同一人物?
勝がいた病室に唯がやってきてから3日、勝はここにいる風谷唯は自分の知っている風谷唯と同一人物なのか?と疑問に思っていた。
この若者は身動き一つ取れないのに、看護師さんに冗談を言ってケラケラ笑ったり、病室を訪れる見知らぬ人に「こんにちは〜!」と明るく挨拶したり、何だかいつもヘラヘラしてる感じだった。
勝と唯が出会ってから約5ヶ月になるが、2人が顔を合わせるのは大学での週2回のトレーニングとインカレ前の合宿、インカレレース位で2人が話をした事はほとんど無かったし、勝は唯を無口でストイックな奴だと思っていた。
それにこれまで勝は唯に対してあまりいい印象を持っていなかった。
自分は高校時代、陸上界ではある程度名の知られた存在であったが、怪我が多く低迷し、大学に入ってゼロから自転車を始めた。
和也さんの元でメキメキ力を付けてきていた頃、唯といえば日本の自転車界に現れた東京オリンピックに向かう期待の新星、という感じで注目を集めていた。
高校生ながら、一人本場のヨーロッパに渡り、フランスのクラブチームに入ってトレーニングとレースに明け暮れていた。
日本代表チームとして走る時には日本チームの一員として走るのだが、その中での評判があまり良くなかったし、日本の記者を嫌っていたのか愛想も良くなくインタビューにも何時もそっけない答えしか返さなかった。実力は日本選手の中では図抜けて高い故にいつも何か孤立している一匹オオカミのような奴だった。
ジュニア最後の世界選では側から見れば凄い走りだったにも関わらず引退宣言。医者になる?
自転車選手なら誰もが憧れるあれだけの才能を持ちながら、簡単に辞めようとする奴の気持ちが解らなかった。
そんな奴に恩師である和也さんが声をかけ、チームに入ってきた事も信じられなかった。自分がインカレで優勝する為にゼロから2人でやってきて、目標まであと一歩の所まで来ているのに、和也さんは何を考えているのだろうと初めて少し不信感を覚えた。
入学当初は唯は全く走れず、真剣に走るつもりがないと感じて、自分は何か安心したが、自分の1/5位しかトレーニングをしていないのにインカレ前の合宿では自分と同等、いやそれ以上に走れるようになっていた事が脅威だった。
大して努力もせずに走れてしまうその才能に嫉妬していた。
それでも、和也さんは唯を自分のアシストとしてインカレを走らせると信じていた。ところが。
そしてあのレース。
それまで抱いていた風谷唯像が一気に変わったあのレース。
そして今。
レース前に抱いた風谷唯ともレース中の風谷唯とも全く違う風谷唯がここにいるのだ。




