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神様の予言書  作者: 語部マサユキ
最悪を盗んだ盗賊
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閑話 二人の師匠

 ギラル達が突入して行った後のエレメンタル教会聖堂前の広場では未だに邪気に操られた魔物たちと、ホロウ団長率いる調査兵団『ミミズク』の連中の戦いが続いていた。

 そんな黒対黒の戦いも時間がたつにつれて回復の出来ないアンデッドの数は着実に減り続けていたのだが、逆に邪気により巨大化した虫や小動物の魔物たちは豊富な邪気により回復を繰り返し、減るどころかむしろ増え続けている。

 しかし多勢に無勢、じり貧に陥りつつもそこはさすがにホロウと言う化物が作り上げた先頭集団であり、広場の敷地内で的確な陣を敷いて類まれなる技術とチームワークを駆使して絶対に個人が孤立しないよう立ち回り“倒されない”事を最重要にしている。

 長期戦になっても『ミミズク』の中から脱落者が出ていない事こそが彼らの優秀さの証明ともなっていた。

 そんな戦いを繰り広げる彼らとは裏腹に、別次元の戦いを繰り広げているホロウの方はと言うと……戦闘開始から今まで全く休憩を取る事などなく動き回っている。

 それはとても奇妙な光景で、乱戦を繰り広げる魔物や『ミミズク』の戦いの最中に敷地内のあらゆる場所に現れては消え、現れては消えを繰り返しているのだ。

 いつもと同じように目で見えてはいても気配は全く感じない、気が付けば映像として見えているのにそこに入るのか分からない。

 それだけなら『ミミズク』にとって珍しくも無い何時もの団長の振る舞いであるが、今回はそんな団長と同じように一緒になって動き回る同じ顔を持った者、“もう一人のホロウ団長”がいるのだから、『ミミズク』の連中にとっては不気味以外の何物でもない。

 そしてもう一つ『ミミズク』の面々にとって信じがたい現象も起こっていた。

 自分たちにとって絶対的な強者であるハズの団長の方が一方的に傷を付けられて行っているという異常事態が。

 見えているのかいないのか分からない、幽霊のようなホロウ団長の姿が目に留まる度に徐々にだが確実に血に塗れ、負傷して行くのだ。

 しかし性質上表情に出さずに驚愕する『ミミズク』たちに対して、当の本人は特に気にした様子も無く戦いを続けていた。


「ふむ、ここまで一方的に傷を負わされるのも随分と久しぶりですね。これが若者であるなら成長を喜ぶところですが、相手が数年後の自分となると複雑な想いですよ」

「それは申し訳ないですね。僅か数年であっても経験の差というモノがあるのでしょうか」


 共に黒い装束なのは変わらず、結局は同じ人物なので何の違いも無ければどちらが団長でどちらが『聖尚書』なのか判断が付かないのだが、皮肉な事に血に塗れてボロボロな方が団長である印になっていた。

 とは言え動きそのものはどちらも拮抗しているし、手にした得物も同じ手下で取り廻しやすい短槍……本来ならここまで一方的な事になるハズはない。

 しかし明確な違いを団長のホロウは既に見抜いていた。

『聖尚書』の自分が見えない刃を手にしている事を……。


「経験の差、と言うか明確な能力の差でしょう。まさか私が“その力”を手に出来るほどに、まだ人間的感情を持ち合わせていた事が驚きですが」

「これでも四魔将を名乗らせていただいていましたのでね。まあ『聖騎士』『聖魔女』『聖王』など血気盛んな若人たちと違い、感情の枯れた私が手に出来た力など精々ナイフ程度の刃程度ですがね」


 そう言って同じ笑顔を浮かべたまま『聖尚書』は手にした短槍の刃先に40~50センチに満たない黒い刃を具現化させて見せる。


「彼らのように邪気の恩恵を受けても邪闘士には至れず、せいぜいこの程度の邪気を扱えた程度で四魔将などと名乗っているのはいささか気恥ずかしいところですが」

「ご謙遜を……私自身、自分の実力はよく知っているつもりです。その武器一つで『聖尚書』を名乗れる実力があったという事なのでしょう?」


 それは紛れも無く邪気が具現化したモノであり、意図的に具現化されたからこそ見えたが逆に意図しなければ邪気は能力者以外には見る事が出来ない。

 要するにホロウは自分と同様の気配も殺気も感じない体術を身に付けた者が出し入れ自由な武器を振り回している……そんな圧倒的に不利な状況に陥っていたのだった。


「私の、いえ“私たち”の戦いは全ての力を静とする事。筋力、魔力、気力の全てを静寂に落とし気配の全てを無に限りなく近づける。故に動の際たる攻撃は最低限……まあ必殺の一撃に威力など然程必要ではありませんから、自分の限界はここまでだと思っていたのですが、まだまだそのような可能性が残っていたとは驚きです」


 時間としてはせいぜい『予言書』のホロウはせいぜい数年後の自分の姿なのだが、長い年月を生きてほぼ自分の限界を極めていた団長ホロウは素直に驚いていた。

 しかし『聖尚書』ホロウは皮肉めいた笑みを浮かべる。


「ふふ、何を言われますか。邪気とは負の感情の発露だと申したでしょう? ほぼ至らない未来に消える事が確定している私からすれば、こっちは邪気こんなものしか手に出来なかったというのに貴方は私が手に出来なかった未来を手にしている。多少の嫉妬はんそくくらいは大目に見ていただきたいものです」


 そんな事を言う消えゆく未来じぶんが意図する事が何なのか、ホロウは自分だからこそ理解できてしまい……相も変わらない胡散臭い笑みを浮かべた。


「なるほど、確かにそれを出されるとあまり非難は出来ません。私としては運が良かっただけ、運よく風変りの盗賊に出会い偶然“最悪の未来”とやらを盗まれた結果ですから。自分の未来……の愚痴くらい付き合わねば薄情ですね」

「そういう事です……八つ当たりくらい付き合って下さい。自分自身なのですから」


 人の世を影から見守り、次代へと受け継がせ自らは人知れず表舞台から消えるつもりだったのは団長いま聖尚書みらいも変わらない。

 だというのにたった一つの違いだけで、たった一つの出会いだけで両者の運命は余りにも違うものとなった。

 団長は長年の確執であった弟子との蟠りが一先ず決着を迎え、滅びの時を迎える事なく今まさに人々を陰から守る為に仲間たちと戦っている。

 対して聖尚書は決定的な滅びを迎え、全てを失い全てを背負わされ、残ったモノは手にしたのは細い邪気の刃のみ。

 その最後に手にした邪気しっとの刃を手に、幽霊の如く見えているのか見えていないのか分からないユラユラとした動きで『聖尚書』はすでに『団長』の間合いに入り込んでいた。


「…………む」

「幾ら私でもこれほど負傷を繰り返しては若干動きに精彩を欠く。同じホロウ同士ならこの差がどう影響するか……分かりますよね?」


 ズ……

 咄嗟に急所を守ろうとした団長だったが右足太ももに黒い刃が突き立った瞬間、珍しく表情を歪めた。

 それは激痛に歪めたというよりは性能が落ちた事に対する不快感のようで、苦痛を訴えるでも汗一つ流す事も無いホロウらしい反応とも言えるが、いずれにしろ不利さが更にましたのは言うまでもない。


「……ここ最近、私も負傷や負けが多くなって来た気がします。寄る年波というヤツでしょうかね? これが自分より若輩からの追い上げなら心躍る出来事なのですが」

「自身より長生きの邪神、古代亜人種、そして自分自身も未来の姿……なるほど、確かにこれは嬉しくない。先達として一番臨む死に様はよく分かります」


 そんな事を嘯きつつも攻撃の手が緩まる事はない。

 そして幾ら調査兵団最強のホロウとて右足を負傷した上で、自分と同じ動きをする敵に対しては反応が遅れる。


「しかしその望みくらいは私に譲っていただきますよ、妬ましき団長の私よ!」

「その辺は私が決められる事ではないのですが……」


 それでも何とか短槍を取り回し防御するのだが、次第に使い物にならなくなった右足の死角を突かれる形で、ユラユラとまとわりつく聖尚書の猛攻に防戦一方となり始める。

 そしてとうとう『聖尚書』の邪気の刃は完全に完全に背後に回られた事で『団長』の首筋を切り裂かれる…………かと思われた瞬間だった。


ガキリ……


 団長ホロウの首筋が切り裂かれる正に直前、邪気の刃を銀色の刃が滑り込んで阻んだ。

 そこに至るまでどちらのホロウに気配を察知される事もなく接近を果たした、もう一つの調査兵団の団長の手によって。


「……らしくないな、貴方がそのように一方的に負傷するなど……師よ」

「これでも年なのです。素直に引退させてくれない弟子がいたものでね」


 かつて『ミミズク』とたもとを分かち王国を出奔したハズの調査兵団『テンソ』が首領にしてホロウの直弟子ジルバは、いつもの無表情ながらもどこか楽し気に言う。


 周囲を見渡してみれば、既にジルバ率いる『テンソ』の連中もアンデットや魔物との戦いに参加しており、つい先日まで袂を分かったハズの『ミミズク』たちと共に共闘している。

 その中には先日の邪神召喚の際にショックを受けて引きこもっていたミズホの姿もあり、一応本人の中で整理は付いたのか無表情ながらも俊敏な動きでアンデッドたちの首を落としていく。


「ほほう、これはこれは……まさか“向こう”では聖王誕生と共に闇に消えたハズの蝙蝠テンソが“こっち”はミミズクと共闘する事になろうとは、不思議なモノです」


 そんな本来なら自分の側が不利でしかない状況なのに、聖尚書ホロウはどこか嬉しそうな表情になり距離を取るとジルバに視線を移し、逆にジルバは複雑な表情になる。


「……貴方が我ら『テンソ』の、俺の計画が成功した未来のホロウなのか?」

「いかにも、私は後々後継を任せようと考えていた直弟子に表舞台に立ち国を、民を率いらせようと引きずり出された結果出来上がった聖尚書です。しかし早々に消え去る予定ですので見知る必要は無いですよ?」

「……その未来では、俺はどう死んだ」


 ついこの間まで自分がやろうとしていた事を口にされ、ますますジルバは苦い顔つきになり、最も知りたい結果について聞く。

 元よりジルバは己の命を賭して、師を表舞台に上げる事でより良い結果に繋がると信じていたからこそ聖王という最強の死霊使いを生み出す外道を行おうとしていたのだから。

 しかし聖尚書ホロウは何時もの笑顔を崩す事無く、最も残酷な結果を告げる。


「完全なる……無駄死にですね」

「…………」

「直弟子の思惑通り、最強の死霊使いにして王族の血を引く『聖王』が誕生し、王国を牛耳っていた腐敗した上層部は一掃されその聖王はサポートする立場の『聖尚書』として私は表舞台に出る事になりましたが…………結局王国は最悪の形で崩壊、国だけでなく邪神の誕生により世界が崩壊する事になってしまった。直弟子は……貴方は私の事を過大評価し過ぎだったのですよ」

「私とて出来る事と出来ない事はあります。梟と蝙蝠の対立を作り出すこのような状況を生み出している時点で師としても団長としても落第点ですしね」

「……実力者を表舞台に立たせる事が間違っているというのか?」

「能力が高ければ人が従うワケでは無い。それはこのような陰働きを繰り返す我ら調査兵団ならばよく知っている事でしょう?」

「その通りです。どれほど長く生きていようと戦いの技術が達者であろうと……一人の能力などたかが知れている。ましてや人とは違う時間を生きる古代亜人種の血を引く者が長々と重役に居座っていては下が育たない」


 と、今度は一応味方側であるハズの団長ホロウにまで口を挟まれ、師匠二人に説教される形のジルバは居た堪れない気分だった。

 否定したくとも失敗の結果である聖尚書の師が目の前にいるのだから……。


「はあ……命がけでやろうとした計画が究極の愚策であったと。このようなしくじり、思春期で終わらせるモノであろうに……」

「その計画書を盗み取った者に感謝する事です。私にはその計画書を盗み焼き捨ててくれる怪盗は現れなかったのですから」

「…………」


 聖尚書が示す怪盗が何者であるのかを察してジルバは思わず舌打ちをするしかなかった。

 現在こうして師と共に戦場に立っている全ての流れがその怪盗に由来している事をジルバは心から気に入らないのだから。

 自分たちより実力も能力も権力すらも持たない一介の冒険者でしかない若輩者のハズなのに、ただ気に入らないからという即物的な感情でしか動いていない盗賊のクセに、自分だけでなく師も国も、未来さえも盗む厄介な存在を。

 だけどジルバは気に入らないからと殺したいとも殴りたいとも思わなかった。


「師よ……俺は二度とヤツには関わらんぞ、恐ろしい。俺までワースト・デッドに取り込まれては敵わんからな!」

「それは残念。良い字を考えてやるのに」





カクヨムネクストにて新作連載始めました。

『魔法×科学の最強マシンで、姫も異世界も俺が救う!』

https://kakuyomu.jp/works/16818093091673799992

 宇宙戦争の最終局面で愛機ごと爆死したハズのエースの主人公が、愛機と共に異世界に飛ばされて戦うメカ、異世界、そして美少女の物語です!

 宜しければご一読よろしくお願いいたします!!

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ジルバだったら無駄死にから「ポイントレス・デッド」とか?
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