閑話 聖尚書の望み
気配も魔力も、そして生命すらも感じさせない者たちによる戦いは実に静かに始まる。
しかし静かだからと言って遅いワケでは断じてない、まるで水が流れるかの如きユラユラとした動きは、他者から見れば本当に目の前で繰り広げられているのかも曖昧……なのに気が付けは目の前だけでなく気が付けば遠くなったり近くなったり、果ては背後にいたりと訳の分からない幽霊同士の戦いとしか表現のしようが無い。
そのくらい調査兵団団長クラス同士の戦いは異様であり流麗であり……どこまでも気味が悪い。
周囲でアンデットなどと戦闘を繰り返す『ミミズク』も『テンソ』も職業柄表情を変える事は無いのだが、一様に思っていた……『『『『あっちじゃなくて良かった』』』』と。
「ほほう……曲がりなりにも歴代の団員の中で最も長く私に付いてこれた直弟子なだけはありますね。負傷した私を補う程度には読み合えるようで」
「そうでしょう? 聖尚書もそうだったでしょうが、今期の団において自分の後継程度には考えていましたからね……」
「チッ……はっきり“補う程度”など評価しといて」
聖尚書対団長2人という、両者共に気配を断った戦いは激しい攻撃は無くほとんどが動きの読み合いを続ける心理戦のようなモノ。
どちらもが致命の一撃を与える為の最適な位置取りを画策して動き、失敗しては相手の致命の一撃を外し再び狙う事の繰り返し。
さっきまでは不可視な邪気の刃によるアドバンテージが聖尚書側にあった事で団長ホロウが足を負傷し均衡が崩れていたのだが、ジルバが参戦した事でその均衡が再び保たれる。
負傷して僅かに動きの鈍った右側を狙うと絶妙なタイミングでジルバがフォローに回り、その間に団長ホロウは攻撃に転ずる事が出来る。
実は口で言う程どちらのホロウもジルバの存在を“補う程度”などと軽く思ってはいなかった。
そしてだからこそ、聖尚書ホロウはまた新たに不可視の刃を発現させる。
短槍の穂先を僅かに伸ばした黒い刃とは別に、何も無かったハズの右膝にナイフ程度の黒い刃を……。
ズ……
「む?」
「まったく……年甲斐も無くまた新たに嫉妬してしまいますよ。自分の不足を補えるという事は私たちの本当の望みを叶える可能性があるという事なのですから」
「……ホロウ!?」
予想外な二本目の邪気の刃は、気が付いた時には流れるようにホロウの負傷していた足の逆、左の大腿部付近に押し込まれていた。
慌ててジルバが追撃するも、既に聖尚書は間合いから脱して届かない。
「おっとお? これはマズイですね。痛みはともかく物理的に足が止められてしまいました。ふ~む、さっきの私が未来に持ち得た邪気は短槍の穂先程度と口したのは我が事ながら嘘はないと思っていましたが……」
「嘘は無かったですよ? ほんの少し現在の自分に新たな嫉妬が芽生えたから新たな邪気が生み出せただけの事。ホロウと言う存在だけで言わせれば聖尚書が最強と言っても間違ってはいないかと」
「まあ、その通りですね。恐らく私の限界はそこなのでしょう」
その会話は負傷した側もさせた側もどちらもが自分の事のハズなのに、どちらもがどこまでも他人事のような、喜びも悲しみも感じないどうでも良いような他人事の口調。
両足を負傷し動きを止められたホロウも、嫉妬したと言いつつ邪気の刃で更なる追撃を行おうとするホロウも、どちらもが自分自身の事には一切興味が無かった。
一端脱した間合いを流れる動きで再び踏み込み、無駄のない刺突を心臓目掛けて突き入れる聖尚書ホロウが興味を持っていたのはただ一つだけ。
ガキリ……
そしてそんな彼の期待に応えるかのように、無駄のない刺突は阻まれる……興味を持ち、現在の自身に嫉妬する原因でもある直弟子によって。
「この場面においてもしっかりと私の動きに付いてこれますか。つくづく聖尚書の直弟子もこうあってくれたらと悔やまれます」
そんな自嘲の言葉を口にする聖尚書の一撃を辛うじて受け止めたジルバだったが、予言書の師の言葉に思わず苦笑いが浮かぶ。
「残念だがな未来の師よ。そのように比べて貰えるほどこっちの直弟子だってそっちより優秀なワケじゃないと思うぞ。何せ作戦完遂の為に己が技術のみならず、最も気に喰わない敵の術すらパクらないとならない程度なのでな…………舞え、テンソよ!!」
「!?」
ぶわ!!
唐突なジルバの号令に、周囲で魔物たちの掃討をしていた彼の部下たち調査兵団『テンソ』の連中が一斉に聖堂前広場から建物の屋根へと飛び上がった。
そして連中が手にした無数の“糸”を引っ張った瞬間、聖堂前広場は縦横無尽に張り巡らされた文字通り“糸の結界”に包まれる。
その意図は地上で蠢くアンデットも邪気の魔物も、果ては調査兵団『ミミズク』の連中さえも囲みこんでしまった。
違いと言えば下手に動けば絡め取られると判断できる『ミミズク』たちは不用意に動く事をしないが、その辺の知能が乏しい魔物たちは次々と大量の糸に絡めとられて身動きを取れなくなって行く。
「「「「「「「アアアアアアアアアアアア」」」」」」」」
ギチギチギチ……
もがくアンデットの叫びと巨大虫型の耳障りな関節の音が聞こえる中、糸の結界の中心で薄く笑う二人のホロウと複雑な顔のジルバは動きを止めて対峙する。
言うまでも無くコレはジルバにとって怨敵でアリ恐怖の対象でもある盗賊ギラルの十八番……彼にとってこの戦法は屈辱でしかないはずなのに。
「……どんだけ気に入らない野郎の力だろうが知恵だろうが、使えるなら使う。多少は頭を柔らかくしないと師を超える事は出来そうにないのでな」
「…………なるほど」
それだけの会話で再び互いが流れるような動きで戦闘を再開するが、ここまで物理的縦横無尽に張り巡らされた糸の結界の中での戦闘となると、やはりどれほどの達人であろうと動きは制限される。
ゆらゆらと、アイディア元であるギラルなら張り巡らせた糸に乗ってアクロバットな戦法を取るのだがホロウもジルバもそんな方法は取らずに張り巡らされた糸に一切触れないように動き、そして互いが互いの死角を狙う読み合いが再開される。
しかしさっきとは違って障害物がある分、どちらの動きにも制限がかかって逆に足の動きよりも手数の方が増え始める。
糸越しに、糸に絡まり動けなくなった魔物を目くらましに互いの切っ先が互いの体を徐々に削り始める。
徐々に切り傷が増えていく……どちらのホロウにとっても珍しい光景だというのに、自分の体がドンドン傷ついていくと言うとに、ホロウは笑っていた。
いつも通りの胡散臭い笑顔を崩す事無く。
「見事なモノです。聖尚書、いえホロウと名乗った日よりここまで私と競り合ってくれたのは貴方だけでした」
「こっちとしてはどうあっても追いつけないアンタにこそ本気出して国を率いて貰いたかったんだがな……どうやらそいつは甘えでしかないらしくてね。甚だ気に入らないが、二回りは下のガキに“てめーでやれ”と吐き捨てられて羞恥を感じぬ程、年も食ってなかったらしい」
そう言い剣を構えたジルバの目にはある種の決意が満ちていた。
「未だにどこか納得いかないし、不本意なのも否めんがな……それでも、どうやら俺は師よ、アンタを超える義務があるみたいなのでな!」
「…………」
そして次の瞬間、糸を全く揺らす事無く踏み込んだジルバ……の背後に回った聖尚書ホロウの邪気の刃がジルバの心臓目掛けて突き出された。
それはまさに刹那の出来事、直弟子とは言え身体能力という上ではまだまだホロウの域には達していなかったジルバでは確実に致命の一撃となるハズだった。
その瞬間にジルバの背後にピッタリとくっ付いて、一人の動きとして同時に動いていた団長ホロウさえいなかったら……。
魔蜘蛛糸が師弟の胴を結び付けているのを見て、聖尚書は目を見開いた。
「まさか、魔蜘蛛糸の結界は“これ”を隠す為の囮……」
「最も信用できる剣に背後を守らせる……これすらもあの盗賊のパクリだと思うと甚だ遺憾だがな!」
「気に入らなくても嫌いであっても、ワースト・デッドの影響は大きいようですね。策略だけではない、師を超える意志に達する辺りも……」
突き出された短槍を両手で捕まえた瞬間……どちらのホロウもいつもと違う、胡散臭さのない晴れやかな表情を浮かべた。
そして……その一瞬でも動きを止めた聖尚書の胸に、団長ホロウの背後からマントを突き破り脇下から突き出された剣が音も無く突き刺された。
「お、おお……、これは……お見事と言うべきなのでしょうね……過去の私よ」
「その様ですね未来の私よ。とうとう私たちは超えられてしまったようです」
突き刺された聖尚書ホロウは口から一筋の血を流すが、やがて全身が本物の幽霊の如く薄くなり始め……そして消失して行く。
それはそれは、満足そうな笑顔で。
「これで“私”の未来は終わりのようですね。手向けが初めて弟子に超えられた栄誉なのですから、悪い気分ではありませんがね」
「……こちらとしては私の方が邪気を扱えるのではと思える気分ですよ、聖尚書」
反対に生き残った側であるハズの団長ホロウの表情は……こちらも珍しい事に笑顔ではない不満げなモノであった。
カクヨムネクストにて新作連載始めました。
『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』
https://kakuyomu.jp/works/16818093091673799992
宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!
宜しければご一読よろしくお願いいたします!!