閑話 もう会う事の無い親友へ
「はあ、はあ、ふふふ……こうなると、最早、互いに細かい事は出来そうにありませんね」
「く……ふふ、そうだね。全く、アタシ等の喧嘩は拙速過ぎていけない。もっと長く語っていたいのに、どっちも一撃必倒ばかりだから」
立ち上がり対峙する二人は互いに分かっていた。
次の立ち合いが最後になる事を。
“受”の名手であるシエルは要である右腕を、“捌”の名手であるリリーは体重移動の主軸たる脚を奪われ、どちらも動くのもやっとの状況。
それを分かった上でシエルは動かない右腕をダラリと下げたまま、残った左腕のみを腰だめに構えて全身を循環していた金剛光体化の光を左の拳のみに集中させる。
防御を一切捨てた一撃のみに賭けた構え……リリーはその親友の姿に応えるように、最後のミスリル製魔弾を指で弾くと狙撃杖に装填させる。
「勝っても負けても、これを最後に私は消えるでしょう。生涯最後の一撃……付き合って貰いますよ……魔導僧、いえポイズン・デッド、リリー!!」
「最期の勝ちもアタシが貰うぞ、我が生涯の腐れ縁……いたかもしれなかった『予言書』の光の聖女エリシエル!!」
最後の立ち合い……どちらが先に動いたかは分からないが、先手を取ったのはリリー。
瞬間的に真っ直ぐ接近するシエルが射程内に入るよりも先に、リリーの狙撃杖が火を噴いたのだから。
それはほんの数十センチの距離、超至近距離から発射されたのは貫通力にのみ特化した魔力充填120%の風の魔力弾。
スピード、パワーの全てにおいて達人であってもかわす事など不可能な攻撃であった。
しかしそんな弾丸をシエルは超速で接近しつつ、ギリギリでかわした。
「!?」
眉間に当たる、いや皮膚一枚当たった直後に微妙に首をいなす事で弾丸を滑らせたのだ。
それは紛れも無く“捌”の技法……ここに来て親友が自分の技を使った事にリリーは若干の動揺を見せた。
「貴女ばかりが並び立とうとしていたワケでは無い。私だって貴女と並び立つ為に必死だったのです!!」
バギン……
次の瞬間、まるでカウンターを喰らったかの如くリリーが構えていた狙撃杖が乾いた音を響かせ砕け散った。
最初から狙いはリリーの最大攻撃である弾丸を潰す事であったのだ。
そして愛杖を失ったリリーの低い身長よりも更に低く懐に潜り込んだシエルの追撃が、無防備になった顎へとヒットする。
鈍い音を立ててリリーの体は宙を舞う。
しかしこの時シエルが感じたのは勝利の確信ではなく手ごたえの違和感だった。
吹っ飛んだリリーに視線を向ければクリーンヒットしたかに思えた顎に差し込まれていた両手……ダメージは与えたものの威力は半減しただろう事は明らか。
瞬間的に思いついたワケでは無い……リリーは最初から自身の愛杖が破壊される事まで想定した上で防御する事を考えていた事は親友を知り尽くしたシエルには自明の事だった。
彼女も自分に応えるかのように、親友の得意分野の“受”を使った事は。
その事をちょっと気恥ずかしくも嬉しく思うシエルだったが、親友が宙に舞っても意識を失う事無く両手で“メイス”を振り下ろそうとしている事に……苦笑する。
最初にかわした弾丸……それは自分が最初からかわす事を想定していて、さっき手を離したメイスを弾き飛ばす為だったのだ。
「あ~あ……盤上の読み合いじゃ敵わないな~」
負傷し上がらなくなった右腕側を狙った一撃、生涯最後の喧嘩が敗北に終わった事をシエルはどこか満足気に受け止め……そこで意識が途絶えた。
・
・
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「う……あ?」
「……気が付いたかい?」
「リリー……?」
気が付いたその時、シエルは自分の状況が理解できなかった。
頭がクラクラとして、しばらくはとても立てそうにない自分が仰向けに倒れている事と、親友であるリリーが傷だらけの体で横に座っている。
と、そこまで理解が及んだところでシエルは自分の状況を理解した。
「……どのくらい落ちてました?」
「一分もないかな?」
「そう……ですか」
一分間の意識の消失、それは戦場を生業にする者にとって致命的な時間。
それだけの間無防備を晒したのなら、間違いなく自分が敗北したのだと納得が行く。
だが、そんなシエルの心中に去来するのは最後の勝負で負けた事に対する悔しさも無いでは無いが、それでも全力でぶつかり、そして全てを受け止めてくれた親友に対して想う事は感謝のみであった。
「まさか、リリーが最後に選んだのが“捌”ではなく“受”だったとは……私の物真似は相当に痛かったのではないですか?」
「痛いに決まってるでしょう……よくもまあアンタはこんな技を好き好んで極めたね。まったく、両手で受けたハズなのに両手共折れたじゃない。意地でババアのメイスを握ったけどしばらくフォークも持てないよ」
「あはは……私だって貴女みたいに紙一重のギリギリの見極めが必要な“捌”なんて防御術を多用する方が信じられないよ。失敗したら致命傷じゃないですか……もう二度と使いたく無いですよ」
「ふん……弾丸滑らす高等技術を披露しといてよく言うよ。そんな事を言いながら“いつかの為に”修行するんだろ?」
「お互い様です」
そう言って一しきり笑い合う二人……それは幼き日から共に過ごして来た彼女たちだけの聖域とも言える光景であった。
だがその聖域も残された時間が少ない事は二人が一番よく分かっていた。
満足げに笑うシエルの体が徐々に薄くなり、存在が希薄になって行く。
改変された『予言書』の聖魔女が存在する可能性、それが聖魔女自身が満足した事で終わりを迎えようとしているのだから。
「あ~あ、最後の喧嘩で負けちゃったか。本当にリリーは大事な勝敗は絶対に譲らないですよね。さすがは私の無二の親友です」
「バカたれ、妙な拘り持たずに自分に回復魔法使ってりゃ最後の一撃だって右腕使って貰わずに済んだろうに」
「まあ、それは私が背負った業に対する戒め……いや、単なる自己満足でしたから……」
聖魔女となった日より、自身に光属性魔法を使う事を禁じた彼女だったが、最後の最後まで親友との最後の勝負ですら攻撃、防御には使っても回復には絶対に使わなかった。
それは罪を背負い闇に堕ちた自分が癒される事などあってはならないという彼女なりの自己満足……ケジメであった。
「リリー、最後に手を……」
「良いのかい? 旦那に嫉妬されないかね?」
「ははは、大丈夫です。私の旦那様はそんなに狭量じゃありませんから」
「チッ……最後まで惚気やがって」
そんな冗談を交えつつリリーが消えつつあるシエルの手を握ると、温かな光の魔力がリリーの全身を包み込み……骨折して曲がったままだった左足も、さっきフォークも握れないと言っていた両腕の激痛もすべて元の状態へと戻って行く。
回復魔法、それは光属性魔法としてシエルが一番初めに覚えた魔法であり、二人が修練した時でも喧嘩した時でも負傷したら必ず最後に施して貰っていたという事をリリーは思い出して微笑んだ。
「最後の最後で使うのが他者の為の回復魔法とはね。やっぱりアンタに聖魔女は似合わなかったな。どこまでもシエルは聖女であり、アタシの親友でしかなかったみたいだ」
「ふふふ……そうね……」
そう呟いた『予言書』の、聖魔女を名乗り最後には『光の聖女』として柔らかく安らかな微笑みを浮かべたシエルは……そのままリリーの手を握ったまま虚空へ消えて行った。
最悪の未来の象徴、四魔将最後の一人であった『聖魔女』の消失はリリーにとっては喜ばしい事ではあるが……それでも彼女は握っていたハズの手の温もりが無くなった事に一筋の涙を流していた。
「おやすみ……もう会う事は無いシエル…………」
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