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出逢い

三村和也みむらかずやは中学生の時に読んだ漫画の主人公に憧れてロードレースを始めた。

高校時代を全国でも名を馳せる強豪校で過ごし、自転車競技に打ち込んだが、あまり素質は無く、3年生のインターハイロードで個人18位になったのが最高成績だった。

その時のチームのエースは4位。

和也はアシスト選手で、エースの為に身を粉にして働くのが好きだった。

自分がもう少し最後までエースのそばで仕事が出来ていれば、エースを勝たせる事が出来たかもしれなかったのに、と自分自身の能力に不甲斐なさを感じながら高校最後のレースを終えた。


特別な成績は無く、このまま選手を続けたいとは思わなかったが、この何とも理不尽な競技の魅力にすっかりハマってしまい、自分は選手としてでは無く、いつかチームを持って日本一に導きたいと思っていた。


ロードレースは身体能力が高いだけでは勝てない。

心理戦も求められるし、強い精神力がなければ強い選手にはなれない。

心理学や生理学、脳科学にも興味を持っていた和也は、大学でそれらを学びながら、コーチ学も独学で学び、その傍でロードレースのクラブチームに入って年に何回かレースにも出場していた。


和也が大学1年生の時、ある少年の走りにとても心を動かされた事がある。

自分らが出場する前に、ローカルな草レースのようなレースがあって、和也はそれをなんとなく見ていた。


大の大人に混ざって、一際小柄で痩せっぽちな少年が走っていた。

彼は数名の先頭集団から少し離されて一人で走っているのだが、何となく見ていた和也はある瞬間に鳥肌が立った。

彼が上り坂に差し掛かり、サドルから腰を上げダンシングで登り始めた時、そこに風が巻き起こったように感じたのだ。

「なんなんだ?あの走りは⁉︎今は無風のはずだ。何故あそこに風を感じる?」

上りがめっぽう速い。

下りや平坦では明らかに先頭集団の方が速いが、上りだけなら彼の方が速く、周回を重ねてもその差は大きく変わる事なく、彼は単独でゴールした。

少年の走っている時の眼差しと、ゴールして力を出し切って倒れ込んだ姿、彼のお父さんと思われる人に肩を借りて流していた悔し涙が和也の脳裏に焼き付いた。


「なんか、スゲーなあいつ。熱いモノ持ってるな。オレも頑張って走ってるつもりでいたけど、アレ見ちゃったら、あいつが本気でオレは遊びって感じしちゃうな。」なんて思っていた。

気になってゼッケンをプログラムで探してみた。

風谷かぜたに ゆい」⁉︎

その名前を見て、先程和也が感じた風が再び巻き起こったような衝撃が走った。

「中学2年生か。ああいう熱いモノ持ってるヤツをいつかオレの手で育ててみたいな。」と思った。


何か胸を貫かれた気がした和也はその後も風谷唯の情報を集め続けていた。


和也が大学3年に上がる春休み、

和也は2才年下の弟から「星野勝ほしのまさるが兄ちゃんの大学に入る」という話を聞いた。

星野勝は和也の弟の友達で、陸上長距離選手で高校2年生の時に5000mでインターハイ2位の実績を持つ。

将来を期待されたが、彼は努力型の選手で故障が多く、3年生のインターハイでは入賞さえ出来なかった。

そしてどこからの勧誘も無く、勉学の道に進もうとこの大学に入る事にしたらしい。

和也は弟から勝の話はよく聞いていて、とても気にかけている選手だった。


和也は弟に言った。

「勝君、陸上辞めちゃうのか?勿体ないな。オレがもし自転車誘ったらやると思うか?」

弟は言った。

「陸上はもうやらないって言ってたけど。大学では何か勉強したいものがあるみたいだから、自転車やるかはわかんねーな。勝とは近い内に会おうって言ってあるから家に呼ぼうか?」

和也の顔が明るくなった。

「頼む。ちょっとオレ話してみてえ。よし!作戦立てるぞ。」

と言って自分の部屋に向かった。


3日後、勝が和也の家にやってきた時に2人は話をした。

和也は勝に

* 自分は中学生の時からロードレースをやっていて、今もクラブチームに入って年に何回かレースに出ているという事

* ロードレースの魅力

* 自転車は陸上に比べると地面からの衝撃が少なく故障が少ない事(落車による怪我はあるが)

* 勝の事は弟からよく話を聞いていて気にかけていた事

* 心肺機能が高く努力型の勝はロード選手として期待出来る事

* 高校でやり残したと思う気持ちをぶつけてみないかという事

* 自分はロード選手を育てたい、自分のチームを持って日本一に導きたいと思っているという事

* もしも勝にやる気があれば、自分と一緒になって自転車部を作ろうと考えているという事。

* 勝が4年になった最後のインカレで勝を優勝させたいという事。

などを話した。


勝は思ってもみない話に驚いたが、なんだかワクワクした気持ちが湧き上がってきて、すぐにでも「やります!」と言いたかったが、そこは押さえて「ありがとうございます。少し考えさせて下さい。」と言った。


それから何日も日を待たずして、京東大学自転車同好会が結成され、2人での活動が始まったのだった。


あれから3年が経ち、同好会は自転車部となり、部員も10名になっていた。

和也は卒業後、大学院に進み心理学を中心に研究を重ねながら、自身の選手生活にはピリオドを打ち、コーチ業に専念していた。

勝は和也コーチのもと猛練習でメキメキと力を付け、4年生となった最後のインカレでは優勝候補の一人にあげられる程となっていた。

他の選手は勝との力の差は大きいものの、そこそこのアシストを出来る位の能力は身に付けていた。


和也と勝の二人三脚で始まったこの部で、二人の血の滲むような努力の結果、3年後に勝がインカレ優勝を果たす・・・

そんな夢のような現実を起こす事が出来るかもしれない。

勝にとって和也はかけがえのないコーチであり、強い信頼関係で結ばれていた。

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