あの日手にしたナイフの行方
私事ですが5月1日より書籍発売中です!!
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
感想はご指摘、酷評でも大歓迎です!! 宜しければご一読よろしくお願いいたします!!
俺の最大の目標、最も否定したい『予言書』の自分が誰よりも、さっきのアルテミアよりも遥かに憎悪を滲ませた瞳でこっちを見ていた。
「ここで俺を出してくるとは……随分とイイ趣味してるな」
「お褒めに預かり光栄です」
褒めてねぇ……ぶっちゃけここに至ってアルテミアに嫌われている事は分かり切っていたが、相当に嫌われ心底俺にとって嫌な奴を探し出して来たという意気込みを感じずにはいられない。
よく犯罪者に使われる常とう句だが、そんな気力があるなら別に使えばいいのにと思わずにはいられない。
「事ここに至るまで、君の戦力を削りなるべくサシで対面する為に新たな邪人を呼び寄せてまいりましたので……貴方だけ因縁ある人物と対面しないのは不公平かと思いまして」
「その気遣いは本当に有難迷惑なんだがな……」
俺の気分としてこれほど不快な人物は俺の中ではありえない……確かに因縁の人物だ。
目の前のコイツと同じにはなりたくなく、それこそ死ぬほどなりたくなかったからこそ、命がけで『予言書』の改編をしてきたのだからな。
しかしこの時俺は重大な、いつもであれば絶対にしないハズのミスをしている事に気が付いていなかった。
確かに嫌悪感は人一倍湧き上がる『予言書』で見た姿と全く同じ自分が成ったかもしれない姿ではある。
だがその時分は人を害し人から奪い、生きる為という大義名分を元に悪事に手を染め努力や研鑽を積むことが無かった未来の姿。
スレイヤ師匠に師事し、その後も仲間たちと研鑽を重ねて来た自分とは違う。
自分自身の未来の姿であるからこそ、してしまっていたのだ……油断を。
ギャ!!「!?」
それは完全に無意識な反射的な行動だった。
意識を向ける事無く反応した右手が握ったダガーを盾にして何かを受け流したのだ。
そして鈍い金属音がしたと思った次の瞬間には……既に浅く斬られた右肩からジワジワと血が噴き出していたのだ。
それはまるで切れ味の悪い錆びた刃物で切られたように、鈍く歪な傷口で……。
「ぐ!?」
「ギラル!? な……何が!?」
「おやおや、首を狙ったつもりだったんだがなぁ。中々の反射神経じゃないか……俺もお前と同じように死に物狂いで修練すればそのくらいにはなれるって事なのか? まあ、俺はそんな泥臭い努力何て御免被るがな」
そんなこちらを小ばかにする言葉は背後から……たった今まで目の前にいたはずの野盗ギラルは血に濡れたナイフを見せつけるようにニヤニヤと笑っていた。
は……速い!? 確かに油断はしていたが、それでも目線を切ったワケでもない。
前の前にいたというのに“目で追う事が出来なかった”のだ。
そのスピードは俺やカチーナよりも圧倒的に速く、理不尽な凶悪さを孕んでいる。
つまりコイツは、一番なりたくなかった『予言書』の野盗ギラルは単純に言って強いって事になる。
しかし、だからと言ってもやっぱり腑に落ちない。
こんな強さがあったとするなら、いくら異界の勇者とは言え一撃で真っ二つにされるであろうか?
喩え最終的に殺されたとしても、多少の抵抗ぐらいは出来なければおかしいだろう。
そんな不満が顔に出たのか、野盗ギラルはますます調子に乗って煽り始める。
「どうしたどうした~? 真っ当に人の道を外れず地道な努力をしてきた自分が、自ら人道を外れ努力もしなかった俺にアッサリ上に行かれた事がそんなにショックかい?」
「ああ……お察しの通りすげえ不満だよ。俺如きが努力もせず策略も練らずに才能だけで人の上に行けるなんて思えないからなぁ。自分の事であるなら猶更よ」
「くくく……よ~く分かってるじゃねえか。さすがは同一人物……俺の事は何でもご存じのようだな」
「何にも知らね~よ。知りたくもね~し」
『予言書』の自分がどんな人生を歩んで来たかなど、結末しか知らない。
だがヤツの言う通り、俺は自分自身の才能、能力限界など分かり切っている。
攻撃をかわしにくい代表格であるホロウ団長であっても、アレはほぼ気配を無くし速く感じさせる技能に長けているからであって実際に速いワケじゃない。
そんな化物とは程遠い俺のスペックでこんな風に単純に人知を超えたスピードを素の力で出す事は自分の未来であるなら尚の事不可能なハズ。
だったら魔力強化の恩恵が?
……いや、そもそも精霊や魔法の行使を忌み嫌っているアルテミアが自らそんな補助をするたとはとても思えね~し……。
「考えている暇なんかあんのかぁ? ああ!?」
「く!?」
遠かったハズの奴の顔が急に大きくなったような感覚!?
野盗ギラルはまるでオカン《ミリアさん》みたいに一息で距離を潰し、そのまま腰だめに一直線に俺の心臓に向けてナイフを突き出してくる。
やはり異常なくらいに速い……が、今度は油断せずにヤツの一挙手一投足見逃さないように注目していた事で予兆は感じられた。
俺は突っ込んで来たヤツを逆に懐に呼び込み、突き出されたナイフよりもさらに態勢を低くしてかわすと、そのままヤツに向けてダガーを斬り上げた。
しかし確実に当たる、そう確信できる程の会心の一撃、そう思えたのだが……俺のダガーは次の瞬間にはヤツに掠る事すらなく空を斬ってしまう。
「な!?」
「おお危ねえ危ねえ……スピードじゃ敵わないって早くも判断してカウンター狙いってか? 弱いと小賢しくなっていけねぇなあ!!」
「がは!?」
鈍い音と共に俺の脇腹にヤツの膝が突き刺さっていた。
嘘だろ!? 確かにヤツは確かに右側にいたハズなのに、左側に回り込むように移動しただと!?
「く!?」
「はははは! 手癖が悪いぞハーフ・デッド」
「がぐ!?」
そんな無茶苦茶な挙動をしたら、どう考えても可動域を超えた軸足が捻じれて……。
苦し紛れに俺はザックから鎖鎌『イズナ』を取り出して分銅を投げつけるが、それすらもヤツは余裕の表情でヒラリとかわし、更に顔面に蹴りを食らいつつ距離を取られる。
まさか音すら立てない『イズナ』の攻撃すらも見切られるとは。
「ギラル!?」
「いけませんよ聖騎士カチーナ・ファークス。因縁の対決に手を貸すのは無粋ではないですか。貴女のお相手は私が務めましょう」
「貴様!?」
咄嗟にカチーナがフォローに入ろうとしてくれたようだが、ここまで傍観していたアルテミアが動き、以前と同じように虚空から巨大な、邪気の鎌を取り出して彼女の前に立ちふさがる。
ヤバイ……正直アルテミアに対しては俺たち二人がかりでやっとの計算だったのに、分断された挙句に相手の力は俺達よりも上
しかしネガティブな情報ばかり、予想外の連続で何もかも放り出して逃げたくなって来た俺だったが、不意にニタニタとどこまでも俺を見下した笑みを浮かべる野盗ギラルに関して気になる事を発見した。
「ひゃははは! どうしたどうした怪盗さんよう。何年も何年も努力したクセに、結局お前は本来の道を外れた偽物でしかなかったようだなぁ! そんな風に俺を捕らえる事すら出来ずにボ~っと見ているだけで」
「いや、何て言うか……お前、その右足……痛くねぇの?」
「あ?」
俺にそう言われて野盗ギラルはその時初めて気が付いたようだった……自分の右足があり得ない方向を向いて捻じり折れているという、普通ではありえない状況に。
そうすると奴は「おっといけねぇ」と一言呟くと、次の瞬間には捻じり折れていた右足が黒く染まり、そして元の形へと修復されて行く。
その光景を見て俺はようやく納得が行った。
「邪気による修復……そういう事か。その身体能力も可動域のおかしさも膨大な邪気を利用しての強化だったって事か!」
どうやらその推察は正解だったらしく、野盗ギラルは更にこっちの神経を逆撫でするような嫌な笑みを浮かべた。
「ふん、それが分かったから何だ? 俺はあの女に変えられた未来から邪気の塊として呼び出された存在。そして邪気は負の感情を向ける相手がいればどこまでも強く作用してくれる。要するに俺が最も憎たらしいと思っているお前が相手であるなら、技術も策略も関係なくなぶり殺しにする事が可能ってワケだ!!」
野盗ギラルは得意げにそう言ってゲラゲラと笑う。
俺の今までの行動、策略、そして長い時間をかけて磨き続けて来た技術や力が、膨大な力を手にした自分には通用しない無意味なモノだと言いたいように。
俺に憎悪して増幅させた邪気で自分の体が壊れる事も厭わずに限界を超えたスピードを出し、可動域の限界すら無視して動き、そして破損しても邪気が自動的に修復してしまう。
恐らくこの分では奴は痛みすら感じていないのだろう。
確かに戦闘がズブの素人であろうとも、それならばこの強さも納得……そう思った時、俺は自然と笑っていた。
「ふ、ふふふ、あはははは…………」
「てめえ……何笑ってやがる」
そんな俺の反応に野盗ギラルは明らかに表情を不機嫌に歪めた。
圧倒的な力の差、まるで大津波に対する小舟の如く小手先の技術が一切通じない事への絶望を期待していたのだろう。
だけど、俺は逆に安心していたのだ。
コイツの強さが借りものである事に。
決して自分が積み上げて来た人生の全てが理由なく上回られたワケでは無い事に。
そしてコイツは、『予言書』でアッサリと殺されるハズだった野盗ギラルは……人の道を外れた外道に堕ちても、それでも所詮は俺であったという事に。
俺は一しきり笑うと『気配察知』の索敵範囲を最小限に絞り、五感の全てを皮一枚まで絞り込んだ索敵範囲のみに集中させる。
「なるほど、お前はお前で俺を否定したいってワケだ。正しいのは『予言書』の方、お前の方であって俺は間違っているってな」
「……てめえ」
俺の雰囲気が変わった事に警戒したのか、野盗ギラルは悪態を吐くのみでナイフを構えたまま動かない。
その構えも……酷く素人臭いモノで、その事が“ヤツの本音”を透けさせていた。
俺に最高に憎悪するからこそ、邪気を最大限に扱えると言うなら……。
「俺もお前を否定してやるよ……あの日、そのナイフを手放さなかった事が最大の間違いだったって事をなあ!!」