閑話 永遠なる刹那の語らい
先に動いたのはまたしてもシエル、黄金の光に包まれた彼女はさっきと同じように真正面から低い姿勢での突撃を開始。
しかし同じようでさっきよりも遥かに低い事にリリーはハッとする。
突進と共にメイスを振り上げる動作はさっきと同じ、しかし手にした得物の先端が見えず……“地面ごと”抉る形で振り上げられようとしているのだから。
『切っ先を水面に隠すって剣技は聞いた事あったけど!?』
リリーの捌の根本は己の小柄な体格と先読みした攻撃の方角を合わせる事で紙や布の如く衝撃を外部に素通りさせる事。
つまりは相手の攻撃を見切れて初めて可能な技術なのだ。
このままでは瓦礫ごと衝撃で吹っ飛ばされると読んだリリーは全身を脱力させてバックステップをしようと体重移動する。
しかしその読みが外れていた事に気が付くのが一瞬遅かった。
地面からの衝撃に備えようとした時には、地面にめり込んだメイスを握っていたシエルの姿は無く、柄だけが残っていたのだから。
「やば!?」
メイスから手を離したシエルは既に自分の後方へと動いていた。
その動きはさっきまでの雑でバレバレな突進とは打って変わった流麗な足さばき、基本に忠実で無駄のない拳はそのままリリーの脇腹へと吸い込まれる。
トン……
しかしそれは打撃とは言い難い軽く当てる、というか拳を置いただけの軽いモノでリリーは少々困惑するが、答え合わせの機会はすぐに訪れる。
ドゴ!!
次の瞬間、拳を置いた反対側へスルリと身をかわしたシエルの強烈な膝蹴りがまともに突き刺さった。
「ぐがあ!?」
この一連の流れを読み遅れたとは言えリリーも何も対処できなかったワケでは無く、しっかりと捌く事を念頭に体重移動をしていたのだが、その上で捌ききれなかった衝撃が彼女の体内で爆発する。
衝撃を逃がさせない為に別の緩く遅い衝撃を反対側から加えて置く……要するに打撃の挟み撃ちという事なのだが、そんな事を可能にする親友の格闘センスにリリーは今更ながら苦笑するしかない。
「……なんって常識はずれな攻撃だい!? まるっきり捌きの為の対処法、完全に対アタシの技じゃないかい!!」
ガガガガガガガガガ…………
更なる追撃を仕掛けようとするシエルに狙撃杖を近接用に変形させたリリーは、苦し紛れに魔弾の連射を発射するが、余裕で連射を受け、かわしたシエルは一歩距離を置いて走り回る。
「ったく、理由付けて実際には使わないって意地張ってたクセに鍛錬は怠らなかったってか? 既に死んじまったアタシ用の戦闘プラン何かを想定できるくらい」
「同僚だろうと親友だろうと、切磋琢磨を繰り返し共に高みを目指した最大の好敵手は人生において貴女一人でしたから。こうして実践する機会に恵まれた事だけに関してはアルテミアに感謝しなくてはならないのかもしれませんね」
「光栄だよ!!」
ダン!!
連射の合間でリリーは器用に狙撃杖を片手で回して近接用から遠距離狙撃用の長尺へと戻すと、そのままミスリル製魔力弾を打ち出した。
連射からの強力な弾丸の一撃、それはジャブからのストレートの如き流れであったがシエルは冷静に対処しようと走りつつも警戒し構える。
しかし魔力弾の狙い、着弾点はシエル本人ではなく足元であった。
着弾した瞬間に魔力弾に120%に充填されたリリーの火属性魔力が一気に解放される。
ド!!
解放された魔力は巨大な爆発を引き起こし、そのままシエルの足元を吹っ飛ばし無数の瓦礫が宙を舞う。
しかし、そんな強烈な爆発の爆心地にいるハズのシエルはと言うと、吹っ飛ばされる事も逃げる事も無く、身動き一つせず全身を大地に縫い付けたように踏ん張っていた。
相手の攻撃を真正面から受けたがる悪癖とは言え、だからこそ受け止められるように拘り鍛錬を積み重ねて来た彼女の防御力は想像を絶する。
拳一つで大岩を砕く脳筋格闘僧やメイス一つで大地に巨大なクレーターを作り出す脳筋大聖女と渡り合ってきた実績は伊達ではない。
しかしこうして足を止めてしまった事がリリーの策略の内である事は付き合いの長いシエルには自明の事、次に最強クラスの攻撃が来る事を想定しどこからでも受け止められるように光の魔力を更に高めて歯を食いしばる。
『さあ風でも火でも、貴女の最大攻撃で来なさい!』
が……そんなシエルの予想は半分当たりであり、半分外れていた。
何故なら本来狙撃手で“捌”の名手でもあるリリーは待ちの戦闘スタイルが常であるのにも関わらず、近接戦闘が主である自分の間合いに既に入り込んでいたのだから。
狙撃杖を棍棒として既に攻撃態勢に移っているリリーにシエルは驚きはするものの、自然と口角が上がる。
「貴女が真剣勝負で近接戦を挑むとは意外です!」
「そうかい? アタシもアンタも“受”と“捌”、違いはあれどどっちも待ちが主体の戦法だが『撲殺の餓狼』の弟子には違いない。こっちの方が性に合うのは仕方ないだろ!!」
「ふふ、その通りですね!!」
ガキリ!!
リリーの振り下ろしを両腕で受けた瞬間響く金属のような音、身体強化で硬質化させたシエルの腕には全くダメージが無いのはそれだけで分かるが、シエルが攻撃に転じるよりも前にリリーの姿はその場から消え失せる。
慌てて周囲を見渡したシエルであったが、リリーの動きに再び驚愕する。
舞い上がった周囲の瓦礫をまるで足場にするかのように縦横無尽に飛び回り、まるで稲妻の如く襲い掛かって来たのだから。
「こ、この動きは!?」
「アタシだって修業は欠かしてないって事、仲間の十八番をパクれるくらいには……な!」
ドドドドドド!!
それは狙撃杖の連射よりも激しく強い打撃の連続。
瓦礫が宙に舞っている時間など精々数秒といったところなのに、その瓦礫を足場に行きつく暇も無く腰の入った突きが四方八方から襲い掛かって来る。
“受”の名手であるシエルであってもその激しさに全てを受けきる事は出来ず、徐々に急所に食らい始める。
それは紛れも無く共犯者であるカチーナが得意とする“全てを足場に腰の入った攻撃をする”という動きであった。
「うぐ!? なん……て鋭く重い攻撃。地に足が付いていないにも関わらず大地を踏みしめているかのような腰の入った突き」
「妹が出来て姉が出来ないじゃ、格好付かないからさ!!」
最近カチーナに妹分イリスが師事する事で体得し始めた技術だが、妹が出来るのであれば自分も出来なくてはいけないとでも言うかのようにリリーは笑って見せる。
リリーにとってそれはどうしようもない程の本音であり、悪く言えばジレンマでもある。
才能ある者たちの中にいて、色々とハンデのあったリリーは常に自らの長所を探し、創意工夫を繰り返して強くなる事を繰り返して来たが、当然それは口で言う程簡単な事ではない。
魔力でも体格でも才能と言うのは残酷な現実であり、リリーが必死に修練して考え抜いて少しでも前に進めたかと思えば、同じ時間かもしくはそれより遥かに短い時間で才ある者たちは鼻歌交じりに追い抜き突き放していく。
リリーにとって聖職者時代は周囲にシエルやロンメル、そして大聖女と言った規格外の存在がいるのが常だった。
そんな中で最近では自分と同類と思っていた妹分が『時空魔法』などと言う未知の才能を開花させたのだから姉としては焦らざるを得ない。
しかし焦りはあっても妬む事はない……何故なら今の彼女にはとても共感できる同志がいるのだから。
過酷な運命に翻弄されつつも、自らの長所も短所も理解した上で思考に思考を重ねて、足りない時には仲間を、時には敵ですらも利用し技術を磨き、道具を使い、策略を立てて話術も駆使し努力に努力を積み重ねて目的の為にあがき続ける仲間たちが。
それは聖職者時代には得る事が叶わなかった形の仲間意識とも言えた。
だからこそリリーは足掻ける。
妹に超えられないように、親友の隣に並び立つ為に、そして闇に堕ちた聖魔女を終わらせる為に……。
「カチーナ、ギラル! 悪いが借りるよ!!」
舞い上がった瓦礫を足場にしていたリリーだったが、重量ある瓦礫が宙に舞っている時間など刹那の一時、当たり前のように重力に引かれ地面に落下し始める。
シエルは頭上から降り注ぐ瓦礫は障害物でしか無く、再びリリーが距離を詰める為にはかわすか立ち止まるかの動きを取るハズだと予想したのだが……今度も彼女の予想とは裏腹にリリーは今まで見せた事のない動きで、瓦礫の雨の中立ち止まる事無く“一直線に”距離を詰める。
「この状況で直線に!?」
全身を駆使して最小の動きで瓦礫をかわすだけでは無く、空間の僅かな隙間に体を滑り込ませるようにアクロバットに飛び跳ね前進するというパルクールの動き。
それはまさしく『ワーストデッド』リーダー盗賊ギラルが得意とするモノ。
そしてシエルにとっては予想外な接近により易々と懐に入り込んだリリーはと言うと、手元で狙撃杖を背後に向けると、そのままミスリル製魔弾に封じ込めた風属性魔力をぶっ放した。
ボッ!!「くらいな!!」
「ギ!?」
後方で起こった爆発的な暴風に吹っ飛ばされたリリーの膝蹴りを喰らったシエルの防御は中途半端となり、『金剛光体化』で身体強化されているにも関わらず受けた右腕だけでは無く脇腹からも“ゴキッ”という鈍い音が聞こえた。
それは魔弾による爆風で自身を砲弾としたリリーの膝蹴りはシエルの右腕とあばら骨を砕いた証拠であった。
だが、苦悶の表情を浮かべつつも戦意の消えないシエルの目と、ほぼ隙間など無い耐性なのに残った左腕の拳が突き刺した自分の膝にトンと当てられたのを確認して、それだけで直感的に思ったのだ……ヤバイと。
ドン!!
そんな鈍い音とと共にリリーは派手に吹っ飛ばされたて、そのまま聖堂の床に激突した。
反撃を喰らった、そんな事は分かっていたのだがリリーは即立ち上がろうとして左足が全く機能していない事に気が付き、そのまま転倒してしまう。
普段は軽やかに動いてくれるはずの左足があらぬ方向を向いている事に気が付いた瞬間、途轍もない激痛が走り始める。
一撃……それは捌も使えない程の至近距離からのたった一発で足を折られた事を自覚せざるを得なかった。
とは言えシエルも今の一撃で相当に消耗したのは間違いなく、焦点の定まらない視線のまま、左腕で右脇を抑えつつ苦悶の吐息を漏らしていた。
「ガハ! ハア、ハア、ハア…………」
「ギ……ギギギ…………クソ~こんだけ重ねても……アンタとっちゃ一発かい。技封印していたクセに…………あの頃は使えなかった寸勁すら体得して……やがるとは」
「ハア、ハア……そう言わないで……下さい。金剛光体化の上から……右腕とあばらまで持って行っておいて…………」
そんな事を言いつつ息を切らせ口から血を流すシエルも、こちらも頭部から流血し激痛に耐えつつ狙撃杖を支えに右足だけで何とか立ち上がったリリーも…………どちらも笑顔だった。
カクヨムネクストにて新作連載始めました。
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
https://kakuyomu.jp/works/16818093091673799992
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
宜しければご一読よろしくお願いいたします!!