・プロローグ
「...暗い。」
いつからか記憶にはないがこの言葉は自分の身に染みついていた。周りの人たちが言ってたのかそれ以外の理由なのかわからないが、恐らく物心ついたころからそういう場所にいたからだろう。日の光が届きにくい洞窟の中、ありきたりだがここが俺たちの隠れ家であり我が家だった。
そこで複数人の大人たちが生活を共にして外に出ては帰ってくる。子供である俺に周りの大人たちは何をしているかなど教えてくれるわけもなく、知ってることと言えば自分の名前ぐらいで、他の人間の名前についても父の名前以外は知らなかった。大人たちは情報が漏れるのを少しでも避けるためとか言っていたのを記憶している。
「シエル。今回は大物だぞ。偶然この近くを商人が通りかかってきてくれたんだ。今晩は贅沢な食事にありつけるぞ。」
父さんが帰ってくるなり高いのか低いのかよくわからないようなテンションをふるまいて俺に語りかけてくる。食事に対する嬉しさはあるものの、父さんが出す鵺的な雰囲気に対して返答が思いつかず。
「よかったね。」
といったあまり感情が乗らない文脈で答えてしまった。父さんは何を察したのかそれ以降、その日のうちには俺に話しかけてくることはなかった。
その夜だった、一瞬の激しい発光の後、俺の記憶は飛んだ。意識を戻った頃には父とそれ以外の人の姿は俺の前にはなかった。
その日、俺は全てを失った。いや、実際全てではないのだが全てと思えるほどに大切と思えていたものが俺の中からごっそりなくなってしまった。しかしそんな中でも、父からもらったものは記憶の限り数えるにも値しないほど少ないのだが、逆に言えばそれだけは俺の中に残ってくれた。
”シエル” 父さんから俺に与えられた、たった一つのもの。