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回想② インカレの話

次の日、勝も唯も気が重かった。ずっと話したいと思っていた事、上手く話せるのか?

その日のリハビリを全て終えた夕方、食堂には2人の姿があった。


勝「唯、何か飲むか?」

唯「今日はノド乾いてないし、いいです」

勝「そうだな。オレも」


何だか二人共たどたどしい。


勝「オレ、ずっと話さなきゃと思ってた事があってさ。この話する前に唯が死んじゃったら、オレ一生後悔する事になるだろうと思ったから、唯が死にそうな時必死に祈ったんだぞ。」

そう言いながら笑ったが、それが冗談ではない事が唯には解っていた。


唯「オレも。勝さんにどうしてもちゃんと話たい事があったから、話す前に死んじゃったら一生後悔すると思って。あれ?死んだら後悔も出来ないか?だから必死になって生き延びる事が出来ました。」

そう言いながら笑ったが、それが冗談ではない事が勝には解っていた。


勝「ようやくだな。インカレの話、やっと出来る時が来たのかな。上手く自分の気持ちを伝えられるか解らないけど、出来るだけ本心を言葉で表したい。」


唯「オレもです。言葉にするの苦手だけど頑張ります。」


勝「どこから話せばいいか、迷ってたけど、まず合宿の最終日に和也さんが話した戦略の事な。

ダブルエースという戦略にオレは目の前が真っ暗になった。

和也さんもオレも、そこで一番を取る為にやってきたはずなのに、オレは唯に取られてしまうんじゃないかと思った。

和也さんはオレでは取れないと思ったのか?

解らなかった。

それでも、大丈夫だ、オレは取れるって言い聞かせた。

あの時唯はどう思った?」


唯「あの時言った通りです。2人が勝さんの最後のインカレに賭けてきた事は知ってたし、オレ大学のタイトルに興味無かったし、今の力で世界で走りたい気持ちも全然無かった。だから勝さんを全力でアシストしようと思ってました。

ただ、和也さんは思い付きでそんな事を言うような人じゃないから、何か意図はあるとは思ってました。

それが何かは解らなかったけど。あの言葉を聞いて、もしも勝さんに何かあって頭を取れないと感じたらオレが全力で取りに行くという覚悟だけは出来ました。」


勝「レースが始まって、オレはすぐに不調を感じた。足が重くて前半のゆるいペースでも付いていくのがやっとの感じだった。唯は軽やかに足がよく回ってたから、こんなオレに見切りを付けてサッサと動くに違いないと思ってた。

ところが唯はオレの事を励まし続けてくれて、何度も何度も千切れるオレを集団に引き戻してくれた。唯が頼もしかったし、コイツに付いて行けば絶対に俺は良くなっていくと信じる事が出来たし、頑張れた。」


唯「勝さん、最初からヤバイ感じでしたからね。どうしちゃったんだろうと思ってたけど、何とか堪えて走っているうちに調子が良くなっていく事はよくある事だし、何とかここを耐えて欲しいっていう気持ちだけでした。」


勝「本当にヤバかったけど、最後の方は唯のお陰で何とか少しマシになって最終周は先頭集団で迎える事が出来た。けどな。さすがにもう限界って感じで、この中で頭を取るのはオレには無理だと解っていた。で、唯に託したんだ。それでも何としてでも3位までに入って世界を見てみたいと思った。

唯が戦ってきた世界を覗いてみたかった。」


唯「勝さんに言われて、正直オレにも余裕は無かったけど行くしかないのかな?って思った時でしたね。あの落車。まさかあそこで誰か転ぶとは思ってもみなかった。

前ふさがれて思い切り進路変えたらタイヤのグリップなくなった。

あの時、結構冷静で身体もバイクも無事だったからすぐに走り始める事が出来た。アレでちょっと何かスイッチ入ったかな。勝さんを一人にするわけにいかないから、「待ってて下さい」って気持ちで全力で追いました。」


勝「オレは振り返って身震いがした。初めて唯の本気を見たような気がした。あの時、オレはもう本当に前の2人に付いているのがやっとだった。けど、唯のあの走りがオレに新たなスイッチを入れてくれたんだ。

ただ・・・

唯を待ってオレら2人対1対1の4人の勝負が考えられなかった。

唯に追いつかれたらオレは4位にしかなれない。とにかくオレは3位迄には入りたくて、唯から必死に逃げてしまった。間違ったスイッチが入ってしまったんだ。オレは唯にとって最悪のチーム員だ。」


唯「勝さんがローテに入ったのは信じられなかった。それは抑えじゃなくて本気のローテだっていうのはすぐに解りました。今にも千切れそうだった勝さんの本気の底力を見て、オレそれまで入りきらなかった本気スイッチが完全に入ったんです。」


勝「オレはもう唯から逃げ切る事しか頭になかった。そして残り500mで突然唯に抜き去られた時、電撃が走った。初めて「本物」を見せつけられた気がした。

オレはミジメでしょうがなかった。別次元だった。オレがチームプレーを捨てて本気で3位を取りに行こうとした事が虚しくていたたまれない気持ちでゴールラインを越えた。」

勝の目から涙がこぼれ落ちた。


唯「全然ミジメなんかじゃない。オレに火を付けてくれたのは勝さんの走りです。あの時、もし帝石通りに勝さんがつきいちで待ってくれてたとしたら、たぶんオレの本気スイッチは入らなかったと思います。最後の上りに入る当たりで3人に追い付く事は出来たかもしれないけど、あの上りでとてもあんな走りは出来てないと思うし、頭は取れなかったんじゃないかな。本当にそう思ったから、勝さんが救護室に来てくれたあの時、本当にお礼を言いたかったんです。でも、上手く言えなくて、あんな言い方になっちゃって。自分でも口から出た言葉に後悔した。勝さんの拳が上がった時、オレは口から出てしまった言葉を悔やんだ。でも、和也さんは解ってくれてた。車の中でもフォローしてくれた。

オレは生き抜いて一番伝えたかったのが、和也さんと勝さんに対する感謝の気持ちでした。改めて、勝さん、ありがとうございました。」

唯の目からも涙が流れていた。

今はもう、流れる涙を自分の手で拭う事が出来る。


勝「おい。オレにも礼を言わしてくれ。ありがとうございました。

拳を振り上げたりして本当にすまなかった。オレの心の中図星の最大級の皮肉に感じたぞ。もう情けなくて、あの時はオレ自身を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。」


唯「何だか、ドラマのような結末でしたね。和也さんには全てが読めていたのかな?って時々思う事があるんです。ダブルエースでこの大会に臨んだのも全てが読めていたから?

そんな筈はないですよね。」


勝「和也さんの天然の才能ってヤツかな〜。」


二人共まだまだ話たい事は沢山あった。それでも、一番言いたかった事をお互い言えて聞けて、二人の顔は何か晴れ晴れとしていた。


タイミング良く看護師さんが迎えに来た。

「あら、二人共何かいい事あったの?」と言いながら唯の車椅子を押して病室に向かった。

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