丸投げのツケ
王都で最も広く、普段はイベントなどで大勢の国民で賑わう中央広場であるが……邪気に覆いつくされた現在はそんな賑わいも陰を潜め、せいぜい邪気の中でも活発に動けるアンデッドや邪気の耐性を持った魔物が徘徊するくらいであった。
しかしそんな広場は今や見る影も無く瓦礫の山となり果てている……二体の巨大な存在による激しい戦いによって。
『アアアアアアアアアアアアアアア!!』
「「「うおおおおおおお!!」」」
ドオオオオオン! ドオオオオオオオオオ! ボゴオオオオオオオオオン!!
戦い自体は複雑な動きではない、互い互いが殴り合うような稚拙なモノであるのに、何分サイズが桁外れ……喩え立った一歩の踏み込み、たった一発の打撃でさえ地面を揺らがす程の振動と衝撃を生み出す。
巨大な頭から触手が生えたような悍ましい化粧怪獣と、マルスのネクロマンサーの才能とドラスケの能力によって生み出された邪気による『黒い巨人』による戦いは人知を超えていた。
そして何度目かの攻防の末、触手を掻い潜って懐まで潜り込んだ巨人の渾身の拳が化粧怪獣の顔面にヒットした。
ボゴオオオオオオン……
「「「やった!!」」」
『オオオオオオオオ……』
轟音と共に顔面に巨大なクレーターが出来上がり、化粧怪獣の眉間から鼻にかけてごっそりと抉られた状態になった。
だが悪ガキ三人が歓声を上げた瞬間、化粧怪獣の口がニヤリと笑った。
化粧怪獣の本体は巨大すぎる邪気と瓦礫の塊の中心部、そこに至らない限りダメージにもならない事を調子に乗った悪ガキたちは完全に忘れていたのだ。
ドドドドドドド!!
自分たちが誘い込まれたという事に気が付いた時は既に遅く、『黒い巨人』を取り囲むように地面から複数の巨大な触手が飛び出したのだった。
「「「う、うわあああああああ!?」」」
「光の大楯我が前に! 光域盾!!」
パキイイイイイイイイ!!
しかし巨大な触手に押しつぶされかけた瞬間、巨人の前に光の盾が現れた。
それはこんな巨大な存在同士の戦いだというのに人間の生身であっても“子供たちを守る”という使命の為にこの場に留まり続ける光の聖女エリシエルの光属性魔法だった。
彼女はいつの間にか『黒い巨人』の肩に乗った状態で怒号を飛ばす。
「何をしているのです! 戦場で気を抜くモノではありません!! ここは死地、即刻離脱するのです!!」
「え……えっと……」
「早く!!」
「「「は、はい!!」」」
いつもは柔らかい笑顔を浮かべる光の聖女様の厳しくおっかない声に、悪ガキ3人は慌てて返事、即刻その場から飛び退いて化粧怪獣から距離を取った。
「望んでこの場に留まった以上、勝手な死は絶対に許しません! 気を引き締めて全方位警戒して事に当たるのです!!」
それは普段柔らかい笑顔で孤児たちに接している光の聖女様とはかけ離れた、戦場を駆る脳筋聖女としての本性。
しかし奇跡的にそんな彼女の本性を知らなかった二人の悪ガキは、シエルの変わりようにビビりまくっていた。
「ど……どうしようマルス。シエルの姉ちゃんメッチャ怖いんだけど……」
「う、うん……いつもは悪戯しても笑って許してくれる聖女様なのに。むしろ大聖女の婆ちゃんよりもおっかない」
「あ~そっか、君らはまだ戦闘時の聖女様を見た事が無かったのか……。光の聖女はそこらの兵士なら束でかかっても勝てないくらい強いんだよ?」
「「……マジ?」」
「マジ」
この中で唯一戦闘時の彼女を知っている、と言うか一度は戦った事すらあるマルスにとってそれは自明の事だったが、知らなかった二人にとっては青天の霹靂でしか無かった。
それは少年たちにとって一つの幻想が崩れた瞬間でもあった。
「返事はどうしました!!」
「「「ハ、ハイ! 了解であります!!」」」
慌てて敬礼してしまう悪ガキ共……邪気の巨人で中は見えないというのに、そうしてしまう圧倒的な威圧感を感じずにはいられなかったようだ。
そんな風にスッカリ怖い人認定されてしまった件の聖女シエルは……巨人の肩にのったまま化粧怪獣を見据えて、内心非常に焦っていた。
「……マズイですね。今の拳は威力だけなら間違いなくこの王都においても最上位の破壊力であるのは間違い無いですが、その一撃でも中心には届いていない」
『そのようだな……』
彼女の呟きに応えたのは巨人の宿主であるドラスケ……それは傍から見ると聖女と巨人が会話しているかのようなシュールさである。
『邪気の強さではマルスの方に分があるだろうが、そっちの問題ではないな』
「ええ、これは単純な質量の問題です。大聖女やロンメル師範とて聳え立つ山を一撃で貫く事など出来ません」
『まあ……な。あの化粧怪獣のガワは邪気で引き寄せ固めた瓦礫の集合体なのだからな』
「少しずつ削っていければ可能性はありますが、見ての通り既にさっきのダメージも回復して行ってます。修復に必要な瓦礫はそこかしこにありますから、このような姿になっても顔面を偽る事が大事なようですね」
巨大なクレーターだったハズの顔面は既に不気味でムカつく王妃の顔をに戻っていて、厚化粧がもう整ったようであった。
ある意味その姿勢は邪人と化す前から変わる事が無く、シエルにしても感心する程の執着心とも言えた。
「要するにあの怪獣を倒す為に必要なのは一撃で中心部まで貫く圧倒的な貫通力という事になります」
『一撃で……なあ……』
それが正解である事はドラスケにも分かる事なのだが、出来るか出来ないかという最大の問題点に思い至り口ごもってしまう。
「己惚れるつもりはありませんが、仮に私がこの黒い巨人と同格の体格であれば……いえ私だけでなく大聖女やロンメル師範辺りであるなら、あの怪獣を一撃で貫く事も可能だと思います……しかし」
『コイツ等、というか邪気で巨人を作り出せるマルス自身にはお前さん並みの技術は無いって事か?』
「残念ですが……今できる事と言えば巨大な力をぶつける事のみでしょう」
魔力や体術を駆使する事で巨大な大岩すらも貫く破壊力を生み出す事をシエルはよく知っているのだが、その鍛錬の難しさも良く知っている。
巨大なパワーを持ったからと言ってその技術が一朝一夕どころかこの一瞬、しかも口頭のみで実行可能ではない事は分かり切っていた。
しかしだからと言ってこの場で可能性があるのは『黒い巨人』による莫大な物理的破壊力しかないのもまた事実。
シエルは普段なら考える事なく自分が突っ込んで感覚で戦えば良かった脳筋スタイルとはかけ離れた、サポートの立場からの施行に苦悩する。
「く……あまり技術が必要なく単純に物理的な破壊力を高められて、化粧怪獣の中心部を貫けるほどの一撃を生み出すには……分かりやすい足し算しか無いようです」
『足し算……のう。力押しは嫌いではないが……』
「単純に威力を上げる為には追加の力を加えて行くのみ。重さ、速さ、鋭さ……そして回転ですかね」
いつもは自分が最前線で戦う立場であるのに、今回は守るべき対象に頼らざるを得ないという“守りながら勝たせる”などと言う初めての難解に頭を悩ませるシエル。
他者に指揮を出しサポートさせてきた彼女としては苦笑を漏らしてしまう。
「はは……リリーやギラルさんたちは何時もこんな気分だったのですね。自分だけの命であれば躊躇いなど皆無、信頼し使われる側であるなら苦悩も何も無かったというのに」
『回復魔法を使えるだけお主の方が遥かにマシであるぞ? ヤツ等は常に取り返しのつかない事になりかねない綱渡りに他者を突き合わせる恐怖があっただろうからの』
「……今まで“向いてないから”の一言でその辺を丸投げしていた事を猛省するところです。他者の命を預かる重責がこれほどに重たいモノとは」
『我もであるが、その重責をいつもギラルたちに投げておったからの。今回はそのツケが回って来たという事なのかものう』
「重量、回転、そして高さ……そして初動からスピードを最大まで持って行くためには……は……はは……胃が痛くなってきましたよ」
勝利の為にあらゆる手段を考察する……いつもなら戦いの中で本能的に構築していく事なのに自分では無い事で手段が限られていく。
親友やギラルたちに心の中で謝罪しつつ、そして彼らのように出来うる手段をシエルは構築していく。
それこそ綱渡りのようにギリギリの手段を……。