閑話 最後の喧嘩を始めよう
ドガガガガ……
外から僅かに入る光のみに照らされた薄暗い聖堂。
普段であれば敬虔な精霊神教信者たちが厳かに祈りを捧げる静寂に包まれた場所であるというのに、今日に限っては似つかわしくない破壊音が響き渡る。
参拝者たち用のベンチが一気に吹っ飛び砕け散って行く……吹っ飛ばされたリリーの小さな体によって。
「ぐう……容赦ないね。アンタはアタシが死んだからこそ闇堕ちしたんじゃなかったっけか? 今の一撃だけでも一般人なら余裕で死ねると思うけど?」
「そんな一撃を貰っておいてそのような悪態を吐ける人が何を言いますか。それに私の親友がこの程度でどうにかなるハズもないと信じていますし」
「や~れやれ……信頼が重いっての」
破壊されたベンチから何事も無く起き上がるリリーに聖魔女エリシエルは笑顔を見せる。
元聖職者同士、親友同士の戦いは非常に激しくかつ暴力的であるにも関わらず、どこか清々しさのようなものがあった。
そんな中、聖魔女シエルは何かに気が付いたように聖堂の外に視線を向けると驚きの表情を浮かべた。
「あ……」
「? どうした~シエル」
「え……いえ、凄いですね。たった今私たちアルテミアが呼び出した手勢、言うなれば“新四魔将”とでもいうべき邪闘士たちが私以外全て倒されたようです。聖尚書ホロウも含めて」
シエルの情報にリリーは仲間たちが勝利した事にどこかホッとし、そして“まぁ当然だろうな”という心境になっていた。
「ま、当然だろうな。アタシも含めて最悪な未来を盗まれたヤツ等は大勢いたからね。いや仲間だけじゃない、元は敵だったヤツも気に入らないヤツも『予言書』の改編の為に誰であっても利用しつくすワースト・デッドに関わっちまっているから……新四魔将がどれだけ強くても個人個人で太刀打ちできるもんじゃないだろうさ」
「信じているのですねリリー、今の仲間たちを……少々妬けます」
「アタシは“今の”シエルの事も心から信じているけどね?」
そう言ってリリーは再び狙撃杖を両手に棍棒のように構え、呼応するように聖魔女シエルも手にしたメイスを両手で正眼に構えた。
「……思えば組手は星の数ほどやったけど、本気の本気で喧嘩するのは“あの時”以来になるのかな?」
「そう……ですね。私にとってあれは最も恥ずべき過去ですが……」
それは青春の一幕……幼き日から孤児院の同期として支え合い、時には助け合い、時には喧嘩して同じ時間を共に過ごして来たリリーとシエルだったが、ある時期から徐々に差が開き始める。
それは光の精霊の寵愛を受け聖女としての才覚を発揮し始めたシエルに比べて、リリーは魔力を所持していても魔法として発現させる事が困難である事で生まれ始めた。
大聖女ジャンダルムという共通の師の下で体術を学んでいた二人であったが、この生まれ始めた差にリリーは“シエルの隣に立てなくなる”と焦り悩み、藻掻き苦しんで……それでも開き続ける実力に絶望しかけていて、後にその苦悩は『狙撃杖』との出会いで解消される事になるのだが、その頃のリリーは出口の見えない霧の中を彷徨う如く情緒不安定だったのだ。
そんな時、苦悩する親友の姿を見ていられなくなったシエルは優しさのつもりで言ってはいけない失言をしてしまったのだった。
『無理に私と一緒にいなくても良い』と……。
それは優しさの他に実力が伴わなければリリーが危険な目に遭ってしまうという恐怖もあったのだが、親友と共に戦う為に苦悩していたリリーにとってその言葉は逆鱗以外の何物でもなかったのだ。
結果始まったのは何時ものじゃれ合いではない本気の大ゲンカ……。
「結果は私の負けでしたね。ロクに魔法も使えない、今のように狙撃杖の恩恵すらないというのに……光属性魔法の恩恵も得ていたというのに私は最後の最後で」
「ふ……アレを勝ちって言って良いのかな? しつこく食い下がるアタシを殺してしまうかもしれない恐怖に駆られ慄いたアンタの隙を付けただけだったし」
「光属性魔法での身体強化すら使える自分なら本気でやれば勝てるという驕りがあったのは事実です。最後の最後で締め落とされる段になって思い知りましたよ……私は覚悟の上でリリーに最初から負けていた事を」
聖魔女シエルは懐かしそうにそう言うとクスリと笑った。
「あれからでしたね。私という自分勝手な聖女が誤った道に進んだ時、私を止めてくれるのはリリーしかいないと勝手な信頼を持つようになったのは」
「……ゴメン、そっちでは妹にやらせる羽目になっちまって」
「いいえ……」
そう呟いた次の瞬間、聖魔女シエルは背の低いリリーよりもさらに姿勢を低く、懐に踏み込む。
「こうして形も時も違えど、私の最後の願いに付き合ってくれるのですから!」
「!?」
ドン!
そしてそのまま振り上げられた巨大なメイスが直撃、小柄なリリーの体はそのまま聖堂の天井に向かってフッ飛ばされる。
しかし聖魔女の攻撃はそれだけで終わらない。
更に追撃とばかりに吹っ飛ばされたリリーよりも早く飛び上がると、そのまま迎え撃つ形でメイスを振り下ろた。
ボ!! 「うぐ!?」
そしてまたしても直撃を喰らったリリーは息を漏らして地面に叩きつけられる……かと思われたが、まだ追撃は終わっておらず……既に下で待ち受ける形で聖魔女は先回りし、落下してきたリリーにメイスを振り上げる。
容赦のない三連撃、一撃でも易々と大岩すら砕く聖魔女の猛攻に成すすべなく、その小さな体を砕かれて終わる……仮にこの場に観客がいたならそう思われたかもしれない。
トン……
だが、致命の一撃とすら思えた打撃音は鈍くも激しくも無かった。
猛攻を受けて吹っ飛んだハズのリリーは何の支障も無い様子で……振り上げられたメイスの先端に乗ったのだから。
「確かに……予言書だろうと何だろうと、引導を渡すのはアタシが請け負わなくちゃいけないよな……シエル!!」
ダン!!
「く!?」
そしてカウンター気味に放たれた風属性魔力封入ミスリル弾。
貫通力では無く広範囲、拳大くらいの魔力の弾丸を聖魔女シエルはかわし切る事が出来ずに脇腹をしたたか抉り取った。
しかし血が滲み相当な激痛が伴うはずなのに、聖魔女は嬉しそうに笑った。
「さすが……大聖女ジャンダルムの弟子の中で“捌”に関しては師匠に次ぐとまで言われた魔導僧リリー。派手に吹っ飛んだように見えて手ごたえが一切ないどころかカウンターを狙うとは」
「……アタシにはソレしか無かったからソレを極めただけの事。逆に“受”で同じようにバアさんに次ぐと言われたアンタは随分防御が下手になったな」
「私の場合は個人的な趣味がありましたから……」
「体格にも魔法にも恵まれなかったアタシとしては“捌”と“受”を極める大聖女の全てを受け継げるアンタの魔力と格闘センスに忸怩たる想いだったのにな」
「はは……随分と大聖女様にも貴女にも叱られましたね」
そう言って笑う聖魔女の姿に、リリーは胸が締め付けられる想いだった。
攻撃の威力は確かに高い、だというのに防御がおざなりになっているようにすら思える聖魔女としての彼女の戦い方に見当がついてしまったから。
「四魔将として邪気を扱う事が出来るようになりましたが、どうしても邪気は光属性魔法とは相性が悪いようで……このような戦闘スタイルに」
「この期に及んでそんな嘘はアタシには通じないよ……シエル。アタシが何年アンタみたいな厄介な聖女と一緒にいたと思ってるのさ」
「…………」
「自身が闇に堕ちようとも、自分が血で、罪で汚れようとも……最後の最後まで光属性魔法を自分自身の回復や戦いには使わず、そして防御を含めた戦闘技術を封じた理由なんてたった一つ。もう一人の親友光の精霊レイと師匠の技を汚したくなかったから……だろ?」
攻撃力はあっても突っ込んで振り回すだけのスタイルに、反撃されても構わない自分が負傷する事も厭わない“いつ死んでも良い”という自暴自棄がそこにはあった。
そしてそこには……彼女なりの自分の罪業へと想いも。
「ふふ……やはり貴女は私にとって最も厄介な親友です。そんな事すらも隠し事が出来ないのですから」
「お互い様だろ? 本来憎悪の感情で戦う事自体がアンタには似合わないんだから」
「そうですね~実は私の存在が希薄になるのと同様に邪気も相当薄まって行ってます。当然ですよね……周囲に膨大な邪気が漂っていても邪気は負の感情のエネルギー、私はリリーに対して憎悪も恨みの感情も欠片すらありませんから」
「なら……そんな似合わない名前、捨てちまえ。最後なんだから」
「…………え?」
そう言うとリリーは残った3発のミスリル弾を取り出して魔力を込めるべく握りしめる。
至ったかもしれない、もう存在すら希薄になり始めた聖魔女エリシエルを全力で迎え撃つために。
「アタシらにとって最期の喧嘩だぞ。そんな中途半端な状態で終わらせる気か?」
「…………え?」
「最期の戦いで共に戦ってやらない気か? アタシには精霊なんて見えも感じもしないが、それでも親友想う気持ち……レイの気持ちは分かるつもりだぞ。まさかアタシとの最後の喧嘩まで罪深い汚れになるとでも言うつもりかい!!」
「!?」
それは邪気を失いかけ自らの力にも技にも制限を設けていた聖魔女に対しては、あまりにも愚かな物言いであった。
自らが有利な状況なのにも関わらず、理由を付けて“全力で戦え”と言うのだから。
しかしその親友の言葉に聖魔女は全身が震えた……そうなのだ、そうやっていつも何だかんだ真っ直ぐに自分の本音を引きずり出し、受け止めてくれていたのが彼女なのだと。
震えと共に込み上げて来る熱い想い……最早存在すら希薄になって消えゆくだけのハズの自分に久方ぶりに光の魔力が循環し輝きを放ち始める。
聖魔女を名乗ったあの日、聖女の名を捨てたあの日に二度と自らの体に使う事は無いと誓った懐かしい友の力がシエルの全身を満たして行く。
そして黄金色の光を纏い、身体強化を終えたシエルは涙をぬぐい……構える。
「散々人の事を脳筋呼ばわりしていたクセに……ほんと、どっちが脳筋なのですか」
「脳筋の行動に付き合ってきた者が脳筋じゃないワケがないでしょうよ。さあ全力で最後の喧嘩と行こうかい……光の聖女エリシエル!!」
カクヨムネクストにて新作連載始めました。
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
https://kakuyomu.jp/works/16818093091673799992
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
宜しければご一読よろしくお願いいたします!!