京東大学自転車部
四月。
京東大学のキャンパスは桜の花が満開になり、小鳥のさえずりがあちこちから聞こえ、生命の活動が盛んな季節になってきた。自転車部の選手は13名になり、その中に新入生は3名。唯の顔もあった。
約半年間、唯は毎日図書館に通って必死に勉強をした。生まれてこのかた勉強なんてしっかりした記憶が無かったが、何か新鮮で色んな驚きもあり、意外にも結構楽しかった。
それでも、一日中座ってじっとしているのは苦痛で、夕方には頭もクラクラしてきて我慢ならない日も多かった。週2回、自転車に乗っていい日は楽しみで仕方なかった。毎日勉強だけで自分に自転車が無かったら、気が変になるだろうな、自転車があって本当に良かったと思っていた。
本当は毎日でも乗りたかったけど、和也との約束は頑なに守った。毎日乗ったところでバレはしないと思ったけれど、何故か和也との約束にはこだわって実行してきたのだった。
唯は大学の自転車部を少しバカにしている所があった。世界レベルとは程遠い場所で一位ニ位を争う事に何の意味があるのか。彼らがやっているのは所詮趣味、お遊び。多勢が集まってワイワイやって、勝っただの負けたのだのに涙を流す青春ごっこに過ぎないと思っていた。
でも約束だから部活には顔を出してみた。半年間まともにトレーニングはしてないけれど、一緒にトレーニングをする位なら普通に出来ると考えて参加した初日、唯は彼らに全くついていく事が出来なかった。
彼らは真剣だった。
唯には半年間のブランクがあった。もともと、唯は身体も大きくないし線も細く、決して自転車選手として恵まれた身体であるとはいえない。気持ちで走る選手で、その強い精神力と過酷なトレーニングでここまで上り詰める事が出来ている。トレーニングを怠れば凡人だ。
唯自身、その事は解っていたつもりでいたけど、予想以上に力が落ちている事がショックであったと同時に少しだけ心に火がついた。
一方、勝は唯の入部を快く思っていなかった。
「和也さんと二人三脚で始めた自転車。最後のインカレで自分が優勝する、その目標の為に全てを注ぎ混んできたし、和也さんも全てを注ぎ混んできてくれた。
何故、ここに唯が入ってくるのか。」と。
何かイヤな予感に襲われていた。ただ、初日の練習で唯が全く走れないのを見て少し安心していた。
唯はこのままじゃ、例えインカレに出ても何も出来ないぞと思った。トレーニングをしたい。でも許されているのは週2回の部活でのトレーニングのみであった。
加えて、半年間勉強に励んだものの、大学の授業はチンプンカンプンな事だらけ。頭がおかしくなりそうだった。
しかし、インカレまではこの環境でやれるだけの事をやろうという気持ちになっていた。何がそうさせるのかは解らないが、今、ここから逃げる事だけは許されないという気持ちがあった。
「父の為にも、人生を掛けてくれている和也さんの為にも、自分自身の為にも。」
唯は週2回の部活を必死に走り、必死に勉強もした。
インカレまであと1ヶ月を切った。8月に入り、唯はだいぶ力を取り戻してきていた。とはいえ、たった週2回の部活のトレーニングだけで出来る事はしれている。
勝以外の選手には負けないようになっていたが、辛うじて勝のアシストをレース中盤位まで出来るかどうか位のレベルにしかなっていなかった。