の姿をアルテミアはあざ笑う……カチーナの顔で……。
「どうしました? 世界を救うために歴史の改編を実行した、自己犠牲精神あふれる改編者ギラル殿? 今の瞬間はまさに千載一遇の瞬間、肉体が滅び依り代を失えば私とてこの世に残れる手段はないし、晴れて王国は、そして世界は救済されるというのに刃を留めてしまうとは……。自身であれば苦痛も苦労も許容できるのに、自身の大切な宝を失う覚悟は無かったという事ですか?」
「て……てめえ……」
「その程度の覚悟で私の、私たちの千年を盗み取ったとはお笑いですね」
「ふざけんな! 何が覚悟だクソババア!! 俺はそんな覚悟を持った事なんて一度もねえ! お前と同じように気に入らない事を気に入るようにしただけだ! 違うのは気に入った連中と笑って過ごした事だけ、千年一人でいじけて周りを見ようとしなかったテメエと違ってな!!」
「……その結果が打ち取れる敵を打ち取れない甘さとは、嘆かわしい事」
そう言いつつ動きの止まった俺に今度こそ大鎌を振り下ろそうとするアルテミア。
しかし、万事休すと思った瞬間に、アルテミアは振り下ろす大鎌を止めた……まるで誰かに腕を掴まれたかのように。
「む? こ、これは……」
いや、これは違う……腕が掴まれたとかじゃなく動かせなくなったのだ。
そして動きを止めたアルテミア……いやカチーナの瞳から一筋の紅い、血の涙があふれ出て来る。
表情はない、だが何とか自分の体を使って血の涙を流し抵抗しようとしているカチーナの体が何を言っているのかなんて、聞かなくても分かる。
邪気につぶされそうな中、かろうじて力を振り絞り彼女が何を叫んでいるかなど。
でも……悪いがカチーナ! それは……それだけは俺には聞く事は出来ない!
「ふふふ、これは凄いですね。私が乗り移った時の邪気は王都全土を覆ったモノに匹敵する程であるのに、まだその支配に抵抗いたしますか。さすがは聖騎士カチーナ・ファークス、邪気への耐性は人より高いと見えますね」
「カ、カチーナ……」
「どうしたのです? カチーナ氏が今わの際に何を訴えているのか分からないのですか? 仕方がありませんねぇ、分からないなら私が代弁して差し上げましょう」
「…………だまれ」
得意げに、俺の最も大事な人の声で勝手に口出ししようとする寄生虫の言葉が耳に触る。
黙れよ……今お前は及びじゃねぇって分からねえのか?
「私の事など良い、今の内に私ごとアルテミアを…………」
「黙りやがれ! この寄生虫があああああああ!!」
そんな事を言っているのは分かっている。
こんなクズに言われなくても、カチーナならそう言うのは分かり切っている。
しかし、その彼女の覚悟を“このクズ”が口にするのは勘弁ならない。
仲間を傷つけるよりなら死を選ぼうとする彼女の崇高な意志を言葉にするなど、このクズにだけは…………。
今までムカつくヤツ、気分の悪いヤツ、何だったら死んで当然としか思えないクズ野郎なんかも何度も見て来た俺だが、今回の怒りや憎しみは度を越している。
いや、だからこそ……怒りが頂点を超えたからこそ、逆に急激に頭が冷えて来る。
そして戦闘において最も忌避すべきであるが、同時に忘れてはならない重要な感情である恐怖が完全に薄れて行く。
他者に恐怖する時、それは力でも人格でも地位でも、何だったら死の恐怖でさえも敵わないと思える、どこかで相手を上に見る感情があるからこそ抱けるのだと思う。
油断はするモノじゃない、させるモノという教えを叩き込んでくれたスレイヤ師匠も油断を戒める為の恐怖は常に持ち続けろと言っていた。
しかし……俺の中でコイツに関してだけは、喩えどこまでも力量で劣っていたとしても恐怖する事は最早無いと断言できる。
それほどまでに、俺はこの寄生虫を見下げ果てていたのだ。
「アルテミア……俺はこの期に及んでも、まだアンタを哀れに思っていた。故郷を滅ぼされて誰一人として頼る者もいない孤独を千年にも渡って復讐を糧に生きて来たんだから。喩え自分の故郷が燃やされ家族を失った遠因がテメエであっても、どこか憎み切れずに同情の心は……残念だがあった」
「ほお……それはそれは」
「が……もうどうでも良い。テメエは俺にとって出してはいけない宝に手を出した。ワースト・デッドは盗賊集団だが手を出すべきでない宝には手を出さない。手を出した時点でテメエは、俺達の同志には絶対になれねぇ……俺の消えた『予言書』の野盗ギラルと同じようにな……」
静かに、そう言って見据えた俺の瞳に何を感じたのか、カチーナの瞳を間借りする寄生虫が僅かに動揺したようにも思えた。
今更、本当にどうでも良いが。
「宣言しておいてやる。俺はお前の望みは何一つ叶えてやらねぇ。生き様も、死に様も……精々絶望しやがれ」