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車いすラグビーとの出逢い

およそ一年間過ごした病院生活に別れを告げてから、唯はリハビリセンターで生活を送っていた。


病院生活と一番の違いは、リハビリの時間がぐんと増えた事。

まあ、何と言うか合宿生活みたいな感じで一日中ビッチリとリハビリをしている感じ。

理学療法、作業療法、運動療法などが、小学校の時間割みたいに組み込まれていて一日が終わる。

毎日毎日ほぼ同じような事の繰り返し。

いや、側から見れば同じように見えるかもしれないが、やっている事は少〜しずつ進歩している。

三歩進んで二歩下がる。

十歩足踏み一歩進む。

みたいな感じで亀の歩みのようにゆっくりゆっくりと出来る事が増えていく。


運動療法の時間は唯が一番楽しみにしている時間だ。

スポーツ。

車椅子操作のトレーニングをしたり、緩やかなスロープを上ったり。

このセンターに入所している人達が集まってきて、大きなゴムボールを転がしてゲームをやったり、コートを使ってチームで対戦したり。

思うように身体は動かなくても、スポーツはやっぱり楽しい。

自分で風を切る。

自分の力一杯で漕ぐ。

仲間と協調する。

勝ち負けを争う。

自然に笑いが出る。

自然に悔しさがこみ上げる。

日常とはちょっと違う何かがそこにはあって、怪我をしてから忘れていたそんな純粋な感情を持てる事が嬉しかった。


唯が入所して1カ月が経った頃、ここでは週に2回放課後に車いすラグビーのチームの練習会が行われている事を知らされた。

前の病院にいた時に、車いすラグビーというスポーツがある事は聞いていたけれど、自分には関係無さそうだと思っていたし、特に興味も持っていなかった。

ま、見学は自由にしていいとの事だったので、ある日軽い気持ちで唯は見学に行った。


ラグ車がぶつかり合う音が体育館に響き渡っていた。

一番驚いたのは、障害が重い人も軽い人も一緒くたになって激しくぶつかり合っている事だった。

障害者スポーツは障害の程度が同じ位の人達と競り合う物だと思っていたのでこれは衝撃的だった。


その後、何回か見学に行っているうちに、車いすラグビーがどういう物なのか少しずつ解っていった。

そしてある日、唯はコーチらしき人から声をかけられた。

「おっ!今日も来てるな。若いの。ちょっとやってみないか?」と。

「えっ?オレ殆ど動けないし。ムリじゃないかな?」と唯。

「君より障害が重い人もやっているスポーツだ。ラグ車、余ってるから乗ってみたらどうだ?

一発タックルくらったら、それで辞めたくなるか、やりたくなるかのどっちかだ。

どうだ?やってみるか?」とそのコーチらしき人は言った。


唯の目が輝いた。

「受けてみたいです。」

なんだかワクワクした。

どうなっちゃうかな?

大丈夫かな、オレ。

せっかくここまで出来る事が増えてきたのに、また病院送りにならないかな?

そんな不安も頭をよぎったが、ワクワク感が上回った。

まっ、そんな激しくやられるわけないよな。ここリハビリセンターだし。


そんな事を考えていたら、マネージャーらしき人がラグ車を準備して、手際よく唯を車椅子からラグ車に移乗させた。

「うわっ!全然違う。マシーンだな、これは。ママチャリからロードレーサーに乗り換えた気分だ!」

と言って唯はラグ車を漕ぎ始めた。

何かが始まるような予感がした。


しばらく嬉しそうに走っていた唯に先程のコーチらしき人が声をかけた。

「若いの、嬉しそうだな。いい目してるじゃないか。そろそろいくか?」

「はい!お願いします!」唯は答えた。


コーチらしき人はチームのリーダーらしき人を呼んで何かを告げていた。

リーダーらしき人が言った。

「君が耐えられないような当たりはしないから安心しろ。ただし、そんなにヤワな当たりはしないぞ。しっかり目を開けて。何もするな。下手に避けると怪我するからな。」

「はい!お願いします!」


躊躇する暇も無く、勢いよく弾丸が迫ってきた。

「しっかり目を開けて。何もするな。」唯はその人の言葉を自分自身にリピートした。


バーン!という激しい音と共に、唯のラグ車が一瞬浮き上がってまた元の位置に戻った。

ガーン!

全身に衝撃が走った。

事故以来感じた事の無かった衝撃が、麻痺している部分など関係無しに全身を貫いた気がした。


唯は笑っていた。

「オレ、やってみたいです。」


唯は思った。

身体がこんな風になってから、皆んな優し過ぎるよなって感じていた。

何だか腫れ物に触るように接してくれる。

オレの身体、心、これ以上傷つけないように。

皆んな優し過ぎるんだよ。

ありがとう。


でもな、怪我する前は違った。

皆んな遠慮なんてしないでどんどんぶつかってきた。

オレを傷つける事を怖がってなかったし、オレも傷つく事を恐れていなかった。


そうだ、この感覚。

ここが分岐点かもしれない。再び遠慮無しの関係を取り戻せるのかも。

このスポーツの中で。

そして日常の中で。


ここで車いすラグビーの説明を少しばかり。

車いすラグビーの選手は上肢と下肢の両方に障害を持つ。

1チームは最大12人で編成され、試合には4人が出場する。交代は自由だ。

障害の重い0.5から1.5までの選手をローポインター、2.0以上の選手をハイポインターと呼び、4人の持ち点の合計が常に8点以下でないといけない。

この競技は男女混合で行われ、女子選手が出る場合は、1人につき0.5点の追加ポイントが許される。

競技はラグビー、バスケットボール、バレーボール、アイスホッケー等の要素が組合せられており、バスケットボールと同じ広さのコートで行われ、1ピリオドが8分間で4ピリオド行われる。

車いす同士がぶつかり合う激しいボディコンタクトがあるのが特徴で、マーダーボール(殺人ボール)とも呼ばれている。

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