閑話 思い出は都合よく改竄するモノなり (アクロウside)
皆さまのお陰で10月5日に本作一巻発売になります。
宜しくお願い致します。
最も最初、我がまだエルフと呼ばれる種族の一人に過ぎなかった頃、自分が他者と違う特別な存在であると気が付いたのは何時の事だったか?
優秀な我に他者が寄り付かなくなった頃だろうか?
敬うべき、尊ぶべき至高の存在たる我を敬わず、嫌悪し敬遠し始めた頃だろうか?
エルフの集落で生存の為に集団生活を送る矮小な連中の中、我は一人その光景を見ては苛立っていた。
絆など、弱者が寄り集まる為の言い訳にすぎん。何とくだらない事か……。
一度その事実を知らしめてやろうと行動を起こした事もあったが、奴らはあろう事か折角崇高な教えを施そうとしていたというのに、ますます我の事を忌諱し、排斥しようと徒党を組む始末。
絆の脆弱さ、くだらなさを教える為に、ウルサイ一匹の赤子をさらった程度で村の連中全員で我を亡き者としようとするのだから、何とも不敬なヤツ等である。
そして我という敵を作り上げる事で、反/却って下らぬ絆を強固にして行くのにも苛立ちが募る。
……だが、我はこの時学んだのだ。
連中の絆を逆に強く結び付けてしまった敵の存在だが、ならばその存在が内側に、連中が絆を持つ、信頼する者であるなら問題ないのでは? と……。
その考えは正しかった。
やはり我は天才だったのだと再認するにふさわしい閃き。
我が仕掛けた策により、大事にしていた絆を自ら壊していく姿は、肉体を失い死霊となった今でも胸を熱くする甘美。
エルフと呼ばれた亜人種を排斥した後、国を興した人間どもは魔力に関してはエルフ程恵まれないものの、エルフ以上に我にその愉悦の時を齎してくれた。
初代ザッカール王からの盟約とされているからと、未だに我の住まう南の地に変わらず壊しがいのある貴族などを赴任させてくれている。
自分では無い者が壊れるのは構わない、王国にとって不利益な絆を作る者たちは都合よく破滅してもらいたいという意志は、我と通ずる崇高な精神であり……千年も維持できる王家は偉大であると我も認めるところだ。
『まさか単なる平民、冒険者などに暴かれるとは思わんかったがの……』
表舞台には決して立たないという我の“矜持”を踏みにじる無粋が現れたのは昨夜の事。
千年もの間一度として暴かれた事の無い我の憑依が強引に解除されてしまった。
いつものように王国からの生贄である貴族の絆をいかに華麗に、爽快に“壊させる”事を目指し“己の地位やプライドよりも領民を優先する”という、なんとも潰しがいのある人間性を表したグレゴリールの現当主に我が憑りついている事を、まるで事前に知っていたかのように狙い打って……。
肉体とヤツの魂で隠していた魔力体を狙われて、やむなく脱出するしかなかったが……何とも屈辱的な出来事であった。
千年ぶりに……大量虐殺を決意するくらいには……。
しかし人間と協力し合うとは……やはり同じアンデッドであっても生前の精神に引きずられるという事か……。
アレは形状は小さく、妙な変異を遂げていたが、おそらくスカルドラゴンナイトの亜種であろう。
我のように魔導に全てを捧げ魔導霊王までに進化を遂げた偉大な存在とは違い、死後でも人々の御霊を守る墓守になるなどという下らん矜持に生きる愚物共。
奴らに出来る事など精々が亡者共の気持ちを共有して邪気を吸収し、天への浄化の日まで守り続ける事しかしないヒマ人である。
死後ですら他者の目を、評価を気にしてアンデッドとして過ごすとは……何とも不自由極まりない。
おそらくそんな愚物が協力しているのだから、あの冒険者共も似たような愚か者の集団なのは間違いない。
しかし、そう思いつつも昨夜遭遇した冒険者の中にいた一人の女剣士の姿を思い返すと自然と既に無くしたはずの口角が上がる気分になる。
見ただけで我には分かった……それは魂の共感、自分と同質の原初、深層を秘めた者だけに感じる事が出来る己の全てを引き継がせる事が出来る後継者。
そんな人物が、まさか我とは正反対の愚物たちの集団に紛れているとは……。
自分たちが仲間であると信じたあの娘が、我の力を引き継ぎ『邪闘士』として覚醒進化を遂げた時……奴らは一体どのような絶望の表情を浮かべてくれるのだろうか?
千年以上も出会う事の無かった存在の登場……自然と気分が高揚してくる。
『クフフフ……予感がする。我を超える偉大なる存在の誕生。我以上の更なる絶望を齎してくれる絶対的な存在が!!』
我は千年も昔にエルフ共が泣き叫びながら自慢の魔力で焼失させた湖の残骸から出来上がった大河、人間どもはライシネルと呼ぶ川の上流へと赴き……かねてより準備していた魔法陣へと降り立った。
千年前、大量に出現して澄んだ湖を汚泥へと変質させエルフ共を絶望の淵に叩き落とした魔怪魚『グリモワル』を召喚させる為に。
『クフフ……名も知らぬ冒険者よ。お前のせいでコレから惨劇が起こるのだ。お前が余計な事をせずに、あの魔導師に親殺しをさせて置けば南方領は滅ぶことは無かったのだよ』
『グリモワル』もアンデッドの一種、召喚された瞬間に強力な邪気を放出して、間違いなくこの地に邪気を探知したスカルドラゴンナイトも惹き付けられるはず。
そしてその間に……。
『我はこの地に残る最後のオモチャが壊し合うのを見物させてもらうとしようか。グレゴリールの小倅とロコモティの小娘……滅びゆく自領と共に殺し合い、両家に今後も残り続ける遺恨になるように願ってなぁ!!』
*
誰もいない上流で楽し気に嗤う魔導霊王が手を組んだ瞬間、地上にある数十の魔法陣からどす黒い靄があふれ出し……そして中心部から黒く醜い、体中に瘤のあるガマガエルともつかない牙を持った怪魚が無数に現れ始めた。
「「「ピギイイイイイイイイイイイ!!」」」
それらは地面をビタビタ何度か跳ね回った後、ライシネル大河へと飛び込んでいく。
入水の瞬間からどす黒い体液をにじませながら……。
その様が千年までこの地にあった湖が汚染される初日の出来事であると、知っているのは術者である魔導霊王アクロウのみだった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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