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2020 東京パラリンピック車いすラグビー開幕戦

オリンピックが閉幕し、いよいよパラリンピックが開幕した。


日本の金メダルが期待される車いすラグビー。

8月26日、日本チームの初戦は強豪カナダ。

会場の観客席は全て埋め尽くされている。勝も唯もこんなに多勢の観客の中でプレーした事は無い。


日本のスターティングメンバーは持ち点3.0の選手が2人。あとの2人は1.5と0.5。不動のメンバーだ。

試合が始まると、会場全体が地響きで揺れ動いているような感覚に包まれた。

これがパラリンピックだ。

点数が入る度にスティックバルーン(応援棒)がバンバン鳴らされ、好プレーには歓声が上がり、時々息を飲むような静寂が訪れる。


緊張の為か日本チームの動きは固く、小さなミスが続き第3ピリオド終盤で4点リードを奪われていた。これ以上点差をつけられると逆転は非常に難しくなる。チーム、会場も少しイヤな空気感に包まれ始めていた。


そこで選手交代。持ち点3.0と1.5の2人に替わって3.5の勝と1.0の唯が登場だ。ここで流れを変えたい。

2人はハイタッチを交わしコートの中に入った。

会場に拍手が鳴り響いた。

相手ボール。

相手のパスミスから偶然にもフリーの状態の唯の胸元にボールが飛び込んできた。それを何とかキャッチする事に成功。誰もが側にいた3.0の選手にボールを渡すと思われたその時、唯が見ていたのはフリーの状態になっている10m程前方にいる勝だった。唯は迷わずアタックパスを繰り出した。


アタックパス。

これは唯が勝と一緒になって懸命に練習してきたパスだ。

持ち点1.0の選手は 腹筋も効かないし上腕三頭筋も効かない。腕も手も自由に動かないのでボールをキャッチ、パスする事は難しく、ボールに絡まない動きで味方をアシストする事、ディフェンスする事が主な役割となる。

勿論そうした動きに磨きをかける事はしてきたが、試合に出る為に何かアピールポイントが欲しかった。

そして何よりもこの競技を楽しみたかったから、地味にアシストするだけより何か自分自身が弾けて突き抜けたかった。

ボールを上手く投げる事は出来ないからボールを拳で打ってパスをする。それとて、自由に動かないこの身体では方向も定まり難いし、距離を出すのも困難を極める。

それでも自分には人と違う事が出来ると思って練習してきた。1.0の選手でもちょっと派手な事やってみてもいいのかなって。

勿論、普通は出来る事じゃない。

普通は挑戦しようともしないし、挑戦しても無駄な努力で終わるだろう。

唯は例え出来なくても無駄な努力だとは思わなかった。やりたかった。挑戦したかった。だから努力を惜しまなかった。


そのアタックパスが炸裂した。


しかし、無情にもその軌道は大きく逸れてコートの外に転がっていってしまった。

会場がシーンとした。

「あいつは何をやってるんだ?」

と誰もが思っているようだった。


その静けさを切り裂くように唯が大きな声で言った。

「やっべ〜!力入り過ぎた!」

三村和也の口調だ。


会場はシーンとしたままだ。


「ナイスパス!唯!ドンマイだ!」

勝が笑顔で言った。


誰かが拍手をし始めた。

拍手の渦がどんどん大きくなっていく。

「ゆーい!ゆーい!」

誰かがコールを始めた。史也の声に違いない。

「ゆーい!ゆーい!」

ユイコールがどんどん会場に広がっていった。

唯と勝が見上げた観客席、史也の隣で凛が思いっきり叫んでいた。その前の席では翔吾と翔吾のお母さんが叫んでいた。

そして史也の隣に和也が笑っている姿が唯にも勝にも見えたような気がした。

そしてそのまた隣で唯の父と母が笑っている姿が唯には見えたような気がした。

「全てが繋がっている。

あの事故から。

いや、自転車に跨ったあの日から。」


会場の雰囲気が一気に変わった。

勝と唯は目を合わせ、遠距離空中ハイタッチを交わした。


「風が吹いてきた。」勝は感じた。あのロードレースで感じた風を。

「風が吹いてきた。」唯は感じた。あのロードレースで感じた風を。

ここは無風の体育館の中。


本気×本気

勝のパッションと唯のパッション、彼らを応援する全ての人々のパッションの融合が巻き起こす風!


短いホイッスルが鳴って、相手の攻撃が始まった。

さて、この大切な一回戦。

ジャパンチームは勝利を手に入れる事が出来るのであろうか?

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