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凛の夢の中で

ある日、凛は唯が出場している海外レースの応援に行った。唯は健常で、その事に関しては凛は何の不思議も感じていなかった。

何と唯はそのレースで優勝し、凛は駆け寄って「唯、おめでとう!かっこよかった!」と抱きしめた。

唯はビックリした顔をして何か言おうとした。


そこで、目が覚めた。あ〜、夢だったのか〜って思って、凛はこの夢の事を書き止めておこうと思った。

書いているうちに、どうしてか解らないけど、涙が出てきて、沢山溢れてきて止まらなくなった。

夢の中だったけど唯が健常だったのが嬉しかったからかな?これが現実じゃなくて夢だったから悲しかったからかな?どうして?どうして涙が止まらないの?って思っているとまた目が覚めた。

これも夢だったのか〜、とちょっとだけセンチな気分になった。


また、別の日には車いすに乗ってる唯が凛に向かって「ちょっと見て下さい。」と言って突然立ち上がって5m位走ってみせたり。

多勢の仲間が集まっている和室の宴会場でアクロバティックな動きをしてみせたり。


そうかと思えば、また別の日には唯は実際よりもずっと障害が重くて、リハビリ中に凛の方に倒れてきたから、凛が支えてちゃんと座り直させて、頭を撫でてあげた。唯は幼くてニコニコしていて可愛かった。


唯が夢に出てくるのは嬉しかった。

でも何でこんなに唯が夢の中に出てくるのか、凛には不思議でしょうがなかった。

史也なんてちっとも夢の中に出てきてくれないのに、と。


一番最近見た夢は鮮明に覚えている。その夢を見た数日前に凛と唯はこんな会話をしていた。


唯「柳瀬さん、オレ、今、美しい日本語の事が書かれた本読んでるんです。

梅の花がぷっくらと膨らんでくる事を「梅ふふむ」って言ったり、花が咲く事を「花が笑う」って言ったりするみたいなんだけど、これまでそういう美しい表現とか気にした事なかったな。

何か今まで適当な日本語使ってきたけど、日本語って美しい言葉いっぱありそうだし、それって凄く自然と結び付いてる感じがして、いいなって思ったりしちゃってます。」


凛「へー、風谷君そんな本読むんだ。素敵な本読んでるね。自然の美しい情景が目に浮かぶようね。」


凛は自然や花が大好きだったが、唯がそんな事言うなんて意外だな、って思っていた。だからこんな夢を見たのかな?


「梅ふふむ」季節。凛と唯は静かな草むらにいた。春の小さな草花たちが嬉しそうに笑っている。お日さまの光が暖かく、そよそよと吹いてくる風ももう冷たくは感じない。何だか不思議だった。


凛は唯に言った。

「こんなふうに病院の外で会ったのは初めてだね。こんな気持ちのいい時間を唯と二人で過ごせるなんて夢みたい。」


タンポポにとまっていたミツバチがふわっと移動したので凛も少し移動した。

聞こえているのかな?車いすに座っている唯は何を見ているのだろう?ちょっとだけ口元は緩んでエクボが出てるから機嫌は悪くなさそうだ。


「スミレ見つけ!ここいい所だね。」

凛は唯の方に戻って車いすの後ろに回った。

「ちょっと移動しようか。ちょっとだけ押すよ。」


木の下に地面が平らになっている所があって、そこに小さなベンチがあったので、凛はそこに車いすを止めた。ベンチの脇にハハコグサが笑っていた。

凛は「ハハコグサ」と言って指を指しながらベンチに腰をかけて話し始めた。


「1つだけお願いがあるのだけど聞いてくれる?もしイヤだったらいいんだけどね。

病院では、私は看護師としてしかあなたに接する事が出来ない。唯君の足を看護師としてではなくさすってみたいなって。私が私の本気の心でさすったら動くんじゃないかな?ってずっと思ってた。

そんなのバカげてる、動くわけないじゃん、とも思うけど、もしかしてもしかして、もしかしてってずっと思ってた。だからやってみていい?」


唯は笑いながら

「いいですよ。何も感じないけど。オレはその間目を閉じています。」と言った。


唯の足。

看護師としてではなく、私の心でさすったら涙出ちゃうかな?って思ってた。どんな風に感じるだろう?凛はドキドキした。そして凛は唯の足をさすり始めた。


涙は出なかった。何も思わなかった。何も感じなかった。凛は透明になっていて、ただ手だけが動いていた。どの位時間がたっただろう。不意に出た唯の声が凛を現実に引き戻した。

「親指に蝶々がとまってる」


凛はハッとして唯の顔を見た。唯は目を閉じている。「え?」と思って凛は視線を唯の足元にずらした。

唯の足の親指に・・・黄蝶が・・・とまっている・・・

「え?」目を閉じたままの唯に凛は尋ねた。

「何か感じるの?」

すると唯は目を閉じたまま「そんな感じがしただけ」と答えた。

凛の目から涙が溢れた。黄蝶はふわっと舞い上がった。黄蝶が舞い上がった所に小さな風が生まれた。

「きれい」

凛の涙は唯の足にポタポタと落ちた。その涙が唯の履いているスウェットにどんどん染み込んでいった。

すると、唯の足が少し動いたかと思うと、唯はゆっくりとその場に立ち上がった。

「夢よ、醒めないで!」凛は思った。

「きっとまたこれは夢だ。夢でもいいから醒めないで!」


そこで凛の目が覚めた。本当の自分の心はどこにあるのか、凛には解らなくなりかけていた。

それでも「ま、夢の中の事は誰にもバレないから楽しんでおけばいっか」と開き直っていた。

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