対峙する歴史に忘れられたハズの者たち
私事ですが5月1日より書籍発売中です!!
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
感想は酷評でも大歓迎です!! 宜しければご一読よろしくお願いいたします!!
魔法による別の場所への転移というのは初めての事じゃない。
それこそつい最近イリスに結界を超える為に『クロック・フェザー』を使って貰った事すらあったから、転移の魔法そのものに忌避感は別にない。
ただ、正直この魔法陣だけは出来れば生涯使う事はしたくなかったな。
最後に見たのが現国王ロドリゲスが黒い邪気の塊となった『精霊神』に引きずり込まれるところだからな……あの命乞いするオッサンの表情を思い出すと……ね。
……とはいえ使わないワケにも行かず、俺とカチーナは揃って精霊神像に触れて魔法陣を発動させると、一瞬の浮遊感を味わっただけで見知らぬ場所へと転移していた。
薄暗く魔力か何かの明かりのみが頼りのそこは、恐らくエレメンタル教会において関係者ですらも知らない最下層部。
かつて千年前に建国を隠れ蓑にして、燃え盛る憎悪を糧に古代亜人種の生き残りが世界を滅ぼさんと『三大禁忌』を元に邪神を生み出す為に邪気吸収装置を作り出した大本。
精霊神教において最高神となる『精霊神』として崇められてはいるものの、実は信仰の対象そのものが千年以上も邪気をため込んで来た忌地中の忌地。
意外な事に千年もたっているワリには壁も床も風化浸食した様子も無く綺麗なままで、以前城でのマルス君のあそび場であった『禁書庫』を思わせるような状態だった。
だが『意外に綺麗だな』なんて呑気に思えたのはその瞬間だけ、次の瞬間には急激な圧迫感と言うか威圧感、そして圧倒的な不快感に全身が押しつぶされそうな感覚に陥る。
全身から冷や汗が噴出して口がカラカラに乾いていく……。
「濃密に具現化した邪気は煙状や黒い塊になるものじゃないのか? 俺達には邪気なんて見る事も触る事も出来ないハズなのに、ここが濃密に邪気に満たされている事だけは肌で感じる」
「……気を抜くと何やら怒りや悲しみの感情に流されそうになります。さっきから戦場でも感じた事が無かったような殺気にも似た死の気配に吐き気が止まりませんよ」
「カチーナ頼みがあるんだけど……手を繋いで貰えるかな?」
「奇遇ですね。私も是非そうしたいと思っていたところです」
そんな事を言いつつ俺の手を握ってくれたかチーナの掌は強か汗ばんでいたが、こっちも間違いなく同じなので気にする事はない。
これが平時であれば、それこそ昨晩の鐘楼の上でと言うなら相当に色っぽい度胸のある申し出だっただろうが……生憎そう言った心情とは真逆からの言葉であるのは互いに理解していた。
生きている者の温もりを感じていたい……そうしないと今感じている圧倒的な不快感を伴う“何か”に抵抗できる気がしなかったから。
実際には大した距離ではないハズの通路を一歩踏み込むだけでも気力も体力も削られていく感覚で歩みを進め、視界が開けた瞬間に目に飛び込んで来たのは一種の聖堂のような空間。
しかし壇上の上に安置された祭壇のようなモノが邪気吸収装置の要である事、そしてその要が千年前からこの場所に精霊神として安置されていた古代亜人種の“眠れるアンデッド”である事を知っている俺たちにとっては神々しさなど微塵も感じる事は出来ない。
そして同時にこの場所が『予言書』で見た事のある『異界の勇者』タケルと『聖王』ヴァリスが相打ちとなった最終決戦の舞台でもある。
そんな場所に、元は野盗として惨めに真っ二つにされたハズの俺が代わりに足を踏み入れる事になるとはな……。
と、そんな事を思っていたのだが、俺は祭壇を前にして息を飲んだ。
ソレだけは『予言書』の様相とは全く違っていたから……。
「な、なんだこのミイラは!?」
邪気を千年に渡って吸収する依り代となる為に千年前に自ら目覚めぬアンデッドと化した古代亜人種にして聖王、マルス君の母親であるソレは『予言書』では特徴的な長い耳の美しいエルフの姿で安置されていたハズなのに……。
今前の前に横たわっているソレは千年と言う年月に相応しく、干からびて骨格すらも怪しくなるほど朽ち始めていて、かろうじて髪の毛は残っているものの特徴的な長い耳など見る影も無く、言われてもこのミイラが元が古代亜人種であったとは確信が持てない。
少なくとも、あの日和見国王が欲情したとはとても思えない……。
「おや、どうなさいましたか? 我が妹の美しさに驚愕しましたか?」
「!?」
「それとも……自らが知っていたハズの未来とは違う姿で、予定外の事に計画でも狂ったのでしょうか? 時の改編者、盗賊ギラルよ」
……いるのは分かっていた。
むしろコイツは俺をこの場に呼ぶためにこんな大げさな事態を引き起こしていたのだから、この場にいない方がおかしいのだ。
だけどこんな身を隠す場所も無いような所なのに、ただ佇んでいただけの人物に声をかけられた初めて気が付けた事に背筋が凍る。
俺は込み上げて来る不快感と緊張感を無理やり噛み殺して……何とか口角を上げて笑みを作る。
「ああ、一国の王様が我慢できなかった肢体を拝めるかと楽しみにしてたのにな」
「これは申し訳ない。私としましても、別に妹をこの様な姿にする意図は無かったのですが、依り代としてため込んで来た邪気を私に譲渡すると同時に……依り代の使命を手放し、さっさと取り込んだ魂ごと飛び去ってしまいました。魔核を失ったアンデッドはただの遺体……途端に千年の劣化が襲い掛かりそのように」
「つまり邪気を貴女に引き渡す事で、彼女は……」
カチーナが何とも言えない表情でそう言うと、アルテミアも似たような表情を浮かべ苦笑する。
「……私としては千年ぶりの再会。出来れば依り代の契約を続けたままでいて欲しかったのですがね。千年の年月は余りに長かったようで……もう邪気をため込む役を担わなくても良い、私という引き渡せる者が現れたというだけでアッサリとこの世の生を終えました」
見ている間にも風化し崩れていくミイラを見つめながら、アルテミアは目を伏せた。
「元々……邪気吸収装置の要は私が担う予定でした。しかし千年前に志を同じくする妹は私が千年の苦痛を味わう事を慮り、自らが依り代になったのですよ。その為にアンデッドと化し、あろう事か動く事の出来ないこの状態で汚らわしい人間に手籠めにされ……最後には自分が何者かも、私の事を唯一血を分けた姉妹である事すら忘れてしまっても役目を全うしてくれたのです。せめて最後はこの娘の自由にさせてやらねば……」
そう言いつつアルテミアが風化して行くミイラ、己の妹の遺体に手をかざすと、やがてミイラの周囲から黒いナニか……恐らく邪気の塊が湧きだして来てミイラを包み込んでいき……そして邪気の塊が無くなると同時にミイラも跡形も無く祭壇から消え失せていた。
せめて最後は希望通りに死なせてやる……そこには妹に対する姉からの感謝の念が感じられる。
「千年前に復讐を誓いあった姉妹の最後の別れに他人が立ち会うのは無粋であろうに……わざわざ俺たちが来るまで待たなくても良かったじゃないのか?」
「……台無しにしたこちらの計画、私と妹の千年を無為にしてくれた君に恨み言を吐く為にはこのくらいは見せつける必要があると思いましてね」
「俺は悪い事をした何て欠片も感じないけど?」
「でしょうね……短絡的に自分自身の為に事象を捻じ曲げ、我ら古代亜人種の悲願を、私たちの血の滲む千年を気分で壊すような小僧には……」
「はん、だったら人を利用したり三大禁忌なんぞ持ち出す事も考えないで手前の手だけで事を起こせば良かったじゃね~か。だったらこんなコソ泥が手を出す余地すらなかったってのにさ」
「本当に……この期に及んではそれが正しかったのだと切に思いますよ。憎らしい事に」
その言葉の一つ一つに俺に対する溢れんばかりの憎悪がこもっている。
妹を見送り全ての邪気を引き継いだ闇の聖女、いや古代亜人種にして復讐の権化であるアルテミアは元は人間すべてに、そして世界に対して向けていたハズの瞳をただ一人、俺に向けていた。
実にまあ……迷惑な事に。
以前見た事のある大聖女としての余裕のある表情など欠片もない、憎悪に満ちたその表情に背筋が凍ると同時に初めてアルテミアという人物の本音を見た気がした。
「復讐が我らの故郷を滅ぼした人間どもだけであるなら私もそうした事でしょう。しかし私も、当時志を同じくした妹も……それ以上に憎い存在がある事に気が付いてしまったのです。その存在をこの世から抹消する為には我が両手は余りにも小さく頼りなかった」
そう言うとアルテミアは両手を広げる。
まるで自分の手に納まる事無ない全て……この世の全てが自分が抹消するべき、憎悪する対象であるというかの如く。
なんとなくだが、そんな気はしていたけれども……。
「なあアンタ……何でアンタはそんなに世界が、精霊が憎いんだ?」
それは最早疑問ではない単純な質問だった。
古代亜人種、エルフと呼ばれる種族は元々自然と共存し自然と共に生きる存在であると言われていたハズ。
ゆえに精霊は彼らにとって最も身近な崇拝対象であり友であったはずなのだ、それこそ聖女たち精霊の寵愛を受ける特別な存在と同様に。
だというのにアルテミアから感じるのは明確な精霊への敵意……証明するかのように彼女自身が使っている力も精霊の力でもある魔力では無く負の感情たる邪気。
長らく『闇の魔力』として偽ってはいたものの、完全に魔力に対する拒否の念がある。
するとアルテミアは憎悪の瞳はそのままに、ニタリと笑って見せた。
「……よく分かりましたね、私が最も憎み最も消し去りたい存在が精霊などと言う間違ったモノたちを構成する世界そのものであるという事を」