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回想① 三村和也の事

勝と唯は病院の食堂で話をする事が多くなった。

ある日、勝が唯に言った。

「唯、何か飲むか?おごってやるよ。これまで先輩らしい事した事なかったしな。」

唯が言った。

「おっ!御馳走様です。オレ、ペットボトルの飲み物、自分で飲めるようになったから、上の段の右から二番目のヤツお願いします。」

勝は舌打ちした。

「何だ〜。オレが優しく飲ませてあげようと思ったのにな。」

と笑って自販機のボタンを押した。


唯は両手の平でペットボトルを挟み口を使って器用に蓋を取ると、そのまま口元に持っていって上手に飲み物を飲んだ。

「上手いもんでしょ」と自慢気だ。


「なあ、唯」勝が話を切り出した。

「和也さんの事だけど。和也さん、お前の大ファンだった事知ってたか?お前が高校生の頃オレはよく聞かされてた。「風谷唯っていう選手のあの目とあの走り、オレ大好きなんだ」って。あのジュニア最後の世界選も和也さん、唯のレースを観る為だけにフランスまで行ってさ。帰ってくるなり「すげー感動したー!」って興奮して話すんだ。オレはそんなお前に嫉妬していたけどな。」と笑った。


唯は「和也さんから最初に貰ったメモに、オレのファンだって書いてありましたけどね。ニコちゃんマークつけて。」とその時の事を思い出していた。


「メモ?」

「はい。オレ、一番辛かった時に和也さんが訪ねてきてくれて、提案メモを渡されたんです。そこに勝さんの事も書かれてました。来年のインカレで勝を優勝させるという目標があるって。それから「俺はインカレで勝を勝たせる事が出来れば、その後どうなっても未練は無い。」なんて書いてあったな。」

勝はしんみりとなった。

「え?そんな事を・・・」


唯は続けた。

「オレ、小さい時に母ちゃん失くして、父ちゃんが男手一つでオレを育ててくれたんです。自転車教えてくれて、小さい頃から色んなレースに父ちゃんが連れてってくれた。

好きな道を歩ませてくれて、いつも応援してくれてました。

オレがヨーロッパで走っている時に父ちゃんに癌が見つかって、オレは日本に帰ろうとしたけど、父ちゃんは許してくれなかった。オレ、その時から何か焦って結果だけを早く追い求めるようになってたような気がするんです。周りに流されたくなくて、自分に異常にバリアを張ってストイックになり過ぎていた。

全てをかけてあのジュニア世界選に臨んで、もう少し上位に絡めると思ってたけどダメだったんです。そのレースに向けてやり残した事があったり、自分の力を出し切れてなかったとしたら、それはそれで悔しいと思うけど、やり尽くして出し切っての結果だからそれ以上に悔しかった。もうコレ以上何が出来る?って感じで。


追い討ちをかけるように、父ちゃんの訃報を聞いて、自分がやってきた事全てが打ち消された気持ちになっちゃって。

自暴自棄になりかけていた時に和也さんが声をかけてくれた。父ちゃん以外で自分の事をこんなに見ていてくれた人がいて、こんなに自分の事を考えてくれる人がいるって驚いたし嬉しかった。


オレがその時の一時的な感情でその先の方向を誤ってしまわないように、多分和也さんは考え抜いて提案メモをくれたんだと思います。その時は何か苦し紛れの提案みたいに感じたけど、今思うと全てお見通しの最良の計画を何であの時点で考えられたのだろうって不思議でしょうがないんです。オレは上手くハメられたように自転車に乗りたい気持ちがどんどん高まっていっちゃったんです。」


勝が口を挟んだ。

「オレも一番苦しい時に声を掛けてくれたのが和也さんだった。高校時代は陸上やってて、2年の時にインターハイの5000で2位になったけど、その後は故障だらけで成績も出せず、陸上辞めて大学行ってもやりたい事無いし、悩んでいた時だった。」


再び唯。

「和也さんって、すっごく本気に考えて、本気に取り組んで、本気な話するのに、いっつも何かオチみたいなのがあって。

アレも作戦だったのかな。それとも天然なのかな。

本気の提案メモの最後にニコちゃんマークが書いてあって、アレ見てオレちょっと笑っちゃったんです。その時、何か笑う事なんて長い間忘れていた事に気付きました。高校2年の頃から笑う事なんてなかった気がします。


大学入ってからは、オレはそれなりに勉強も部活も頑張ったけど、それなりにしか出来ていなかった自分には和也さんの口調でホッと出来る事が多かったんです。

和也さんの口調、マネすると何か自分も明るい気分になれて好きだった。

インカレのスタート前も緊迫した空気の中「やっべー!社会の窓」とか言ったり。

コレも作戦か天然か謎だけど。」

そのまま唯は続けた。

「謎といえば、最大の謎はダブルエースかな。」


勝が顔を上げ真剣な顔になった。

遂にこの話をする時が来たと思った。その顔を見て唯の心臓も高鳴った。

その時看護師さんが呼びに来た。

「病室戻りますよ〜」

と言いながら唯の車椅子に手をかけた。

「インカレの話は明日だな。」と勝が言った。

勝も唯もちょっとホッとした。

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