嬉しい手紙
月日は流れ、太陽がギラギラと燃え、暑さが厳しいものとなってきた7月中旬。
東京オリンピックパラリンピック開幕まであと僅か。
世間もオリンピックムードが高まってきていた。
唯はいつものようにリハビリを終え、事務所の前を通り過ぎようとした時に「風谷君、お手紙が来てますよ。」と呼び止められた。
手渡された手紙を見ながら唯は不思議そうな顔をしていた。
「手紙なんて珍しいな。誰からだろ?」
その手紙を裏返し、差出人の名前を見て一瞬ドキッとした。
「和也より」?
まさかと思ってよく見ると
「史也より」と書かれていた。
「史也って、あの史也さんかな?
まさかだよな。」と思いながら、封筒を自分で汚く破るのは気が引けて、事務員さんにハサミで綺麗に切って貰った。
「どこで読もうかな?」と思ったが、その封筒を大切に腿の上に置いて自分の部屋に戻った。
窓際に車いすを止めると、早速その手紙を取り出した。
『風谷唯様
こんにちは!
突然の手紙にびっくりさせちゃってるかな?
パラリンピック車いすラグビー日本代表おめでとう!!
よくここまで頑張ってきたな。
なんてオレは唯の事見てきたわけじゃないから、そんな事言える立場じゃないのは解ってるけど、実はオレの彼女が唯が最初に入院していた所で看護師やっててな。ホント偶然なんだけど結構唯の事見てたやつでさ。そいつから唯の話はよく聞いてたんだ。漏らしちゃった時の話とかもな(笑)。
彼女から「お見舞いに行ってあげたら?」なんてよく言われてたんだけど、どういう顔して行ったらいいか解らなくてどうしても行く事が出来なかったんだ。悪かったな。』
ここまで読んで唯は手紙を置いた。
え?もしかしてもしかして?そんな事?本当に?
と思ってここまでをもう一度読み直した。
凛さん?
凛さんが史也さんの彼女って事?
すげー、納得、なる程、そうか、あーめっちゃお似合い。
あー史也さんにもバレてたのか。
凛のやつ、話すなよそんな事!
あー羨ましいな。史也さんも、凛さんも。
そうか。オレを救ってくれた声はやっぱり史也さん、そして凛さんだったんだな。
そうか、そうか、何となく繋がった。
ありがとうございます。
唯は手紙に向かって丁寧に頭を下げて、次に進めた。
『あの事故からもうすぐ3年。色々あったな。
オレも何回か大きな怪我して正直もうムリだろうと思った事もあった。けどオレは多くの人達に支えられて東京を走る事が出来る。
怪我した時にリハビリに励みながら唯の事を思ってた。「走れるようになるなら何だってやってやろう。走れないアイツがあんなに頑張ってるのに負けてられるか。」ってな。
自分が走り続けていられる事が当たり前じゃない事、突きつけられて、この3年間は唯と一緒に成長出来たんじゃないかなって思ってる。
唯が出場するラグビー観に行くからな。
唯もオレのロードレース観にきてくれないか?
一番キツイ三国峠で応援して欲しいんだ。あそこは当初観戦禁止区域だったけど、特別なチケットがあれば入れる事になったんだ。
2枚送るから、あのインカレの時のチームメイトと2人で来れたら最高だな。
オレはちょっと連絡取るのが難しいと思うから、もし来られそうだったら前日までにオレのチームの関係者に連絡入れてくれ。一般の人が車停められる所から観戦場所まで送り迎えしてくれるから。
連絡先ここ。
○○○○○○○○○○
トレーニング忙しくて来るの大変だと思うけど、その日のどんなトレーニングよりも、オレがお前にいい刺激入れてやるから。
4年前の世界選のお前の熱い走りとゴール後の餓えた野良犬のような姿を見て、オレはスイッチ入れて貰ったからな。
その御返しだ。
待ってるぞ。
唯と一緒に東京オリンピック、ロード走りたかったけど。
種目は変わったけど唯と一緒に東京走れる事が嬉しいよ。
痛みとか苦痛とかと戦ってなんぼなのが自転車選手。(※注 別府史之選手の言葉)
オレは走れなくなっても一生自転車選手としてのパッションを持ち続けたいし、唯にもそうであって欲しい。
一緒に頑張ろうな。
史也より』
読み終えた唯の心臓はバクバクしていた。
「夢?
じゃないよな」
と何度もほっぺたを叩いてみたけど、どうやら夢じゃなさそうだ。
「4年前のあの屈辱でしかなかったオレの世界選を見て、史也さんのスイッチが入ったなんて本当かな?でも例え1mmでもそんな事が出来ていたのなら、オレはあの時の走りを少しだけ誇りに思ってもいいのかもしれない。」
「走れなくなっても一生自転車選手としてのパッション・・・そうだ、それなんだ。自転車、忘れなくていい。捨てなくていい。自転車選手としてやってきた事。その誇りを大切にしよう。史也さんと一緒に頑張れる!」
唯は手紙を腿に置いて急いで勝の部屋に向かった。
勝の部屋の扉が開いていて中に勝が居るのがみえた。
「勝さ〜ん、入りますよ〜」
と言って返事も待たずに唯は中に入っていった。
「見て下さいよ〜。これ、これ!」
と言って唯は指の間に封筒を挟んでひらひらさせた。
ちょっとめんどくさそうに勝は唯の方を向いて言った。
「何だよ。ラブレターでも貰ったのか?」
唯は「ラブレターなんかより数百倍嬉しいですよ。見て下さい。この差出人の名前」と言って封筒を裏返しながら続けて言った。
「一瞬、和也さんって思わなかったですか?オレ思っちゃいました。よく見たら史也って書いてあった。」
「あの史也さんですよ。史也さんが手紙くれた。」
勝は「で?」「何書いてあった?」「手紙見せてくれるのか?」と途切れ途切れに言った。
唯が答えた。
「ダメですよ〜。オレが貰ったんだから。
パラの試合、見に来てくれるって書いてありました。
オリンピック、ロード応援に来てくれって書いてありました。
インカレの時のチームメイトと2人で来てくれたら嬉しいって、特別チケット2枚送ってくれました。最終局面最大の難所、イッチバンきつい三国峠で観れるんですよ。
勝さん、勿論行きますよね?」
勝はちょっと驚いた。勝は東京五輪のロードレースに興味を持っていたが唯の前でとてもロードの話など出来ないでいた。
唯がこんなに興奮してロードの話をするなんて意外だった。
しばらく黙っていると唯がまた喋り出した。
「史也さん、すごいよな〜。何回も大怪我乗り越えて遂に東京走るんだな〜。」
「オレはジュニアでカテゴリーは違ったけど、日本チームで活動する時はオレの事も気にかけてくれる人で。オレはその頃、殆ど誰とも喋らなかったし、史也さんは憧れの人だったから自分から話す事なんて出来なかった。殆ど話した事は無いけど、史也さんの戦う姿を見てオレは色々学ばせて貰ってました。そんな史也さんが手紙くれるなんて思ってもみませんでした。」
唯の眼がキラキラ輝いていたので、大丈夫だろうと思った勝はぶっきらぼうに言った。
「唯が行きたいなら付き合ってやるぜ。」と。
唯は子供のように「決〜まり!」
「オレも頑張らなきゃ〜」と言いながら自分の部屋に戻っていった。




