これからの事
少しずつ春の暖かさを感じるようになった3月の休日、勝と唯は病院の中庭での自主リハを終えて休んでいた。
勝が言った。
「今日は天気いいし気持ちいいな。唯、車いす随分漕げるようになったな。ちょっと話いいかな?」
唯が頷く。
「いいですよ。何ですか、あらたまって。」
2人の会話が始まった。
勝「もうすぐ4月だな。新年度。オレ、3月いっぱいでここ退院する予定なんだ。」
唯「え!おめでとうございます!
あと少しじゃないですか。えー、寂しくなっちゃうな。
で、どうするんですか?」
勝「それがな。色々考えたんだけど・・・」
勝は言い出しにくそうだった。
唯は勝の顔を覗き込んだ。
唯「言いにくい事なんですか?ならオレが当ててあげましょうか」
勝は黙っていた。
唯「パラ?」
勝が振り向いた。
唯「勝さん、パラリンピック目指すんですよね?」
勝「なあ、唯」
勝「オレ、ずっと思ってる事があってな。」
沈黙が続いた。
唯「何でも言って下さい。オレは勝さんの正直な気持ち大歓迎ですから。」
勝「ああ。」
勝「あの時、オレ何で唯を助手席に座らせてしまったのかな?って。」
唯「え?事故の事ですか?」
勝「ああ。もしあの時、唯が後部座席に座ってオレが助手席に座っていたら、逆の立場になってただろうなって思うんだ。」
唯「逆の立場?障害の重さの事ですか?」
勝「ああ。」
唯「それが何だって言うんですか?」
勝「唯がオレ位に済んで、オレが唯位の方が良かったなって思うんだ。」
唯「何言ってんですか。勝さん。
ちょっと待って下さいよ。オレが可愛そうって思ってるんですか?」
勝「可愛いそうってのとは違うんだ。ただな。お前が勿体なくてしょうがないんだ。」
唯「勿体無い?」
勝「ああ。上手く言えないんだけど、オレは負けてるんだ。何もかもお前に。頑張り方とか生き方とか。パラ目指すのはオレなんかじゃなくて唯であってほしかった。」
唯「何言ってんですか。レースに勝ち負けはあっても、生き方に勝ち負けなんて無いでしょ?
パラ目指せる事が幸せで目指せないのが不幸せって事でもないと思います。オレだって目指したかったら目指す事出来ます。
そりゃ、オレの障害がもし勝さん位だったらって思う事はあります。もしオレが勝さんの立場だったら絶対パラ目指したい。
でも、これはもうどうしようもない事なんです。
勝さんがオレに気を使ってくれている事は解ります。
だからって、オレに気を使って勝さんが人生謳歌してくれないとしたら、オレそれこそ悲し過ぎます。
それにですよ。
もしあの時、オレが後部座席に乗って勝さんが助手席に乗っていたとしても、状況はどうなってたか解らない。オレは後部座席で寝っ転がって、衝突されて即死。勝さんは助手席にいたけど上手い具合に避けられてただの軽傷だったって事もあり得るでしょ?
あとですね。
障害が重いと確かに大変な事は多い。自分で出来ない事も多い。だけど障害の重さと辛さは別だと思うんです。もっと障害が重くても幸せに生きている人は沢山いるし、たとえ障害が無くても辛い思いをして生きてる人も沢山いる。
オレは自分の人生を自分らしく生ききりますから勝さんも自分の人生を生ききって欲しいです。」
唯がバーっと立て続けに喋ってきたので勝はちょっと驚いた。
唯「あ、オレ、こういう事ちょっと考えて泣いちゃった時があって。あの時色々考えた事がついついバーっと出てきちゃいました。」
勝「唯。ありがとな。たぶんお前の気持ち、オレは解っているつもりだ。お前もオレの気持ち解ってくれてると思う。
そう思えるから、オレはパラ目指そうと思う。
4月からパラ陸上を応援してくれている企業と契約して、契約社員としてトレーニングを優先させた社会人生活を送る事になりそうだ。」
唯「おめでとうございます!社会人か〜。」
勝「ありがとな。
それから、唯の進む道は唯自身が決める事だけど、ちょっと言っておきたい事がある。
唯は今も超一流のアスリートだ。オレは二流だ。宿ってるモノが違うんだ。お前は和也さんのヒーローで、オレのヒーローだ。
唯は自分では気付いてないのかもしれないけど、それを眠らせないで欲しい。
パラを目指せとは言えないけど、自分の持っているモノを必ず生かして欲しいんだ。お前なら出来る。」
唯「ありがとうございます。オレはもう少し先になると思うけど、退院したらリハビリセンターに入所して自立の為の訓練をもう少し頑張ろうと思います。
今は東京パラの事はあまり考えられないんです。その前に今やらなきゃいけない事が沢山ある。
でもリハビリセンターに行けばスポーツ訓練も充実してるみたいだし、それは楽しみです。
色々やってみて、もし突き抜けられそうなモノに出逢えたら本気でやってみたいなとも思ってます。」
勝「よし。こうして一緒に過ごせる時間もあと少しだ。宜しくな。」
唯「宜しくお願い致します。」
2人は笑って病室へ向かって車いすを漕ぎ出した。




