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大事故

恐ろし勢いでこちらに向かってくるトラックがどんどん大きくなってくるではないか!

一瞬の出来事であった。


響き渡る爆音。

暗闇の世界。

一瞬の静けさ。


大事故だった。

居眠り運転のトラックが反対車線に飛び出してきて、和也が運転する車に正面衝突をした。和也の車は無残な姿になっていた。

喧騒の中、どれ位の時間が経っただろうか?救急車が来て意識の無い3人と重症を負ったとみられるトラックの運転手が運ばれていった。


和也は即死だった。

勝は救急車の中で意識を取り戻したが、右手が血だらけで下半身の感覚が全く無かった。


唯はかろうじて心肺は動いていたが意識の無い状態が続いていた。

唯は首の骨が折れていた。


和也と唯が病院に運び込まれたその日、その病院で看護師として働いていた柳瀬凛やなせりんは唯の顔を見て驚いた。

「もしかして、あの風谷唯君?」

凛は史也のフィアンセで、史也が凛に自転車の話をする事は滅多にないし、選手の誰かの事を話す事は殆ど無いのに、風谷唯の話は時々聞いていた。凛が実際に唯に会った事は無かったけれど、写真を何度か見せて貰っていて好感を持っていたし、史也の次に応援している選手だった。


凛はいてもたってもいられず、自分の時間が出来た時にフランスにいる史也にLINEを入れた。

「驚かないで。少し前に風谷唯君が私の病院に運ばれてきた。トラックと自家用車との交通事故で、唯君は首の骨が折れて意識不明の重体でかなり危険な状態。今、緊急手術が行われているのだけど、私は何もしてあげられない。生を祈る事しか出来ない。

どうしよう・・・」

史也からすぐに返信がきた。

「わかった。あいつは大丈夫だ。

凛は出来る事をやればいい。祈る事が出来るなら祈ればいい。

俺も遠くからだけど、祈る事は出来るから祈るぞ。

星が出たら星に祈ろう。一緒に祈ろう。

大丈夫だ。お前がしっかりしろ。」


凛はひつ粒だけ涙を流すと背筋を伸ばした。

「わかった。ありがとう。」

と返信した。


緊急手術は無事に成功したが、唯は3日間生死の境を渡り歩いた。その間、唯は何度も何度も同じ夢を見ていた。

トラックがもの凄い勢いで和也の運転する車にぶつかってきて、唯たち3人はぶっ飛んだ。和也は風船のように破裂した。唯も破裂寸前で、苦しくて苦しくて、何度も諦めようとしたが、勝がその度に呼び止めてくれた。勝は祈り続けてくれていた。

勝の声と重なるように、史也らしき声と女の人の声が聞こえてきた。「生きろ!生きろ!」という声がこだまする。

そして和也の「突き抜けろ!」という言葉と「笑顔の力」という言葉が渦を巻いて自分を包み込んでいた。


4日目、唯はICU室で目を覚ました。直ぐ側にお医者さんがいた。唯が言葉を発した。

「先生、助けてくれてありがとうございます。

和也さん、ありがとうございます。和也さんはオレの心の中でずっと生き続けます。

勝さん、俺はもう大丈夫です。祈り続けてくれてありがとうございます。

史也さんだったのかな?あと誰か解らないけど、この世界に戻してくれた人、ありがとうございます。」

唯の目からは涙が流れ落ちていた。

それだけ言うと唯は再び目を閉じて再び眠りに落ちた。

唯は何とか命を繋ぎとめた。しかし、容態が落ち着き、医者から告げられたのは「頸髄損傷、一生寝たきり」という残酷な言葉だった。

胸から下は全く動かす事が出来ず、感覚も無かった。腕は少し動いたが手は痺れていてピクッと動く位だった。


しかし唯は不思議な程冷静だった。何となく、これから起きる事全てに対する覚悟が出来ていた。そしてずっと渦巻いていた言葉「笑顔の力」の意味が知りたくて、この先どんなに辛くても笑顔で乗り越えていこうと思っていた。


勝も重症を負っていた。「脊髄損傷、一生車いす」

唯に比べると脊髄の損傷部位が下部にあった為、麻痺の範囲はヘソから下にとどまったが、下半身は完全麻痺だ。右手の親指と人差し指も切断されていた。

唯が生死の間をさまよっていた間、勝は自分の命が助かった事を責め続けていた。恩師である和也の死。そして唯。もしもあの時、唯に助手席に乗る事を促さなかったら・・・

自分が不自由な身体になった事以上に自分だけが生き残っている事への罪悪感に押しつぶされそうだった。

そして唯の生を祈り続け、「もう大丈夫」という言葉に涙が止まらなかった。


事故から10日程が経ち、唯の状態も落ち着き、先に勝が入っていた4人部屋の病室に移動された。唯はベッドの上に寝たまま移動されてきたが、新しい病室に入ってくるなり勝を呼んだ。

「勝さん、いますか?」

勝の

「おー」

という言葉に

「勝さん、助けてくれてありがとうございます。オレ、もう大丈夫です。」

勝はびっくりした。

「え?助けた?違うけど。唯、よく頑張ったな。」

とだけ言うのが精一杯だった。


凛はそんな勝と唯のやりとりを遠目で見ながら胸を撫で下ろしていた。

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