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提案メモ

唯の元へ幾つかのヨーロッパのクラブチームからオファーがあったようだが、彼はその全てを断っていた。


ジュニア世界選、父親の他界、まだ高校生の唯が冷静さを欠いている事は明らかだった。

これまで自転車しかやってこなかった少年が、自転車の道を捨てて真剣に医者の道へ進もうとしているのか?


和也は唯の事が心配でたまらなかった。

和也は自分が苦境に立たされた時には、唯の中学生の時のレース、あの目が脳裏に浮かんできて自分自身が励まされてきた。

心理学を学んできた自分は何か唯の力になりたくてたまらない気持ちになった。

彼のいちファンとして。

手遅れにならないうちに。

彼が話を聞いてくれるか解らないが先ずは会ってみようと思った。

自分と彼は違う人間だから、彼の本当の気持ちは解らない。

けれど、これからどうすればいいのかを本気で考え抜いた。

ここに自分の人生を賭けてみようと覚悟は出来た。


その翌日、和也は唯の実家に赴き、自分の思いをぶつけてみた。

話したい事は山程あったが出来るだけ簡潔に次のような話をした。

* 簡単な自己紹介

* 中学生の時の唯のレースを見て感動し、自分が苦境に立たされた時には、その時の唯の姿が思い浮かべて自分を振るい立たせてきた事

* 先日のジュニア世界選でも唯の走りに大きな勇気を貰い、忙しいなかわざわざフランスまで行って良かったと思った事

* 唯はこれ以上上に上がる事は難しいと思っているかもしれないが、脳を変革する事が出来れば、もう一つ突き抜ける事が出来ると自分は考えているという事

* いちファンとして力になりたく、提案したい事がある事。苦し紛れの提案ではあるが、それは自分が学んできた事をフルに使って考えた提案であり、自分の人生を掛ける覚悟も出来ている事


そしてその提案のメモ書きを唯に渡した。メモに書かれていた事は。


* 選手を辞めるにしても、急に運動をしなくなると身体が壊れるから、軽くでもいいので週2回自転車に乗るように。週2回、それ以下でもそれ以上でもダメだ。

* これまで自転車しかやってこなかった人間がゼロから勉強して医者になるのは並大抵な事では無い。今から猛烈に勉強してもこの4月にその為の学校に入るのはまず不可能である。

* 自分が卒業し、今大学院に通っている京東大学には医学部があり、自転車部に入部する条件で推薦で入れる可能性がある。

* 自分は3年前に星野勝という奴と同好会を作り、今は自転車部として10人で活動し、来年のインカレは勝を優勝させるという目標がある。

* 唯が4月に自転車部に入った場合、8月末のインカレには出場する事。そこまでは自転車に乗って良いのは部活の中の週2回とする事。自転車に乗って良いのはそれ以上でもそれ以下でもダメだ。医者になる為の勉強を第一に優先させるように。

* もしも自転車選手として世界を目指すなら、ここからU23は最も大切な時期なので無駄には出来ない。いずれにしてもインカレを終えた時点で医者の道か自転車の道かを決めて、自転車で世界を目指すなら大学を辞めてヨーロッパに行く事。推薦で大学に入った事については俺が責任を取る。

* 俺はインカレで勝を勝たせる事が出来れば、その後どうなっても未練は無い。

* 唯、元気だせよ。オレ、唯のファンだから力になりて〜(^^)


唯はこの話をどう受け取ったか解らないが、和也は話を聞いていた唯からは時々ドキッとさせられるような目力を感じた。

そして話を聞き終えた唯は立ち上がり、深い礼をしながら「ありがとうごさいました。」とだけ言った。


唯は最後の一文を見て少しだけ笑ってしまった。思い返してみれば、もう何年も笑った事は無かったような気がする。

思いもかけない話を聞いて、唯は混乱していたが、なんだか少しだけ救われた気持ちになり、少し冷静さを取り戻し、自分の気持ちを整理してみようという気持ちになった。

うまく整理は出来ないけれど、今頭にある事をランダムに書き出してみた。


* あの最後の一文、スマイル君にちょっと笑えた

* これは本当に苦し紛れの提案みたいに思えるけど、何か本気を感じる

* 今一番強いのは、親父には何もしてあげられる事が出来ずに申し訳ないという気持ち

* これまで自分勝手に好きな事をやらせてきて貰った分、人の役に立つ事をしたい

* 医者になりたい。でも自転車しかやってこなかったので、何を勉強して、どうやったら医者になれるのかも何も解らない

* 3年間出来る事は全てやってきて、自分の全てをぶつけた結果がコレなので、これ以上上にいく自信がない。これ以上何をやったらいいか解らない

* 大学自転車部には興味無いよな

* ただ自分のやりたい事を本気でやってきたのに、それがある人に勇気を与えていたっていうのは嬉しいな

* 「脳を変革する事が出来れば、突き抜ける可能性がある」ってどういう事だろ?

* 見ず知らずの人が本気で自分の事を考えてくれているという事は確かだな

* 医者を目指す大学に入れるなら自転車は適当にやってもいいかもしれないという気持ちも少しあるかな

* 今はこれ以上自転車で世界を目指す事は考えられないよな

* 自分が本当にやりたい事が何なのかが今は解らない。でも時が経てばそれが解るのかな

* これは自分に考える時間を与えてくれるって事なのかな

* でも自分にとってそんな美味しい話があって良いのかな。その為にその人の人生を壊してしまったりしないのかな


唯は一週間考えて、益々混乱して、もう考えるのがイヤになって、自分の感覚に任せる事にした。

本気の人に本気で飛び込んでみようと。

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