車いすラグビー 日本選手権
その後、勝と唯の2人はそれぞれの目標に向かって一日一日を大切に過ごし、時々LINEでやり取りをしていた。
12月初旬、勝の元に唯からLINE連絡が入った。
「勝さん、こんにちは!
寒くなりましたね。寒いのは辛いっす。冬眠したい位だけど、何とか頑張って生きてます。
勝さんは体調崩したりしてませんか?
オレ、10月にリハセンターで放課後行われている車いすラグビーのチームに入りました。
このチームには日本代表チームの人もいて、ここに日本代表チームが合宿に来たりもするんですよ。
チームは2週間後に東京で行われる日本選手権に出場するんです。
オレの出番はまだ無いと思うけど、もしも都合が良かったら勝さんに観に来て欲しいな。
生で観ると凄い迫力あるし、面白いと思います。
久々に勝さんと会って話したい事も沢山あるし。
あ、でも勝さんもトレーニング忙しいと思うから無理しないで下さいね〜。」
勝は嬉しかった。その日はトレーニングの予定が入っていたが、変更して観に行く事にした。
勝も唯と会って話したい事が山程あった。
「おお、行くぞ。また詳しい日程教えてくれ」
と返信した。
大会当日。
勝は少し早く到着して観客席の方に行くとラグ車がぶつかり合う激しい音が響いていた。テレビで少し見た事があったが、生で観るのは初めてで、その音と迫力にびっくりした。以前テレビで観ていた時はゴールを次々と決める花形選手ばかりに目がいっていたが、今日は障害が唯と同じ位の選手が気になる。
選手それぞれに役割があって、障害の重い選手も活躍出来るという事は聞いていたけれど、コートの中では障害が重い選手が守られているという感じは全く無い。体幹が全く効かない選手に対して強靭な体幹を持つ選手が思い切りぶつかってきたり、手の自由が利かなくてボールをしっかり持っていられない選手の持つボールをムキムキの奴が遠慮無く奪い取っていく。誰も容赦などしてくれない。
こんな残酷とも言える競技を唯はやろうとしているのか?
唯に出来る事はあるのか?
唯は大丈夫なのか?
そんな心配ばかりが募っていった。
その試合が終わると次の試合に出場する選手達のアップが始まった。勝は唯の姿を追った。
身体は華奢だし、他の選手に比べてスピードは無いが、身のこなしは柔らかく、野生動物のような美しさを持っている。黒のユニフォームを着ている唯の姿は黒豹のように見えた。目立つ動きは無くとも超一流のアスリートが持っている何かを感じる事ば出来た。
ボールを投げたりキャッチする事が出来ない唯はチームの中に入ってやる練習が限られていて、そんな時はそれを見ながら自分で車いす操作の練習などをしていた。
「よくここまできたよな」
唯が寝たきりだった時の姿、懸命にリハビリに取り組んできた姿を思い出して、勝に込み上げてくるものがあった。
試合が始まり、唯のチームは相手チームより実力がかなり上のようで自分達のペースで試合を進めていた。点数もかなり開き、最後の5分は唯が出場した。自分のチームのハイポインターがゴールを決められるように、相手チームの選手をブロックして道を作る。唯は地味にそんな動きに徹しながら、攻撃から防御、防御から攻撃へと目まぐるしく移り変わる展開に遅れまいと必死に車いすを漕いでいた。
勝は思った。
「唯のヤツ、よく頑張っている」
と。
けどコイツがあの風谷唯だとは思いたくなかった。勝の知っているロードレーサー風谷唯がコイツだとは思いたくなかった。
まだ始めたばかりなのに何かが出来るはずはない事は解っている。
けど大勢いる選手の中の1人に過ぎず、唯の持つオーラを感じる事が出来ない事に虚しさを感じていた。
試合は唯のチームの圧勝に終わり今日の試合が終了した。
勝は唯と連絡を取り、外で一緒に夕飯を食べる約束をした。
会場のすぐそばにある店で待ち合わせ、2人は定食を食べながらずっと話込んでいた。
2人が別々にそれぞれの道を歩み始めた中で、2人共様々なストレスを抱えこんでいるようで、それらがここで爆発していた。
唯はこんな事を言っていた。
「センターでの自立の為のリハビリはとても順調に進んでます。ベッドと車いすの移乗ももう自力で完璧に出来るし、トイレとお風呂も殆ど介助なしで出来るようになりました。スポーツ訓練も色々やっていて。
やっぱりスポーツは楽しいです。他のリハビリとは違う。
だけど、オレ悔しくて。
全然出来なくて。
何でオレ、こんな事も出来ないの?ってイライラしてしまう。
周りの選手達は全然もっと出来てるのに。
解ってるんですけどね。ここまで出来るようになった事に感謝してその中で楽しめばいいって解ってても、ちょっと動けるようになるとドンドン欲深くなっちゃって。
ローポインターは裏方で、ロードレースのアシスト選手と似てるのかもしれないけど、まだそこに喜びを見出せない。
だけど、自分の身体の為にもスポーツは大切にしたいし、それなりに一生懸命に出来ればいいかなって、今はそれなりに頑張ってやってます。」
勝はその時言った。
「唯を見てよくここまで来たなってジンときたよ。
でもやっぱりそうか。「それなりに」って感じで唯のオーラ感じられなかったもんな。
ちょうど大学に入学して自転車乗ってる時の唯がそんな感じだったな。」と。
勝はこんな事を言っていた。
「オレは今、自分が本当にやりたい事と違う事をやってるんじゃないか?って考えてしまっているんだ。
今の環境。給料貰って、充実した施設を使って好きなだけトレーニング出来て、これ以上のものは望めない位なんだけど、人と繋がってる感が無いんだ。
どうしても大学時代と比べてしまって、和也さんみたいな人もいなければチームメイトもいない。
無機質な環境だけを与えて結果だけを求める企業。オレを東京でメダルを取らせる為に金銭的援助は沢山してくれるが、結果だけを求めての応援としか感じる事が出来なくてな。
もともとこの企業はオレが高2で陸上で活躍していた時に声かけてくれた事があって、でも成績出せなくなったらそっぽ向いてたんだ。オレがこんな身体になって、パラでなら行けるって思ったのかな。
オレはパラに挑戦したいと思ってたけど、挑戦を渋ってたのは唯へのすまない気持ちと、その企業への引っ掛かりがあったからなんだ。
だけど、いい話だったしオレはそこに賭けてみる事にした。
8ヶ月頑張ってやってきて、それなりの手応えも掴んできたけど、やっぱり何かが違うんだ。
仮にもし、東京パラでオレがメダルを取ったとして。オレはそれを心から喜べるのか?って考えると少し怖くなるんだ。
「インカレでゴールした時に感じた気持ちを大切にしろ」と言った和也さんの言葉。
「次のゴールですまないという思いをしたくない」と思ったオレの気持ち。
東京パラでメダルを取ったとしても唯への「すまない」という気持ちが残ってしまう気がするんだ。
唯はそれは違うと言うかもしれないが、これはどうしようもない事なんだ。
唯はオレのヒーローであり、和也さんのヒーローなんだ。
だからオレは唯を東京パラのヒーローにしたい。
もしも、オレが本当にやりたいと思っている事と、唯がやりたい事が一致したら、やってくれるか?」
唯はその時言った。
「意味がよく解りません。勝さんが何か本気だという事は伝わりました。ありがとうございます。オレはまた明日試合があるから。
勝さんは今日帰っちゃうんですか?」
勝が言った。
「悪い。話が上手くまとまってないな。また近いうちに連絡してセンター行くわ。今日は帰る。明日も頑張れよ。」
その日はそこまでしか話が進まなかった。




