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A Vengeance  作者: 空儚 紗羅斗
2/5

・第一章:シエル

xxxx年


 十数年前、そう遠くない過去の時代から突如として魔力という非現実的な概念が実在する概念として頭角を現し、現代の環境に大きく影響を及ぼしていた。私生活の家事などはもちろんだが主戦力となっていた軍事技術は衰退し、代わりとして魔力を使った新たな軍事技術が発展し、軍事力の増強を魔力に依存する形へと移行するようになっていた。なぜこの概念が具現化したのか、どこから供給されているのか、そもそも根源は何なのかなどといった魔力に関する情報はほとんど何もわかっていないらしい。唯一としてわかっているものとしてこの魔力を媒体から発生させる言わば薬のようなもの、一般的に ”魔生薬” と称されている液体の培養法だけらしい。これも作成者が培養を行える環境、つまり生産施設のみを残して消息不明となってしまったことからとか…。

 人々の間では逃亡を続けているとかもうすでに息絶えているとか様々な説が飛び交っているようだが、この国のトップに位置する連中が総力を上げて捜索を現在進行形で行っているにも関わらず安否の確認すらまともに取れていない事実と消息を絶った理由が全くと言っていいほど明らかになっていないことからこのような多種多様な意見が出てくるのは仕方がないと言える。そういう状態ということもあってか、それらの情報を一様に取り扱い、かつ様々な依頼を扱っている店がいくつか現れた。

 

 とある路地裏に構えてる決して豪勢とは言えない小さな酒場、ここもその情報屋の一つである。このような店を知ってるものは共通して ”情報酒場” と呼んでいる。

 そこに足を運ぶ一人の少年、生熟れながらこの店の常連客であり名が知れ渡っているわけではないが異名だけに限った話ではそこそこ知れ渡りつつある存在だ。

「ようシエル。依頼はどうだった?」

 そう声をかけたのはガズラス、この店の店長である。初めてこの店に少年が立ち寄った時にすでに存在を知っていた少し変わった男だ。

「達成確認が行えるものは持ってきた。確認と報酬を頼む。」

この男がシエル。黒ずくめ姿に青い目、黒髪に腰には少し長めのナイフが差してある。

 「なんだ、素っ気ないな。 “魔零” さんは目立ちたくないってか?」

ガズラスが笑いながら言った “魔零” とはシエルに付けられた異名である。

 シエルは何も言わずに睨むような視線を送った。

「おっと怖い。確認と報酬だな。ちょっと待ってろ。」

そう言うとガズラスは店の奥へと姿を消した。

  現在、10歳になった時に魔生薬の投与が義務付けられている。その為一部例外を除いて全ての人間の人体に魔力というのは備わることになっている。シエルはその例外なわけだが魔力がない人間が依頼を受注することに前例がなかったためこの名がついてしまった。つまり、圧倒的な力差がある中で危険区域に突入するわけだから、顔や名前が割れてしまうだけで受注者を狩る者、通称 “依頼狩り” に狙われかねなくなる。その為、あまり目立った行動は避けたいというのがシエルの本音である。

「問題なかったぞ。今回の報酬だ。」

そう言いながら出てきたガズラスから報酬を受け取り確認もせずにその場を後にしようと出口に向かって歩き始める。

「なあ、そろそろお前も魔力を使う気にならねえのか?」

 ガズラスはシエルとの別れ際に必ずと言っていいほどその言葉を投げかける。その言葉にいつも何も返すことなくシエルは店を出る。常に行うこのやり取りに対しシエル自身にいら立ちはもはやなく、一種の絶念のようなものが心理にはよぎるようになっていた。

「何回言っても答えは変わんねえよ。」

酒場を出た後、店の前でかすかにつぶやきシエルは歩き出した。

 酒場から少し離れた所にある小さな宿屋、そこを俺は拠点として置いている。最低限のものしか置いていないような決して豪勢とは言えないが、人目につきにくい分シエルのような訳ありな人間には都合が良かったりする。宿賃は高いものではないため、一人分の食事だけ買えば報酬はかなり余ってしまうため、貯金は結構あるのだが使うあてもないため貯まった分はそのままにしてある。いつの間にか日課になってしまっている貯金の残高予想なんてくだらないことに思考をつかいながら、その日は床に就いた。

 

 翌日の朝、同じ酒場にある依頼掲示板を眺めていた。この掲示板には依頼難易度の上限や依頼者制限など関係なくありとあらゆる依頼が無造作に掲載されている。いつもこの掲示板からそれぞれの依頼の条件を確認しつつ依頼を受ける。情報酒場は多数存在しているが、魔法という概念に不明な点が多いことからか、それが絡んだ問題が起きたときにその対処に困るという声も多く、一つの依頼が他店舗にも重複することも珍しくないため依頼を受ける酒場を一つに絞ったとしても困ることはなかった

「今回はどれにするんだ?」

例によってガズラスが話かけてくる。俺の存在を見つけては話しかけるので、どうしても周囲からは浮いた存在になるためか少々視線を感じてしまう。

 少し間をおいてから一つの依頼書を指差して情報の提供を求めた。聞けばこの依頼は政府から直々に受けた依頼らしい、その為かこの依頼には依頼者の名前や匿名を希望する表記が一切なく、決して安くはない報酬金額が設定されていた。しかし、金額としては殺人犯やその類いのものとそう大差ないのだが、政府に情報が入った当初はけが人が出ていたものの、依頼を要請し受注者が出るようになってからはその受注者以外のけが人は偶然その依頼遂行状況に遭遇したというのを除けばいないらしい。さらに言えば死人に至っては一人も出ていないという。そのような被害状況でありながら報酬が高いのは、報酬を上げるにつれ必然的に手練れの受注者が増えるのだが、その誰もが依頼を達成できずに帰還してくるために、報酬額が青天井な状態になっているという。見た目は小柄で年齢は不明、自身のことを “カリア” と名乗ってるという。言わば決闘に近いようなことをして受注者と戦うと言うが、受注者の情報によるとカリアのもつ魔力は圧倒的な戦闘力を誇る為、誰が敵対しようが今のところ対処の仕様がないとまで言われている。

「それを受けるのはいいがその依頼を受けた後に受注側に仕事を受けれなくなった者が多いと聞くぞ。」

ガズラスが心配しているのか忠告のような言葉をかけてきた。

「悪いがこの手の依頼をみて引く気には更々なれないんだ。」

今更多くを語らなくてもガズラスは止めはしないが、いつも依頼を決めるたびに親のような心配したような表情を浮かべてくる。最初こそこの状況に申し訳なさこそ感じたがいつしか見慣れた光景に少し願掛けのような感情を持つようになっていた。そんなことを考えつついつものように依頼の受注手続きを済ませて店を出た。

「昨日ちらっと聞こえたんだが、あの子が魔零かい?本当にあんな依頼を通しても大丈夫なのかね。」

シエルが店を出るのを待っていたかのように一人の客がガズラスに話しかけてきた。

「あいつは昔いろいろとあってな、 “魔力” が絡んだ犯罪やそれに類似した依頼を優先的に受けるんだよ。察してはいると思うが、何を言っても無駄だよ。」


 町をでて山を二つ三日ほどかけて越え、さらに五日ほど徒歩で移動した洞窟内にカリアはいるという、乗り物的な交通手段は途中の山で遮られており、一般で言えば魔力を使って移動するため、もう少し時間は短縮されるのではあるが、その手段はシエルにとってないものであるためどうしてもこのぐらいの時間がかかってしまう。しかし、魔力を使っても近いとは決して言えない距離なのだが、到達地点までの地図が作られるほどにカリアが場所の移動を行わないために腕っぷしに自信のある者たちはこぞって受けるとガズラスは言っていた。そこで気になるのは、仮にでも腕に自信のある者たちが誰一人としてこの依頼を達成できていないという点だ。そこまでの実力差がつくほどの魔力をもっているというのは誰にだって予想はつくのだが、何を目的としているのか、なぜ拠点の移動を行わないのか、また、政府側はなぜそれほどまでに強大とみられる相手に対してなぜ“依頼”という対処法しか行っていないのか、引っかかってしまう点が無数に浮かび上がってしまう。

 そもそもこの依頼の情報には事の発端、つまり第一目撃者や目撃状況などの情報が一切知らされてなかったという。こういった不可解な情報群を整理し色々考えながら歩いているうちに夜が更けてしまった。一日夜通し歩いた後の夜のためいくら冒険者として依頼をこなしてきたといえど多少の疲れが出てきたためいつものように野宿をすることにした。山ということもあって木々が多いため焚火には困らなかった。今となって焚火は古く遅れた方法と言われがちだが、こういったキャンプに似た野宿もシエル自身嫌いではなかったため火をたいた後は携帯していた食料で多少の空腹を満たすことにした。


 同刻、町から少し離れた山の中を飛ぶ五つの影があった。

「予想が正しければもう少しの飛べば着くぜ。」

その陰の中の一人がそう発した。彼らは有名ではないがある酒場の依頼を主に狙う言わば依頼狩りの小規模なグループである。彼らは互いの事を普段よく遊んでいるカードゲームからとってそれぞれ、“エース”、“スペード”、“ハート”、“ダイヤ”、“クラブ”、と呼び合っていた。今回はある一人の男を狙っているらしい。

「しかしエースよお、なんで今回は依頼が達成される前を狙うんだ?」

メンバーの一人が尋ねた。

 そもそも依頼狩りというのは、依頼を達成した後の依頼者を襲い、所持している金品などを強奪するとともに身分確認証と依頼書を奪って達成者を偽造し報酬を得るのが目的なため、依頼を達成する前の受注者を襲ってしまっても、達成後と比べたときに損益の差ががでてしまう。特に今回のターゲットは下調べによると相当な額の依頼を受けているため、収益に大きな差が出てしまうのだ。

「本来なら多大な損害が出てしまうんだが、今回に限っては特例なんだ。」

エースがおどけたように言う。

 聞けば今回の依頼は高額だが多種多様な面での手練れがこの依頼を受けて達成者が出ていないという。さらに受注者は魔力を持たないというのとかなりの財産を持っているらしい。魔力を持たない人間はその珍しさから奴隷として高く売れ、その上で冒険者という肩書を持つ者の希少価値は数段上がる。総合して依頼は達成されないという仮定を足すと襲うタイミングは遅くても早くても損益は変わらないという結論だ。

「そんでもってここら一体に宿屋なんてものはないから夜を過ごすには野宿しかねえってことだ。」

 メンバー全員に情報共有が行われたところで、目的地としていた場所の周辺についた。エースが合図を出したと共にそれぞれが作戦の配置場所に散会する。周囲を取り囲み五方向から一斉に襲い掛かる単純な作戦だ。一見手抜きとも見えるこの作戦だが魔力の有無と数的な力の差を考えるとここまで雑になってしまうのも無理はないといえる。

 数分ほど山の上を直進するとエースが合図を出してそれぞれが配置へと付いた。配置について無線機による二つ目の合図で作戦に移行する。

 エースがターゲットの詳しい位置を確認次第、情報を送ることになっているのだが、その情報がメンバーそれぞれに到達するまでに長い時間はかからなかった。

「わざわざ焚火なんて原始的な方法をとってくれてるなんてな。」

その発言が語っている通り、現代において魔法技術による移動時間の大幅な短縮により野宿という行為そのものをすることがほとんどなくなり、仮にそれをする状況になったとしても焚火という手段はとることはなかった。というのも視力に関して施す魔法技術の発達により“温度”、“魔力”、“光度”といったものを使用者の技量に依存こそするが機械類の補助をなくしての肉眼による認識が可能となっている。特に温度に対する視力技術は会得がしやすい為、大幅な温度差が発生し光源となる焚火は獣にこそ効果的かもしれないが、対人となると狙いの的となり逆効果となる為、依頼狩りには格好の餌食となるわけだ。現にターゲットの場所の判別はそれによるものだったため、もはやエースが情報を伝える必要性がないまであった。

 全5方向からじわじわと距離をつめていくが、ある程度まで近づいたところで視界が悪くなってくるのに気が付き、視力の基準を温度に切り替えるように全員へと指示を出した。切り替えると焚火であろうものとその隣の人らしいものを確認でき、明らかに人為的な視界の遮断だが、一番無防備になる睡眠時になにも仕掛けがないことのほうが不自然と言える。続けて作戦を実行するのと並行して他の罠への警戒を促すと共に襲撃のタイミングを遅らすことを伝え待機することを選択した。

 時間にして約5分後、視界が少し晴れたのを確認し一気にターゲットまで詰め寄る。しかし、ターゲットまで数メートルという所まで来た時、目に激痛が走った。他のメンバーも同様の激痛があるようで、クラブとダイヤは悲鳴を上げる。自分も叫びそうになったが少しずつ呼吸に異常が出てきていることがわかり、どう考えても異常な症状だという理解はあったが、ターゲットに魔力がないという認識の彼らにとって、原因の追及をするには時間が足りなかった。このような状況下において、人間がとる行動は状況を理解できず混乱するか、開き直って当初の目的を達成に向かう、あるいはその場から逃走するの大きく分けて三つだろう。しかし、ターゲットとの距離を考えたとき、得体の知れない相手への情報不足から逃亡という選択肢は全員の頭から消えた。残った二つのうちエースのみが後者を選びターゲットに走って行く。ターゲットを目視できる距離まで近づいた時、エースは現実を目の当たりにすることとなる。確かに焚火はありはしたのだが、その隣にあったのは人間ほどの大きさにまとめてある物体でしかなかったのだ。

「クソが!」

相手に届かず無となる叫びがこぼれ出る。

 ターゲットを誤認していたことへの失望と走ったことによる呼吸数の増加によりエースの意識が朦朧とする、間もなくして他のメンバーも膝をついたころ、焚火のあたりから強い光が放たれた。

 時は少し遡り、焚火の光が見える木の上にシエルはいた。酒場にいたとき、明らかに自分を監視する集団を確認したため、敢えて奴らに依頼書が見えやすいように酒場を出た。そのため、奴らが自分を狙ってくることは明白だった。焚火だけでは確実にいないことはわかってしまうため、焚火の近くにはダミーを置いてある。ダミーと言っても人の形はしていない物体だが、中には鉄粉・活性炭・木粉・塩を混ぜたものに水をかけて放置している。これにより、鉄粉の酸化による発熱が発生し、恐らく温度を頼って位置を把握する奴らには有効なダミーとなる。温度以外の視界情報を与えてしまうと厄介となるので焚火付近に発煙筒も数ヶ所まいておいた。

 数分後、月明かりに数個の影を確認し、第一の仕掛けを動かす。“ルイサイト”即効性のある毒物で肺水腫(肺の気管支などに水分が染み出し溜まった状態)による呼吸障害や失明をひきおこす。魔法学が発展した現代において、科学知識は著しく衰退している。そのため、毒や酸化などを用いた戦術は魔力を持つ者に対して効果的かつシエルの得意とする戦い方でもあった。しばらくして数人の悲鳴が上がったのを確認し、仕上げにあるものを投げ込む。“雷酸水銀”別名ライコウと呼ばれるシアン酸水銀の異性体で、いわゆる起爆薬である。投げ入れた後シエルは小さく

「あばよ。」

とつぶやき、放たれた光が消えるのを最後まで見届けていた。

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