if的転換点《1》
意識が没入したのは、ちょうど学校の正門を出た頃だった。
薄ぼけた意識の中、現れた青空の光が目に痛い。これが、先程まで散々煩わしいと謳っていた夢だと、朧げながら理解した。真人のいう危険信号かお告げかは定かでは無いが、安眠を阻害された事実に目を背けたい一心である。
状況を察するに、俺はたった今小学校の校門から出てきたらしい。手には懐かしい手提げ鞄と給食のエプロン袋を持っている。雑然と膨らんでいる袋にはマジックで4ー1と書かれていた。
なるほど。これは6年前、小学4年生の頃の夢だ。半袖のシャツを着ているから夏か……気温的に初夏の辺りだろうか。日の位置を見るに午後、まだ活発に明るい。午後でエプロンを持っているということは、今日は金曜日でもう放課しているのだろう。
背も10センチばかり低いようで、学校の外壁が妙に迫って感じる。昔はこれ程に小さかったのかと落胆せずにはいられない。
自身の成長著しく感無量の気はあるが、この頃の俺なんてことさらヨレ男だ。痛い重い怠いの三拍子で、血も止まる大荷物に姿勢が悪くなる。どうしてわざわざ金曜日の夢なんか見てしまったのだろう。
道端の飛び出し注意の看板が目についた。男の子が手のひらを突き出し、静止を促しているイラストだ。この歳にもなって飛び出したりはしないが、ちょうどその先の信号が青に切り替わったのを見た。
カーブミラーと自慢の耳で安全を確認し、小走りで横断歩道を駆け抜ける。
際して、俺が足を止めることはなかった。
この時俺は、自分の状況を冷静に判断しながらも、全く意図しないうちにどこかを目指していた。行くべきところへ行くように、コメントアウトされた空白の記憶が処理を補足している。
少しずつ確実に、俺の意識は6年前に回帰しているのだが、当然、そんな夢のことわりを知る由もない。
俺は、if的根源的転換点であるこの通りに出たのを境に、これが夢であるという認識を悉く失ってしまったのである。
金曜日の帰り道は、大抵休日に心弾む。俺にとって、遅くまで寝られてだらだらと過ごせる週末は平日頑張ったご褒美だ。いつもは裏門から出て、川沿いを家路に急ぐところだが、今日は嬉しくも忌まわしい約束がある。
邪魔な荷物を揺らせて、足早に陰を進む。下級生で賑わう商業施設の前を抜けると、道先の国道までが一望できる。その半ばにある待ち合わせ場所前の歩道、電柱に見え隠れする小さな背中を見た。
程なくこちらに気づいたらしい。腕を組んで口を尖らせる幼馴染と目があった。
「おそ~い!何やってたの!」
「ごめん、玄関でエプロン忘れたのに気づいてさ……」
「も~、りゅーたろーのドジ~」
約束の相手というのが、活発艶麗、川咲青葉という女だ。
ライトブラウンの髪にビー玉ほどの明眸。羞花閉月、整った顔立ちだ。良くも悪くも活動的で男勝りな物腰なので、遠慮なく対等に接せられる。惜しくもその所為で女の子らしい振る舞いは多少欠如してはいるが。
俺の彼女に対しての発言力は弱く、こうして今日も断ることもできずに駆けつけた次第だ。
「あれ?今日髪くくってたっけ?」
「えっ⁉︎あ、いや……じょ、女子にはいろいろあるんです~!無駄な詮索しない!」
「なんだよ酷いな……」
理不尽なお叱りを聞き流し、並んで目的の公園へ入る。しかして砂地を踏み、さらさら来たことを後悔した。